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Double bind  作者: 佐々木研
物語も半ばを過ぎて
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教科書通りの言葉じゃ響かない

 「先生っ!見て下さい!この間の小テストで俺、満点だったんですよ!」

 「私もです。この大学、やっぱり私には背伸びしすぎだって思ってたんですけど、先生のおかげでなんとかなりそうって思えました!!」

 「俺も、苦手科目でここまでまともな点を取れたのは先生のおかげだと思ってます」

 …。

 過大評価だ。

 「皆さんの努力の賜物でしょう。持ち上げるのは止めて下さい」

 「先生。何で私達にずっと敬語なんですかー?」

 「私は年上ですが気にしませんよ?」

 「先生って、あの橘蓮先輩ですよね?噂と違って親しみやすいっすね」

 はぁ…

 四方八方からの質問攻めに辟易する。

 「…取り敢えず、小テストの復習をしましょうか。満点の人は自習で…」

 気付けば僕の周りには10人近いの生徒が常駐することになった。


 昼休憩になると、僕を囲んでいた生徒は減るものの、1人になることはなかった。

 学生達は隣で食事を摂りながら、僕の勉強姿をまじまじと見ている。

 …どこかに行ってくれないかなぁ。

 「先生はご飯、いいんですかー?」

 …。

 このやり取りは何回目だろう?

 「朝食をしっかり食べているので大丈夫ですよ。…貴女はいいのですか?」

 「ダイエット中なんです。最近、二の腕の辺りがタプタプで…」

 …なんの会話なんだ。

 無意味なことこの上ない。

 「先生は最近、痩せましたよね?」

 何故分かるんだ?

 この子も楠本と同じ手合いなのだろうか…

 「先生は有名人なんですよー?頭と顔はそれなりにいいけどコミュ障だって。そんな感じしませんけどねー」

 コミュ障…?

 人間関係を上手く構築できないってことだろうけれど…

 「それなのに大学の有名人と何故か接点があるし。数学科の片桐教授に、数学科の隠れアイドルの椎名先輩、テニスサークルの王子様の桜井君…。皆、有名人です」

 …皆、そんな風に言われてるのか。

 やはり噂話と言うのは煩わしいな…

 「どうやって知り合ったんですかー?」

 女生徒は興味深そうに尋ねる。

 「椎名さんとは高校が同じなんです。研究室に誘われて、そこで片桐教授と知り合いました。桜井とは入学時にテニスサークルに誘われて…」

 インターハイで対戦していたことを覚えていたらしく、4月頃に声をかけられたのだったか…

 「桜井君直々にですか?…先生、テニスやってたんですか?」

 「昔、少しね」

 結局あれもすぐにやめてしまった。

 上達するのはそれなりに楽しかったけれど、それも今となってはどうでもいい。

 「頭もよくて人当たりも良くてスポーツもできるって万能ですねー」

 …だから持ち上げ過ぎだ。

 大概のことが出来るのは、ただ単に僕が努力しているからであって、万能に見えるのは皆が怠けているだけ。

 「…大学ではそう思われてないようですけどね」

 「そうですねー」

 女生徒が笑いながら肯定する。

 「先生はもっと他の人としっかり話さないといけませんね。…でないとずっと誤解されたままです」

 …。

 まるで人生のアドバイザーかのような口ぶりだな。



 バイトを始めて一カ月が経った。

 初日に一緒だった女性の周りは、生徒が付いたり離れたりを繰り返している。

 「だってあの人、質問すると見下したような目で見てくるんですよ?」

 生徒の一人が辟易して言う。

 「それで嫌になって…。周りに聞いたら橘先輩は分かりやすいって言うからこっちに来たんです。やっぱり変えて正解でしたよ!」

 上目遣いの生徒が声を張ってそう言った。

 「そうですか?僕には悪い噂が流れているらしいので、てっきり避けられていると思っていましたが…」

 「…数学科の誘拐事件、ですね。医学部の先輩も巻き込まれたって噂でしたけれど…。やっぱり噂通り、橘先生が?」

 僕に尋ねた生徒を他の生徒が制するように睨む。

 「そうですね。…そんなに有名な話なんですか?」

 「数学科では知らない人はいないって言ってました。医学部でもそれなりに有名ですよ?…数学科の椎名菫さんが同級生に乱暴されたんでしたっけ?」

 生徒が僕の耳に近寄り、小声で囁く。

 「されかけたってだけです。未然に防げました」

 椎名さんの名誉のために撤回はしておかなければ。

 「えっ、そうなんですか?…と言うことは先生、その現場にいたんですか?」

 やはり、そこを話さなければ噂を拭えないか…

 「はい。…どちらかと言えば僕の方が乱暴されてしまいましたかね…」

 「えっ!」

 声が聞こえていたのか、質問した生徒以外も僕の声に反応した。

 内、女生徒二人が口に手を当ててて驚いている。

 「…そんなこと、カミングアウトしてよかったんですか?」

 女生徒が心配そうな顔で僕を見る。

 「はい、報道もされていることですから…。…ナイフを大腿に刺された時は流石に死を覚悟しましたよ」

 伸びてきた髪を掻き上げて頭の傷を見せると、何人かの生徒が『うわぁ』と声を漏らした。

 「…まぁ、終わったことですし、あまり噂にはしないで欲しいですかね。僕はあまり友人がいないので噂を否定することが出来ませんので…」

 これで椎名さんの誤解も少しは晴れるだろうか…

 …まぁ、無理か。

 いい噂ってのは悪い噂よりも広がらないものだしなぁ。



 11月5日。

 今週は祝日が重なってバイトの日数が多かった。

 休日にも解放されているこの講義室には、定期的に事務員が見回りに訪れる。

 大体は学生達が勉強をしている姿を一目見て去っていくのが通例だが…

 講義室の時計を見る。

 9時40分…

 何でこんな早くから事務員が居るのだろう?

 「…橘さん」

 一礼して適当な席に腰掛けようとした所で呼び止められる。

 「…はい?」

 なんの用だ?

 「あなたにクレームが入っています。生徒を独占している、と」

 …。

 はぁ?

 「そんなつもりはありませんが…。…何処か不都合があるのですか?」

 「他の先生が手持ち無沙汰となっている様です。生徒を取られたなどと言って事務部に文句を言われても…」

 …どうやらこの人はパートナーシップ制度の担当らしい。

 制度の説明時も確かこの女性だった。

 「…子供みたいなクレームですね」

 「全くです。…ですが彼等も給料がかかっていますからそれなりに必死なのでしょう」

 …そうだな。

 このまま仕事がない状況が続けば、大学から不要とみなされて首を切られてもおかしくはない。

 そんなことはまずないだろうが、今までこの制度でやって来た人にはこの状況は面白くないだろう。

 ぽっと出の奴に『後輩を取られた』となれば、それなりにプライドも傷つく。

 「…僕から生徒に『他の先生の所に行ったほうがいい』と伝えた方がいいのでしょうか?」

 「そうですね。そうして頂けるとこちらとしても助かります。…お願いできますか?」

 それだと話が早いのですが、事務員が言う。

 …面倒だな。

 何で僕がこんなことに煩わされなければならないんだ。

 「…分かりました。それとなく伝えてみますが、僕には強制力がありません。駄目そうなら事務部で何とかしてください」

 話を強引に終わらせて、適当な席に着く。

 「…ありがとうございます」

 事務員は申し訳なさそうな顔で頭を下げた。

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