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Double bind  作者: 佐々木研
物語も半ばを過ぎて
118/148

メリュー

 居酒屋には二人の女性がいた。

 中年と妙齢の女性…

 「あっ、橘さぁん」

 あの事務員だ。

 …相当酔ってるな。

 「遅いぞ橘ぁ!」

 教授が僕を手招く。

 「…珍しい組み合わせですね」

 「そうか?私は大体事務の奴等と飲んでるぞ?」

 教員なぞと飲んでると気分が悪い、と教授が大声で言う。

 「橘さぁん、この間は助かぁりました~」

 あの時の事務員は呂律が回っていない。

 「いえ、構いませんよ。…それより、何でわざわざこんなところに呼んだんですか?独りで飲んでるわけでもないのに…」

 「いや、松田が呼べと煩かったのでな。…お礼の品を私が変わりに受け取るのも面倒だったし」

 教授がそう言うと、手元にあった紙袋を渡してきた。

 「片桐さ~ん。言わないでくださいよ~」

 …こんな人だったか?

 「橘さんのおかげで、ぱーとなーしっぷは順調です。ありがとうございまぁす」

 座った目で隣の僕の腕を抱いた。

 …。

 「松田、酔い過ぎだ。少し休め」

 教授の声で松田さんが口を曲げながら手を離した。

 チェイサーを差し出す。

 「…ありがとうございます」

 「礼はいい。それより…」

 注文をしろ、と言って教授はジョッキを傾けた。


 ハイボールが届き、三人で乾杯する。

 二人は酒が届くやいなや、一気飲みをしてグラスをテーブルに叩きつけた。

 「…それで、何でこんな楽しい忘年会にお前は参加しないんだ?」

 教授が適当に尋ねる。

 「予定が入ってしまって」

 「まだ日付が決まってないのに参加できないと分かるのか?」

 …。

 「椎名と何かあったのだろう?」

 …聞いてるなら話は早いだろうに。

 「…また椎名さんが漏らしたんですか?」

 「まぁ、な」

 あの人は…

 「ならお分かりですよね?それに、僕の役目はもう果たしたと思うのですが?」

 「何だ?役目って」

 「椎名さんの研究ですよ。僕は元々正式な所属者ではありませんし、それを果たしたら僕はもう不要ですよね?」

 「…まぁ、そうだな」

 「僕にも予定はありますし、不要な所にいても不和が生じるだけです。…教授のお心遣いはありがたく思いますが、僕も研究で後回しにしてきたことが沢山あるので、もうこれっきりにしていただければ嬉しいのですが…」

 教授にはどう取り繕っても無駄だ。

 なら、誠意を見せて心証をよくしなければ…

 …そう。

 椎名さんの時のように…

 「…お前には私の研究室で得るものはなかったのか?」

 「沢山ありました。…ですが、物事には優先順位があります。学業成績も下がってしまいましたし、潮時なんですよ」

 ハイボールのグラスを傾ける。

 「そうか、繋がってきた。お前がバイトなんぞをしている理由も、その優先順位に関係しているのだな?」

 「なぜそうと?」

 「簡単だ。お前は無意味なことなどしない。バイトをする理由なんて、金銭目的以外ないと見ていいだろう。それは今のお前には知識を深めることよりも重要で、椎名よりも重要なんだろう?」

 …やはり教授は厄介だ。

 「お前は何で椎名に誘われて研究室に入ったんだ?」

 「椎名さんから聞いているのでは?」

 「あぁ。お前の口からも聞きたい」

 …。

 「僕が小学生の頃、勉強を教えてくれたのが椎名さんなんです。おかげで僕は有名な進学校に合格出来ましたし、この大学に入れたと思っています。この恩はそれなりのことをしなければ返せません」

 「椎名には下心があったのだろう?イーブンじゃないか」

 「そうですね。ですが僕は、それでも釣り合わないと思っただけです」

 「それが手伝いをして釣り合ったということか…」

 「はい」

 …もう十分だろう。

 これ以上は流石に負担だ。

 「なるほどな。お前らしい。お前の考えを照らし合わせるなら、今回の忘年会はお前の中では慈善活動で、心に余裕があればしてやってもいいが、幸運なことにバイトで忙しいから断る、と言ったところか?」

 「言葉選びに悪意がありますが、およそはその通りです」

 「では『萩原楓』は関係ないと?」

 思いもしない名前が教授から出た。

 「…何で楓さんの名前が?」

 「何だ?無関係だったのか?」

 「はい。…そもそも何で教授が楓さんを知ってるんですか?」

 「三か月くらい前に刑事が来て、お前の事情聴取をしていった。お前はその時取り沙汰されていた変死体事件の容疑者だったんだろう?刑事から聞いたよ」

 「はい。楓さんとは隣同士でした」

 「犯人はまだ捕まってないのか?」

 「そうらしいですね」

 意外と掘り下げてくるな…

 「…僕のこと、疑ってますか?」

 「いや、全く。刑事達にも言っておいたぞ?『橘は人を殺すならもっと計画的にする』とな」

 余計なことを…

 「まぁ、そうでしょうね」

 「その過程で色々と聞いてな。…萩原楓とも大分親しかったみたいだな?」

 「まぁ、色々と…」

 「やはりな。…お前も大変だったな」

 労いの言葉をかけられる。

 「…そうですね」

 賑やかな場が沈黙に包まれる。

 「金が必要か?」

 「はい。大学生が健やかに遊べる程度には」

 「私は人手が欲しい。学生が研究室に来れば、大学から研究費が工面される。…お前の日給は5千円だったな?」

 「無理ですって。来年は僕も学業が更に忙しくなります。勘弁してください」

 「そうか。…大体全て分かった。この話はもう終わりだなっ!」

 まるで機械のように切り替えて、声色を変える。

 「今日は送別会だっ!お前も飲め!!」

 教授は松田さんを叩き起こして、酒の注文をした。


 珍しく教授が酔っていた。

 いつも快活な教授が、最後の方はうな垂れて小声で喋っていた。

 『お前のことは好きではなかったが、信頼はしていた』

 『初めてお前に会った時から、私はお前の真価が分かっていた。椎名とは別の意味で、私はお前を手放したくないのだよ』

 『最近のお前には好感が持てる。…つまり、お前の強みが減ってきたと言う意味だ』

 『予言しよう。このままではお前はいつか凡夫になる。…私はそれが堪えられないんだ。だから…』

 教授はいつの間にか眠ってしまった。

 「橘さぁん。片桐さんはあたしがおくりますからぁ~」

 泥酔した松田さんが千鳥足でタクシーを止める。

 「片桐さんがぁここまで人にしゅーちゃくするなんてぇ、おもしろいヒトですね~」

 笑顔で手を振る彼女を見送って、今日の宴会は幕を下ろした。



 「…何でそんな酔ってるのよ」

 24時も回ってると言うのに、なぎはまだ起きていた。

 「教授が白熱して、さ…」

 紙袋をテーブルに置く。

 「何よこれ」

 「分からないよ」

 週末の溜まった疲れと酔いで、頭が働かない。

 「ちょっと、そのまま寝るつもり?」

 ソファに寄りかかる。

 「…うん」

 なぎの声が遠くなっていく。

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