お断りします
「…ってことがあってさ」
夕食の最中、珍しく自分から話し出したアイツは珍しいことに困っていた。
「椎名さんのこともあるし、忘年会の方も顔を出しづらくてさ」
軽薄な笑いを浮かべる。
…なんでアイツはこう面倒事に縁があるのかしら?
それも女絡みの…
「…それっていつなのよ?」
「来週の土曜日」
土曜日って…
「…アンタ、それアプローチかけられてるわよ。分かってるの?」
しかもクリスマスに呼ぶなんて本気のやつ…
「そうだろうね。…嫌だなぁ。給料も出ないし…」
アイツが心底嫌そうに溜息をつく。
…何よ。
「そんなこと私に言ってなんの意味があるのよ?…自慢?」
「そんなことして何の意味があるのさ。…ただ、些細なことでもなぎには正直に伝えようと思ったんだ。パラダイムシフトってやつだよ」
何の敵意もない顔…
…そう言えばコイツは、私に敵意を向けたことがない。
するのは嬉しそうな顔か、悲しそうな顔。
感情の乏しい奴だけれど、誰かのために人を殺すような人間だ。
敵意くらいは持ち合わせているでしょう。
…それを私に向けたことがない。
本心を人に見せないアイツが、私には心を開いている。
その理由はきっと一つ。
…仲良くなりたいのでしょうね。
私と。
「…馬鹿ね」
私の言葉にアイツは嬉しそうに笑った。
「…何?なじられるのが好きなの?」
「どうだろう?考えたこともなかったけど、…嫌じゃあないね」
気持ち悪いわね。
そんな人間の顔を見る。
「…きっと、僕は今まで完璧だったから人に否定されることがなかったんだ」
だからきっと新鮮なんだろうね、とアイツが続けて言った。
「…そうね」
きっとそう。
…だから。
私もきっとそうだったのでしょう。
変な気を起こしてしまったのも…
「…なぎ?」
黙りこくった私にアイツが語りかけてきた。
「…それで?その後輩はどうするのよ。夜に電話しないといけないのでしょう?」
話を逸らして本題に戻る。
「うん。…どうしようかなぁ」
煮え切らないわね…
「嫌なら断りなさいよ。どうせ給料も出ないし、義務なんてないわよ」
苛立って言葉尻が荒くなってしまう。
私には関係ない話のはずなのに…
「…そうだね」
私の言葉にアイツが頷いた。
「冬休みはなぎと一緒に過ごそうかな」
…。
なんだか、墓穴を掘った気分だわ。
「…すみません。と言うことで僕は遠慮しておきます。パートナーシップのバイトはテスト前も行うので、冬休みの遅れの分はそこで取り戻しましょう」
アイツは結局、当たり障りのない言葉で丁重に断っていた。
…後輩にも敬語なのね。
それはきっと、本心で話していないことの表れなんでしょう。
「ふぅ…」
アイツが深く息を吐いて電話を切る。
「…上手くいったの?」
「まぁね」
再び携帯をいじって耳に当てる。
「…ありがとう」
アイツは私を横目で見て、小さな声で呟いた。
「教授、酔ってます?僕の話、聞いてますか?」
「…あのー。…今からですか?僕はもう眠いのですけど…」
「…はい。…はい、そうですね…」
「…分かりました。でも、今日はすぐに帰りますからね?」
何だか話がこじれているみたい。
アイツが教授と呼ぶ話相手はかなりの上手のようで、いつもヘラヘラしているアイツがたじろいでいた。
…凄い人。
ぜひ私も会って、その術を享受して欲しいわ。
「…はぁ」
アイツがさっきよりも深い溜息を吐く。
「大変そうね」
「うん。…今から出てくることになった。夜中には帰ってくるから…」
そう言って仕度を始める後姿は、上司に逆らえないサラリーマンのようだった。
「…情けないわね」
何で私にははっきり言うのに、他の人には言えないのよ。
「うん。…そうだね」
アイツはから笑いをすると、重い足取りでリビングから出て行った。