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Double bind  作者: 佐々木研
物語も半ばを過ぎて
116/148

Dance with Undershaft

 メールの内容を確認する。

 『今日でテストは終わりだろ?集合』

 …簡潔な内容だ。

 分かりやすい。

 …でも。

 「「予定があったらどうするんだよ…」」

 桜井と喫煙所で小言を垂れる。


 「お前、あの二人をどうするつもりだよ?」

 あの二人とは多分、梅野と富樫のことだろう。

 「どうするって…。正当に評価するつもりだよ。釘も刺されたし…」

 教授の好意に甘えて、講義がない時間を研究室で潰している最中に梅野が来たことがあったな…

 『アンタ、雅君の友達なんでしょ?…分かってるわよね?』

 あの言葉は『多少、色を付けろ』と言う意味だったんだろう。

 「それで、感触はどうだったんだ?」

 「多分大丈夫じゃないか?でも桜井の時と同じだ。最終的には教授が判断するだろ」

 研究室に向かって歩く。

 「…あの二人はテニスサークルの後輩か?」

 「あぁ。…二年の研究室選択で迷っていてな。俺の研究室をそれとなく伝えたら「来たい」って聞かなくってな…」

 「わざわざ教授の所じゃなくてもいいだろうに…」

 「全くだ。それは俺も伝えたんだけどな…」

 二人で溜息をつく。

 「はぁーあ。椎名さんのいない研究室なんて行く価値もねーよ」

 研究も終わったし、と桜井が呟く。

 …あぁ、そう言えば桜井には伝えていなかったな。

 「椎名さん、マスターに進むらしいぞ?」

 「…マジか」

 桜井の目が開く。

 「あぁ。もしかしたら今日はいるかもな」

 「おい。急ぐぞ!早く火を消せ!」

 …まだ時間があるのに。


 「遅い!」

 開口一番、教授が僕達を問いただした。

 「…二分前っすよね?」

 「テストが終わってもう30分は経ってるはずだが?」

 …ではなんのための集合時間なんだろう?

 「それで、僕達を呼んだってことは例の新入生の話ですか?」

 「あぁ、そうだ。…橘、お前の率直な感想は?」

 本題に入る。

 「やや懸念点はありますが、桜井の前例があるので大丈夫だと思いますよ」

 レポートを見る限り梅野は人望が広そうだし、富樫は努力家のようだった。

 「では駄目だな。やはり他にあたってもらおう。桜井もそれでいいな?」

 「俺はいいっすけど…。何でっすか?」

 桜井が問う。

 「人手不足だ。今年は橘がいたからどうにかなったが、来年から私は椎名に付きっきりにならねばならない。将来有望な人材を蔑ろにしてまで子供の御守りはごめんだ」

 教授の包み隠さない態度は流石だな。

 「別に肩を持つつもりはないっすけど、橘は来年もいるじゃないですか。俺もいますし何とかなりません?」

 「図に乗るなっ!」

 笑い交じりに怒鳴られる。

 「橘はともかく桜井は無理だ。私だって、経済学に詳しいわけではない。来年は椎名の研究を発展させたいんだ。ともかく今回は諦めろ」

 話は終わりだ、と宣言すると来週は忘年会の準備をしとけと言い残して去って行った。


 「…あのババア、自分のことばっかり言いやがって…」

 桜井は大分苛立っていた。

 「今に始まったことじゃないだろ。諦めろ」

 「忘年会だってまだ参加するなんて言ってねーのに勝手に決めやがって…。なぁ橘、ボイコットしね?」

 「別にいいけど…。教授には誰が伝えるんだ?」

 「それは…、お前だろ?」

 ふざけるなって…

 「桜井が提案したんだからお前がしろよ。最悪、僕は出たっていいんだから」

 そんな面倒なことをやるんだったら、そっちのほうがまだましだ。

 「マジかよ…。俺のプライベートがぁ」

 「諦めろ。…椎名さんも来るかもしれないぞ?」

 「…そっか。…仕方ねぇ」

 桜井が溜息を吐く。

 「面倒なメッセンジャーを受け持ってやるか!」

 断るのか。

 桜井は桜井で大変そうだな。



 「先生ー、梅野さんとはどういう関係なの?」

 12月17日。

 今年最後のバイトで生徒が僕に雑談をしてきた。

 「梅野?…二年生の?」

 「はい。テニスサークルの梅野さん。ほら、桜井先輩の彼女の…」

 …桜井の彼女?

