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Double bind  作者: 佐々木研
物語も半ばを過ぎて
110/148

適当にどっか飛んでっていいんだぜ

 玄関に大きな荷物があった。

 段ボールに張られた送り状には『羽毛布団』と書かれている。

 …あぁ。

 一週間くらい前になぎに頼んだやつか。

 やっと届いたのか。

 最近は寒くて、ソファで寝るのが苦痛だった。

 ベットはなぎが使ってるし、新しいベットを買う訳にもいかない。

 だからって二人で寝るのもなぁ…

 なぎとは何回か一緒に寝てはいたけれど、流石にシングルベットに二人で寝るのはきつい。

 頼み込めば許してくれそうだが、嫌がることはしたくないな…


 なぎは珍しくテーブルに腰かけていた。

 いつもは僕が帰るまでソファを独占しているのに…

 「…お帰りなさい」

 …いつもより声のトーンが低い。

 誘拐した時を思い出す。

 あの時もそんな雰囲気だった。

 「うん。…何かあった?」

 最近は忙しくてあまりなぎと話していなかったから、それかな?

 「…大家さんと話したわ」

 神妙な顔つきのなぎが口を開く。

 …大家?

 何でなぎと管理人が…

 「お隣さん、殺されたらしいわね?」

 …。

 「そうらしいね。…犯人、捕まったのかな?」

 どうやら管理人から色々と聞いたらしい。

 適当に白を切る。

 「…アンタ、お隣さんと仲がよかったわよね?」

 そう言えば、そんなことも口走ったかもしれない。

 「そうだね。…悲しい事件だ」

 なぎを見る。

 …相変わらず不満顔だ。

 「9月の半ばのことらしいけれど、その時期アンタ、おかしかったわよね?」

 …。

 「そう言えば警察が来たこともあったわ」

 …。

 「…ねぇ」

 なぎが僕を見る。

 「隠してること、全部話しなさいよ」

 …。

 どうやら逃れられそうにないな…

 

 洗いざらい、全てを話した。

 被災地で楠本を助けたこと。

 その子が僕のストーカーになっていたこと。

 その楠本が楓さんを殺したこと。

 なぎもそのターゲットにされていたこと…

 楠本を殺したことも伝えた。

 なぎは頭が回る。

 これだけ情報を話せば自然に回答に辿り着くだろうし、黙っていても心証が悪しなぁ…

 …。

 長い話をなぎは黙って聞き続けた。。

 「…そう」

 なぎが席を立つ。

 「少し話をまとめたいわ。…喉も乾いたでしょう?」

 思ったよりもなぎは冷静だった。


 「…それでアンタはよかったの?」

 「えっ?」

 唐突に広い質問を投げかけられた。

 「人を殺したことよ。…何でそんなことしたのよ」

 『何で』って…

 「なぎを殺そうとしてたんだ。ストーカーがいるのは分かってたけど、それが楓さんを殺したなんて分からなかった。椎名さんを誘拐した事件に不審な所があって、身近な不審者を探していたんだけど…。楠本と接触して楓さんを殺した理由を聞いて、どうにかしなきゃって思ったんだ」

