妄想癖に犯されて
…終わった。
次の休憩で私の貞操は失われる。
アイツは終始、私の容姿に執着している口ぶりだし…
学校に毎日通っていたころはよく噂になっていた。
綺麗だとか、可愛いだとか、おおよその人間が私をそう評した。
それはお世辞ではないだろう。
客観的に見ても私は綺麗。
他人には謙遜こそするけれど、自分にする意味はない。
告白されたことも両手では数えきれない。
…それでも私は、特定の誰かと関係をもったことはない。
『あの人』に振り向いてもらえなくなるかもしれないから。
女の価値が損なわれない前にあの人に…。
それもあの子のせいで無駄になってしまったけれど。
ましてや今、監禁される身となったことでかなわぬ願いになってしまったけれど。
それでも、粗末にするものではない。
確かにアイツの容姿は悪くない。
どちらかといえばいい方だ。
お金も持っているらしい。
…それは確かではないけれど。
ただ、アイツは壊滅的にいかれている。
それはも絶望的に。
アイツにだけは身を任せたくない。
他の誰でもいい。
アイツよりはましなはずだから。
…。
きっと指を折られる。
知らしめのために。
目をえぐられるかも知れない。
笑いながら。
耳をそがれる。
口を編まれる。
腹を裂かれる。
やばい。
それに疑問をおぼえないほどに、アイツは理解不能だ。
…杞憂に終わった。
やっぱりアイツは読めない。
道路の端で止まるとアイツはシートベルトを外した。
ついに来たか、と内心身を震わせているとアイツは指を組み大きく体を伸ばした。
「喉、渇いてない?まだ4時間は走るけど」
ぎこちなく首を横に振る。
「口、少し塞ぐけど我慢してね」
アイツは大きく身を乗り出し、ガムテープで私の口を塞ぐ。
ぎこちない笑顔だった。
体が震える。
冷や汗も止まらない。
アイツの親指が右目に近づいてくる。
…。
えぐられる。
…。
「…泣かないで。何もしないよ。口は塞いじゃってるけど」
…。
涙を流していた。
それを拭ったの…
アイツは窓を開けると、煙草を咥え火を付けた。
ケータイを開き、何かを調べたり、メールを打ったりしている。
吸い終わったのか、5分ほどで火を消してケータイを閉じた。
窓を閉めると、また私に近づき、涙を拭うとゆっくりガムテープを剥がした。
「わざわざ、口を塞がなくてもよかったかもね。信用できなくてごめん」
車はすぐに発進した。
…唖然とした。
冷静になるよう努める。
…そうか。
煙草を吸いたかったんだ。
窓を開けたとき私が叫んだらりしたら大変だから…
たまたま近隣に人がいるかもしれない。
誰かに怪しまれる行動は最小限にしなければならない。
…それに。
私は体が動かせない。
いくら元気そうとは言えまだ万全のはずがない。
…。
ケアは必要だと思ったんだろう。
…。
「信用できなくてごめん」か。
それは私もだった。
…。
アイツはまだ、水に手を付けない。
急な安心感で体がどっと疲れる。
肩の荷が下りたようだ。
思えば私は、自分の身に危険が来ると思うといつもパニックになる癖がある。
被害妄想が暴走する。
よくよく考えればそんな時に考えたことが起こったことはほぼない。
自分を恥じる。
もう少し冷静を心掛けなければならない。
アイツは私に「なぎ」と名付けたのだから。
…。
結局、私はアイツから逃れられないのでしょう。
だったらアイツの好みになるしかない。
…そうしないと殺されるのだから。
悩みから解放され途端に思考がクリアになる。
そんな私に、先ほどからずっと我慢していたあることを思い出させる。
…。
もう、言い出すしかない。
小さく息を吸う。
「ねぇ」
「なに?どうしたの?」
…。
「…トイレ、行きたいのだけれど」