brightlyな未来に就職希望だわ
昨日の恥ずかしさが頭から離れない。
…最悪だ。
冷静に考えて、昨日の私は酔っていた。
お酒とあの場の雰囲気に…
蓮君は車だったからお酒は呑んでいない。
きっと、全てを鮮明に覚えているんだろう…
「…死にたい」
口に出してはみるけれど、とてもそんな気にはなれなかった。
昨日の会話を思い出す。
あの恥ずかしい告白から、蓮君は初めて本当の意見を言ってくれたような気がした。
そう考えると、昨日の勇気は全くの無駄ではないように思える。
…えぇ。
やってよかった。
気持ちの整理は自分だけでは出来なかったし、蓮君の想いを知ることも出来なかった。
…そう。
「やってよかった」
仲も険悪にはならなかったのだから。
あれからあの日は、食事を摂りながら沢山話した。
昔のことから夏休みのこと、警察が大学に来たことまで…
蓮君の話だと、お隣さんでそれなりに仲がよかった人が殺されてしまって、交流のある自分に疑いの目がかけられてしまったらしい。
犯人はまだ見つかっていないらしいけれど、蓮君のマンションにある監視カメラの解析が終わって、被害者の死亡推定時刻に蓮君が外出していないことが証明されたらしい。
…当たり前だ。
そもそも蓮君が人を殺すなんて無意味なことをする訳がない。
殺人なんて、日本社会ではリスクしかないのだから。
…蓮君なら、もしそんな状況になったとしても、機転を利かせることなんて容易いはず。
殺すなんてスマートじゃない方法を取るはずなんてないのだから…
階段を降りると、お母さんがテレビを見ていた。
「あら。今日は元気そうね。…昨日はそんなに楽しかったの?」
お母さんは詮索家だ。
昨日、外食をしてくると伝えてからずっとソワソワしていた。
そんなに私の外食が珍しいだろうか…
「別に…」
「菫、ずっと元気がなかったじゃない。…誘拐された時は本当に心配したのよ?」
「大丈夫って伝えたじゃない」
「親は子供が心配なものなの。仕方ないじゃない。煙たがらないでよ」
…別にそんなつもりはない。
ただお母さんが過干渉なだけだと思うけれど…
「…菫は昔から口数が少ないから、構ってしまうの。それが嫌なら自分のことを話してよ」
お母さんが隣のソファを叩き、私に座るように促す。
…。
誘われるようにお母さんの斜め前に座った。
「…少し、緊張しちゃうわ」
「はぁ…」
もういい年だと言うのにまるで少女のように振る舞うお母さんに溜息が出た。
「…お母さん」
「何?」
私を見つめる。
「…私、大学教員になることにしたから」
私の言葉をお母さんは予期していたようで、ほとんど驚きもしなかった。
「…数学者になるの?」
「えぇ。ゆくゆくは」
大学院に進んで、博士号を取得して…
教授の推薦も貰ったし、入試試験も問題なかった。
僅かだけれど、給料も出る。
…だから。
「私、三月にはこの家を出るわ」
そう告げるとお母さんは優しく笑った。
「…やっぱり、菫のことは分からないわね」
目を合わせて二人で笑う。
それからお母さんはいつも通り、好き勝手に自分のペースで話を続けた。