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Double bind  作者: 佐々木研
物語も半ばを過ぎて
112/148

「不完全」だって何度でも言うんだ

 金曜日の平日、講義終わりに事務部に寄る。

 あの事務員は…

 「あっ!橘さん!」

 事務員が僕を見つけて自分から声をかけてきた。

 「どうも。…例の話なのですが、今お時間よろしいですか?」

 「はい。…ここではなんですから、場所を変えましょう」

 事務員が辺りを見渡して、応対室に招いた。


 「僕から下級生たちに言ってはみたのですが、あまり聞く耳を持ってもらえませんでした」

 人数が多くなって、僕では面倒を見切ることが出来ないと伝えると、彼らは「大丈夫ですよ。先生はしっかりできてます」の一点張りで、僕の意見は聞き入れてくれなかった。

 「僕だけの言葉を聞いても勉強にはならないから他の先生意見も聞いてたらどうですか?」とも言ったのですが何とも…

 「そうですか…」

 事務員は僕の話を聞いて相槌を打つだけで、改善案を上げない。

 自分の担当だろうに…

 「…やはり、事務部で問題視されたと白状して、生徒を均等に先生に割り当てでもしないとどうしようもないのではないですか?」

 「…それは問題になりませんかね?生徒が先生を選べることがこの制度の利点なのに…」

 「教える側が減ればその利点も生かせなくなるでしょう?この状態が続けば、先生は減る一方です。これは不測事態なのですから、ある程度の調整は必要でしょう?」

 事務員に説く。

 「…それではどうすればいいでしょうか?」

 …だから。

 それはお前の仕事だろ。

 「先生の評価が高い人に生徒の成績下位者を充てて、ある程度成績の高い生徒には先生の評価が低い人を割り当てればいいのではないですか?人数を均等にして」

 「それをどう生徒に伝えればいいのでしょう?」

 「生徒の学力が伸び悩んでいて、原因が僕であると伝え、やはり大人数の指導は限界だと言って分ければいいのではないですか?実際、生徒の成績の上昇率は下がっていますし…」

 「いや、ある程度成績が上がれば上昇率が伸び悩むのは当然じゃないですか?」

 「僕もそう思いますが、それを理由にするだけです」

 「…それではあなたの功績が蔑ろにされませんか?」

 「大袈裟ですよ。そんなものありません。…それに、他の人の指導で向上が見込めないと限った話ではないでしょう?」

 「そうですが…」

 この人は問題を解決する気がないのだろうか…

 …そうだ。

 「分かりました。それでは僕は来週から日曜日は指導しません。これなら今よりは大分ましになるでしょう」

 この切り口なら、僕もなぎとの約束通り、休むことが出来る。

 口実としては上々だろう。

 「…ですが、それだと貴方の給料が出ませんよ?」

 「構いません。丁度僕も休みが欲しいと思っていたところですから…」

 「橘さんがそう言うなら私は助かりますが…。…いいのですか?」

 しつこいな。

 「はい。…ではそれでお願いします」

 これで煩わしいことから解放されるだろう。



 「…という事で、生徒をこちらで割り振らせて頂きました。これは数的問題であるため、生徒間で話し合えば先生を変えることも構いません。今、紙を配布しますので、今日は指定された先生がいる席の近くで勉学に勤しんでください」

