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Double bind  作者: 佐々木研
物語も半ばを過ぎて
117/148

お断りします

 「…ってことがあってさ」

 夕食の最中、珍しく自分から話し出したアイツは珍しいことに困っていた。

 「椎名さんのこともあるし、忘年会の方も顔を出しづらくてさ」

 軽薄な笑いを浮かべる。

 …なんでアイツはこう面倒事に縁があるのかしら?

 それも女絡みの…

 「…それっていつなのよ?」

 「来週の土曜日」

 土曜日って…

 「…アンタ、それアプローチかけられてるわよ。分かってるの?」

 しかもクリスマスに呼ぶなんて本気のやつ…

 「そうだろうね。…嫌だなぁ。給料も出ないし…」

 アイツが心底嫌そうに溜息をつく。

 …何よ。

 「そんなこと私に言ってなんの意味があるのよ?…自慢?」

 「そんなことして何の意味があるのさ。…ただ、些細なことでもなぎには正直に伝えようと思ったんだ。パラダイムシフトってやつだよ」

 何の敵意もない顔…

 …そう言えばコイツは、私に敵意を向けたことがない。

 するのは嬉しそうな顔か、悲しそうな顔。

 感情の乏しい奴だけれど、誰かのために人を殺すような人間だ。

 敵意くらいは持ち合わせているでしょう。

 …それを私に向けたことがない。

 本心を人に見せないアイツが、私には心を開いている。

 その理由はきっと一つ。

 …仲良くなりたいのでしょうね。

 私と。

 「…馬鹿ね」

 私の言葉にアイツは嬉しそうに笑った。

 「…何?なじられるのが好きなの?」

 「どうだろう?考えたこともなかったけど、…嫌じゃあないね」

 気持ち悪いわね。

 そんな人間の顔を見る。

 「…きっと、僕は今まで完璧だったから人に否定されることがなかったんだ」

 だからきっと新鮮なんだろうね、とアイツが続けて言った。

 「…そうね」

 きっとそう。

 …だから。

 私もきっとそうだったのでしょう。

 変な気を起こしてしまったのも…

 「…なぎ?」

 黙りこくった私にアイツが語りかけてきた。

 「…それで?その後輩はどうするのよ。夜に電話しないといけないのでしょう?」

 話を逸らして本題に戻る。

 「うん。…どうしようかなぁ」

 煮え切らないわね…

 「嫌なら断りなさいよ。どうせ給料も出ないし、義務なんてないわよ」

 苛立って言葉尻が荒くなってしまう。

 私には関係ない話のはずなのに…

 「…そうだね」

 私の言葉にアイツが頷いた。

 「冬休みはなぎと一緒に過ごそうかな」

 …。

 なんだか、墓穴を掘った気分だわ。


 「…すみません。と言うことで僕は遠慮しておきます。パートナーシップのバイトはテスト前も行うので、冬休みの遅れの分はそこで取り戻しましょう」

 アイツは結局、当たり障りのない言葉で丁重に断っていた。

 …後輩にも敬語なのね。

 それはきっと、本心で話していないことの表れなんでしょう。

 「ふぅ…」

 アイツが深く息を吐いて電話を切る。

 「…上手くいったの?」

 「まぁね」

 再び携帯をいじって耳に当てる。

 「…ありがとう」

 アイツは私を横目で見て、小さな声で呟いた。


 「教授、酔ってます?僕の話、聞いてますか?」

 「…あのー。…今からですか?僕はもう眠いのですけど…」

 「…はい。…はい、そうですね…」

 「…分かりました。でも、今日はすぐに帰りますからね?」

 何だか話がこじれているみたい。

 アイツが教授と呼ぶ話相手はかなりの上手うわてのようで、いつもヘラヘラしているアイツがたじろいでいた。

 …凄い人。

 ぜひ私も会って、その術を享受して欲しいわ。

 「…はぁ」

 アイツがさっきよりも深い溜息を吐く。

 「大変そうね」

 「うん。…今から出てくることになった。夜中には帰ってくるから…」

 そう言って仕度を始める後姿は、上司に逆らえないサラリーマンのようだった。

 「…情けないわね」

 何で私にははっきり言うのに、他の人には言えないのよ。

 「うん。…そうだね」

 アイツはから笑いをすると、重い足取りでリビングから出て行った。

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