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Double bind  作者: 佐々木研
ブリキと蛇達
121/148

この続きはアフターでお願い

 …何度目だろう。

 ソファに眠るアイツを見下ろす。

 「…ねぇ」

 近づいて小さく呟く。

 「本当は起きてるのでしょう?」

 …。

 返事はない。

 …。

 布団から零れた手を握る。

 骨張った手の触り心地は悪い。

 悪いはずなのに…

 手の甲を自分の顔に近づける。

 アイツの指で唇をなぞると、何とも言えない快感に犯された。

 …。

 舌を伸ばす。

 中指を舌でなで、駆られる衝動に任せて咥えた。

 僅かに鳴る咀嚼音が徐々に、自制心が吹き飛ばされていく。

 「…っ!」

 急にアイツの手が動いた。

 高鳴る心臓と共に体を起こし、唾液まみれの口を手の甲で拭う。

 「…」

 …やってしまった。

 襟を強く握って立ち尽くす。

 …。

 「…はぁ」

 寝返り、ね…

 口に溜まった唾液を飲み込む。

 「…苦い」



 「だから、帰らないって…。今までも帰ったことないでしょ?」

 電話の相手は母親らしい。

 年末もアイツの母親は連絡してきた。

 その時もアイツは今みたいに断ってたわね…

 「…うん。大丈夫だよ。春休みは来週からだけど…。…うん。忙しいから…」

 また断るのね…

 長期休暇の時ぐらい帰ればいいのに。

 「…うん。困ったら連絡するから、心配しないで。…うん。それじゃあ」

 アイツが電話を切る。

 「…ごめんごめん」

 椅子に座って、キングを逃がした。

 …ふっ。

 「悪手よ」

 「あっ」

 …これでロイヤルフォーク。



 「…大学生ってお気楽なものね」

 ついこの間まで冬休みだったのに、少し大学に行ったらもう春休み…

 社会人が嫉妬に狂うのも仕方ない。

 「そうだね。…でも、春休みに入ってからも時々は特別講義があるから、まだ大学には行くけどね」

 …そう言うものなのかしら?

 「アルバイトはどうなるの?」

 「二月いっぱいは再試とかがあるからバイトはあるよ。僕は休みだから日曜日も出る予定」

 「そう」

 …そう言えば。

 「アンタ、バイトってお金を稼ぐためにやっているのでしょう?…貯まったの?」

 具体的な目標金額とかはあるのかしら?

 「100万円くらい溜まったら辞めようと思ってるんだけど…。少し足りないね」

 100万…

 そんな大金、何に使うのかしら?

 「私も節制しているつもりだけれど…。足りない?」

 「いや、毎月の生活費は大体仕送りで賄えているから大丈夫だよ。貯金もいざって時のための資金だしね」

 …。

 『いざって時』って何よ…

 「そう。…頑張ってね」

 …。

 最近は素直に言葉が出るようになってしまった。



 何の臆面もなく口にする言葉には、何とも言えない気持ちよさがある。

 それを許してくれるのはアイツ。

 アイツは普通なら迫害されかねないような言葉でも平気で口にする。

 だから、私の衣着せない言葉にも腹を立てることはない。

 寛大なのか、不感症なのか…

 「…バラエティ番組って何でこんなにつまらないのかしら」

 いつものように思ったことを口にする。

 そうすると大体、隣に座っているコイツが返してくれた。

 「テレビは視聴率が命だからじゃない?人口比率で一番高いのは40代だ。その人達向けのコンテンツを作るのが一番効率がいいだろうし…」

 コイツはどんな他愛もない言葉にも、しっかり考えて返答する。

 …楽しくないってのは嘘になるわ。

 「私が楽しめないのは子供だからってことなのかしら?」

 「多分違うよ。20代でも楽しめる人は多いから…。きっと大衆向けだからじゃないかな?なぎにとってはチープなんだ」

 …。

 おだてられても困るわね…

 「…それって経験談?」

 「そうだね。なぎもきっと同じような気がして…」

 …まぁ、そうだけれど。

 「お高く留まっていてもいいことないわ。世の中の大半が大衆なのだから敵を増やすだけよ」

 そうよ。

 持論を語る。

 「…有象無象なんて、束になって来たところで僕の敵にはならないさ」

 アイツはそう言うものの、言葉に力がこもっていないように感じた。

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