物語の先には幸せな、終わりが
…最近、アイツはよく喋る。
誘拐したての頃はアイツから話しだすことがほとんどだったけれど、今ではめっきり逆になってしまっていた。
私から話を振らないと口は開かないけれど、それでも1聞いたら4くらいは返すようになった。
隠し事もしていない。
…けれど。
「それでさ、これはバイトの時に教え子から貰ったんだ。…なぎに似合うと思うよ」
アイツが小さな紙袋を手渡してくる。
「これって…」
…男物の香水じゃない。
最近のテレビはずっとクリスマスの話題ばかり。
恋人と過ごす素敵なデートスポットだとか、キュンとくるシチュエーションだとか…
別に僻んでいるわけではないけれど、それでもそれなりに思うところはある。
…はぁ。
相変わらず、ロードショーはありきたりな恋愛映画…
頭が侵されるわ。
…この浮かれたムードに。
そう。
だから、少し、そんな気持ちになっただけ…
多くの男の人って女には性欲がないと思っていると思う。
全ての男の人がって言う訳ではないけれど、きっと若い男の人の半分くらいは思っている。
大体の創作物語では、女が男の人を誘惑することはあっても、色欲に溺れた女が出てくることは珍しい。
そう言う題材となれば話は別だけれど…
きっと認識が低いから、その程度のことでも題材として成り立つのでしょう。
…はぁ。
その間違った認識がまかり通っているのは、ある意味、女のせいだと言える。
女は自分が良く見えるよう取り繕うことに全力を注いでいる。
下品なことはできないし、惨めな姿は晒したくない。
お高くとまることが自分のステータスになるのだから、当然と言えば当然ね。
そのくせに『男は何にも分かってない』なんて口にできるのだから、つくづく女って馬鹿だと思うわ。
…違うわね。
色々理由をつけて、自分に正当性を見出しているだけ。
そんなこと、少し視点を変えれば男の人だってしている。
馬鹿なのは私も同じ。
間違ってると思うし、どうかしてると思う。
一種の気の迷いだとか、生理現象だとかそんな言葉ばかりが頭を巡る。
…はぁ。
大体、コイツのせいなのよ。
酷いことをしたかと思えば、それからずっとお嬢様扱いだし、私のために文字通り身を削って頑張っている。
そう言うことに興味がないのかと思わせて、他の人とは爛れた生活をしていたりするし…
…そうよ。
弱ってるところを揺さぶられただけ。
アイツも大人ならよくあることだって言っていたし…
そうよ。
そもそも二次性徴が終わってるのだから、そう考えれば当然の発想なのよ。
我慢できずに怒ってしまうこともあるし、こらえきれずに泣いてしまうこともある。
それと一緒…
むしろ、よく耐えたと思うわ。
同じベットで寝ていた時も、今思えば限界だった。
ほんのわずかだけれど、期待もしていたような気もする。
私を襲ったアイツを罵倒して、ちょっとした優越感に浸りたかった。
…その我慢比べに負けてしまったの。
アイツはそんなこと微塵も感じていなかったようだけれど…
…なら。
「…」
少しだけ…
相変わらずアイツはソファで眠っている。
日曜日が休みになって、アイツからは疲労の色が見られなくなった。
「もう私のベットで寝る必要はないわね」と伝えるとアイツは「そうだね。ありがとう」と何の気にも留めずにそう言って、またあの窮屈なソファに戻ってしまった。
…はぁ。
むかつく。
手頃な奴がコイツしかいないなんて…
他の人がいればこんな奴絶対選ばない。
…そうよ。
仕方なく、なの。
逆立つ気持ちに反して、忍び足でソファに近寄る。
薄暗くてあまり見えないけれど、静かな寝息は確かに聞こえる。
…。
寝そべったアイツに跨って見下ろす。
眠りが深いのか、コイツは私に気付かない。
…心臓が高鳴る。
手がじんわりと汗ばんでべた付き、触れることに戸惑ってしまう。
…。
アイツの顔の隣に両手を置いて、顔を近づけた。
…。
息がかかる。
「はぁっ、はぁっ…」
呼吸が整わない。
髪がアイツの顔にかかって、少し苦しそうな顔をした。
ゆっくりと顔に触れて髪を払う。
…。
…。
唇が重なった。
…健やかな朝。
体は軽いし、気も晴れている。
ふぅ…
体を伸ばして一息つく。
…よし。
「おはよう」
扉を開けて、いつも通りに振る舞う。
「あっ、…うん。…おはよう」
「何?何かあったの?」
いつも通りに…
「いやっ、…なんか変な夢を見て、ね」
アイツは首を傾げていた。
「そう。良かったわね」
「…良かった?」
曖昧な返事を無視する。
「…うん、まぁ…、良かったの、かな?」
アイツはそう言って、まだ首を傾げていた。