 まさか、あの梅野が?

 「…あぁ。梅野さんですか。どういう関係って…、桜井の紹介で2、3回会っただけですが…」

 彼女がどうかしたのだろうか?

 「そうですか?…その割に梅野さんは真に迫る感じがしましたけど」

 「梅野さんとお友達なのですか?」

 「いえ、同じ高校出身ってだけでそこまで親しい訳ではありません。そんな私に話しかけてくるくらいなので何かあったのかと…」

 …きっと研究室の件だろうなぁ。

 はっきり言って逆恨みだ。

 文句を言うなら自分の無能さに対して言って欲しい。

 「…先生は椎名先輩とも何もないんですよね?」

 僕と二年生の生徒の会話に、この間入れ替わった一年生の生徒が割り込んできた。

 我儘を言っていた一年生二人の内の茶髪の方。

 …『何もない』って何だよ。

 「まぁ、高校の先輩ってだけですよ」

 この誤解も、もう面倒になってきたな…

 そう伝えると、茶髪があからさまに上機嫌になった。

 「…せんせーは、来週予定ってありますか?」

 もう片方の長髪の一年生が質問してくる。

 …来週か。

 別に予定はないが…

 「何かありましたか?」

 取り敢えず要件を言ってくれなければ分からない。

 「いや、…実は、冬休みで勉強が疎かになりそうなので勉強会を開こうかと思いまして…。良かったら先生はどうかなー、と…。最近、先生は土曜日しか来ないので、私達としてはありがたいのですが…」

 長髪が歯切れ悪く話す。

 …勉強会か。

 メリットがないな。

 「すみません。研究室の忘年会が多分、その頃なんです。今すぐ返事が出来ないので僕は遠慮しておきますね」

 遠まわしに断りを入れる。

 「じゃあ、予定が立てば参加してくれるんですか!?」

 茶髪が大声で騒いだ。

 「なら、電話番号を教えて下さい」

 長髪もそれに釣られて大声を出す。

 「私も先生の連絡先、知りたいです…」

 「俺は別にいいっす」

 「アタシも交換しちゃおっかなー」

 「うるっさいっ!!」

 そう叫んだのは、少し離れたところに座っていた伊吹だった。

 周りの人が彼女に視線を向ける。

 「アンタたち何しに来てるの!?私語なら余所でやってよ!」

 立ち上がり、僕達のところまで歩いてきた。

 「あぁ。ごめん。僕から切り出したんだ。以降、気を付けるよ」

 凄んだ顔で近づいてくる伊吹に頭を下げる。

 「…なっ、何だよ…」

 僕の態度にあっけを取られたのか、伊吹の怒声が尻すぼみした。

 「他にも何か気に障ることがあったら僕に言って。気を付けるよ」

 「…まっ、まぁ、それならいいけどっ!」

 伊吹は何とか威勢を取り戻して去って行った。

 見物していた人達も、それぞれの勉強に戻る。

 「…ごめんなさい。私達のせいで…」

 茶髪が僕に寄り、小声で囁く。

 「大丈夫です。…それより勉強を続けましょう。また怒られてしまいます」

 そう伝えると茶髪は小さく笑い、付箋に数字を書いて手渡してきた。

 渡された付箋を読む。

 『私の番号です。…夜、時間があったら電話して下さい』

 …参ったな。

 辺りを見渡すと、そのやり取りを凄い剣幕で睨む伊吹と目が合った。

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