 土曜日、先生と生徒が集まった頃を見計らって事務員が淡々と説明した。

 内容は全て、僕が提案した内容。

 戸惑う生徒を余所に説明は続く。

 「先生方も今日は指定された場所で、随時生徒の質問に答えて下さい。後日からはやりやすい所で指導していただいて構いません」

 配布された紙には僕を含む五人の先生役の上級生が、講義室に偏ることなく配置されていた。

 生徒側である下級生は各5人ずつ。

 僕の担当は二年生の成績下位者だった。

 どれも話したことのない顔ぶれが並ぶ。

 …まぁ、その内適当に散って入れ替わるだろうな。


 最初の30分は静かだったが、次第に話し声が聞こえるようになった。

 指導の声や、生徒同士の話声、移動音などが講義室に響く。

 …いつも通りで構わない。

 生徒に質問されるまで、自分の勉強をしていればいいんだ。

 「…あの」

 暫く自分の勉強に没頭していると、隣で声が聞こえ始めた。

 「何?」

 生徒の一人が反応する声が耳に入る。

 「私達と先生を変わって貰えませんか?」

 そこには見慣れた2人の女生徒の顔があった。

 確か一年生だったか…

 「…先輩は誰?」

 声をかけられた方の男生徒がその二人に尋ねる。

 「伊吹先輩です。先輩は橘先生と話していないようだったので…。今すぐじゃなくて、明日からでいいんですが…」

 二人が不安そうに僕を見た。

 僕にどうしろと…

 「伊吹さんか…。…ゴメン、無理」

 男生徒が断言する。

 「…何で、ですか?」

 「あの人、分かりづらいし、露骨に機嫌が悪くなるから嫌なんだよね。…この人の方が伊吹さんよりましだろうし」

 彼が僕を見ながらそう言う。

 伊吹…

 あぁ。

 そう言えば、そんな名前だったな。

 僕と一緒に説明を受けた女性の周りには三人の生徒が黙々と自主勉強を続けていた。

 …人数的にも間違いない。

 「せんせい…」

 女生徒達がか弱い声で僕を呼ぶ。

 …はぁ。

 「そんなに毛嫌いしなくてもいいのではありませんか?話してみれば誤解が解けるかもしれませんよ?」

 女生徒達に言う。

 「もう話しましたよ。…でも少し聞くとすぐ私達を見下すような言葉ばかりで、説明も分かりづらいですし、自慢げに自分のことしか話さないんです。…こんなんじゃ、せっかく上がった成績がなくなっちゃいますぅ」

 そう言う女生徒の話を聞きながら、男生徒を見ると、彼も共感したようで首を縦に振った。

 …。

 「でも、伊吹は学年一位なのでしょう?僕より適任な気がしますが…」

 これは誰に聞いたのだったか…

 生徒からだった気がする。

 「教える能力と成績は関係ないですよぉ。…お願いしますっ!」

 二人が頭を下げた。

 よほど嫌らしい。

 …はぁ。

 「この中に伊吹の所に行きたいって人はいますか?」

 話が大きくなり、顔を上げていた他の4人に話を促す。

 皆と目が合うが、自主的に手を上げるものはいなかった。

 …まぁ、これだけネガティブなこと言われている人の元に行きたいと思う人は少ないだろう。

 「皆さんはいいのですか?僕より伊吹の方が美人ですし、学年順位も一位なのですよ?こんな機会は中々ないでしょう」

 お道化て言うと下級生の何人かが笑った。

 「女性の方も、こんな冴えない奴から教わるより伊吹さんから教わりたいでしょう?…どうですか?」

 笑った女生徒に焦点を絞って目を合わせる。

 「…あのっ、…私、伊吹先輩でもいいです」

 僕の言葉で先ほどまで口を開かなかった女生徒が手を挙げた。

 「僕も変わって問題ないですよ」

 他の男生徒も口を開く。

 「そうですか。…なら明日からそうして頂けますか?」

 割り振られた側の二人が小さく頷く。

 「あっ、ありがとうございますっ!」

 女生徒二人が大きな声でお礼を言って、僕に頭を下げた。


 「…慕われてるっすね」

 そう言ったのは、先ほど女生徒達に頼まれていた彼だった。

 「そうでもないですよ。嫌な人から逃れるために僕を使っただけでしょう」

 人は嫌な事から逃げるためだったら何だって出来る。

 それは僕だってそうだ。

 「そうっすかね?…まぁ、俺も伊吹さんは願い下げっすけど」

 …凄い嫌われようだな。

 「伊吹はそんなこと言われるような人ですかね…。僕から見れば綺麗だし努力家だし、いい所の方が多いと思いますが…」

 思い返せばあの討論学習で、一番真剣に取り組んでいたのは彼女だった。

 言い方はそれぞれあるとして、学ぶと言う一点を見れば伊吹は真剣にやっていた。

 …他の奴よりはましだ。

 口ばかりで何もしない奴よりは…

 「皆そう言ってるっすよ。伊吹さんは駄目だって…。橘さん、人を見る目ないんじゃないっすか?」

 …皆の意見を自分の意見だと思っている君よりはましだと思うが。



 「…ただいま」

 18時を過ぎた頃には、家に帰ることが出来た。

 「お帰りなさい。…今週は早いのね」

 なぎはキッチンで夕食の準備をしている。

 「うん。面倒事が少し片付いてね」

 「そう。良かったわね」

 なぎは目も合わせない。

 「お風呂は沸いているわよ。先に入ってきたら?」

 「うーん。…別にいいよ。食べてから入る」

 ソファに勢いよく腰掛ける。

 さっきまでなぎが座っていたのか、女性特有の甘ったるい匂いが舞った。

 隣には丸まった青い掛布団。

 結局なぎに渡したお金で、彼女は僕用の掛布団を買ってきた。

 それも結構、高級そうな…

 温かくて眠る時は重宝しているが、ソファに置いているため、僕のいない昼はなぎがひざ掛けとして使っている。

 「…できたわ。早くよそって頂戴」

 呆けていた僕になぎはぶっきらぼうにそう言った。

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