 …あの子からは狂気じみたものを感じた。

 ただ助けただけの人間を全国から探し出して、身辺まで調べていたんだ。

 衝動的に人を殺すような人間を、放置しておくことは出来なかった。

 「死人に口なしってわけね。…アンタ、捕まるんじゃないの?」

 「分からない。刑事達には『君は無関係そうだ』とは言われたけど…。一応、楠本の両親には釘を刺したし、今のところ動く様子もなかったよ」

 「さっき言ってた脅迫文?…その楠本って子がアンタを調べるときに探偵を雇ってたんでしょ?両親は不審に思うんじゃない?」

 「だから娘が人殺しですよって証拠を添えておいた。…僕のことを掘り起こせば、娘の罪も浮き彫りになりますよってシナリオでね」

 警察が楠本まで捜査が進めば観念するかもしれないが、少なくともそれまでは大丈夫だろう。

 証拠も残していない。

 「自首をするつもりは?」

 「ないよ。そもそも僕は誘拐犯だ」

 そもそも人を殺したくらいで僕の理念は揺るぎはしないし、楓さんを殺した意趣返しのつもりもない。

 …そうだ。

 そんな程度で罪に苛まれたりしない。

 「そもそも何で楓さんは殺されたの?」

 …。

 「多分、僕と楓さんの関係が親密だったからだと思う。楠本はストーカー行為の過程で知ったんじゃないかな?」

 かなり詳しく調べてるようだったし…

 「…親密って何よ」

 なぎが僕を睨む。

 「普通に悩みや愚痴を聞いたり、肌を重ねたりってその程度だよ。その代わりに料理とかを教えて貰ってたんだ」

 おかげで人並みに料理が出来るんだ、となぎに伝えると露骨に顔を歪めた。

 「…最っ低」

 侮蔑の目を向けられる。

 「恋人がいるのに私を誘拐するってどういう神経してるのよ…」

 「恋人じゃないよ。ただの取引相手ってだけ。相手の性欲を発散させる代わりにご飯を作って貰ったり教えて貰ってたんだ」

 大人なんて利害関係でしか動けないんだよ、と教えると、なぎは不服そうだが納得はしてくれた。

 「まぁ、それはもういいわ。…アンタのせいで楓さんは殺されたってわけね」

 なぎは深呼吸をして話の本質に戻した。

 「…そう、だね」

 「それでアンタ、しばらく元気がなかったのね…」

 …。

 「そうだね。色情魔ではあったけれど、面倒見の良い優しい人だった。理不尽に殺されるような人じゃない」

 原因は楠本にあったとは言え、僕に非がないと割り切ることは出来なかった。

 …のかもしれない。

 「アンタにもそんな人間みたいな感情あったのね」

 「それは僕も意外だった。もっと何も感じないと思ってたけど…」

 落ち込んだことなんて記憶にないけれど、きっとあの状態が落ち込むってことなんだろう。

 「…やっぱり最低ね」

 そう言うなぎは呆れながらも、薄く笑っていた。


 細部まで全て話終え、一息つく。

 「それでなぎは殺人鬼から逃れるためにどうするの?」

 こう言った会話は、もう何度もしてきた。

 なぎの顔色を伺って、意思を委ねるようになって…

 なぎは幸いにもここに残る選択をし続けてくれている。

 ここが居心地のいい場所であるための努力は惜しんでいないつもりだが…

 なぎを見る。

 「…黙っていて欲しい?」

 いたずらっぽくにやけるなぎ。

 「それは、ね」

 拉致監禁も殺人も、どちらも重罪だ。

 なぎの証言だけでも、罪として十分立証されるだろうし、な…

 「私、遊園地に行ってみたいわ」

 …。

 ん?

 「聞こえなかったのかしら?…遊園地に行きたいと言ったのだけれど?」

 …。

 「そんな驚くことじゃないでしょう?別にアンタが犯罪者なのは変わらないし、アンタが私に危害を加えないのも知っているもの。今までと変わらないわ。むしろさらに弱みを握られたと言っても過言じゃないと思わない?」

 そうとも言えるだろうが…

 …。

 「そうだね。…そう言ってくれると嬉しいよ」

 「私の寛容さに感謝なさい」

 なぎが席を立つ。

 「さっ、問題も解決したし、ご飯にしましょう。…明日も早いのでしょう?」

 なぎが時計を横目で見て言う。

 「…そうだね」

 「あぁ、そういえば…。何で最近そんな忙しそうなのよ。それも何か隠しているんでしょう?」

 冷蔵庫を見ながらなぎが問う。

 …。

 もう虚勢を張る必要もないか。

 「ただの金欠だよ。大学で教師まがいのバイトをしてるんだ」

 薄給だが自主勉強も出来る緩いものだ。

 「…そうだったの」

 なぎと目が合う。

 「…やっぱり、遊園地はいいわ。どうせ行っても楽しめないもの」

 …。

 やはり、言わない方が良かったかもしれないな…

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