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Double bind  作者: 佐々木研
物語も半ばを過ぎて
102/148

夢の見過ぎで悪くなった

 延期されていた期末テストや補講が全て滞りなく終わった。

 テストは全てクリアしたが、それなりに成績が下がったことに呆れる。

 …。

 こんなことで、か…

 来週から新学期が始まり、また学業が忙しくなる。

 …でも。

 懸念点はなくなった。

 あの食わせ物の刑事達もあれから一度訪ねてきただけで何もなかった。

 …どうやら僕は捜査対象から外れたようだ。

 やはり、楠本の父親に向けて送った手紙が抑止力になったようだ。

 楠本とのドライブ中に携帯で音声を録音した甲斐があったな…

 あとは犯行に使った履物にタオル、変装道具等の証拠をどう処理するか、だ。

 …。

 「なぎ。どこか旅行にでも行かない?夏休みらしくさ」

 遠出のついでになぎを誘う。

 「嫌よ。久々に家に帰って来たんだからゆっくりしたいわ」

 なぎは買ってあげたスマートフォンをいじりながら提案を断った。

 …どうするか。

 確かに、処理するなら僕一人の方が楽だけれど…

 …。

 なぎを見る。

 彼女をここに置いて行って困ることがあるだろうか?

 少し前なら鍵もないこの家に置き去りにするなんて考えもしなかったが、今ではそれが当たり前になりつつある。

 誘拐犯が被害者に家を頼むなんてどうかしているな…

 …はぁ。

 賭けるか。

 「…じゃあ、僕は明後日まで外出してくるけど、家のこと任せていい?」

 なぎに向かって言う。

 「分かったわ。なら私は金目の物をくすねて高跳びしておくから」

 …。

 「それは困るなぁ。…家にロープってあったかな?」

 ビニール紐ならあったと思うけれど。

 「冗談よ!本気にしないでよね…」

 なぎが立ち上がり部屋の隅に逃げ込んでいった。

 …。

 「そんなことしないよ」

 半目で僕を睨み続けている。

 「…信用できないわ」

 前科がある人間なんてね、と吐き捨てるようにそう言った。



 真夜中の国道はやや不気味な雰囲気が漂っていた。

 …この道を通るのは何回目だろう?

 被災地に向かった時、格子を捨てに行った時、人を殺した時…

 気付けばこの道は犯罪を行う前のお決まりの通学路になっていた。

 …。

 楠本菊花の遺体を捨てた場所は、数日が経った今でも立ち入り禁止となっていた。

 パトカーが何台も止まっていて、何人もの警察が慌ただしく捜査をしている。

 …僕に繋がる証拠は全て処分したはず。

 後は後ろにあるものを捨てればいいだけ…

 なぎを狙う者もいなければ時間制限があるわけでもない。

 …。

 気楽なものだ。

 アクセルを踏む。



 半年ぶりに見る被災地は、当時と比べ、さほど復興していないように見えた。

 まぁ、これだけのゴミが湧いて出てくれば置き場所にも困るだろうが、それにしても悠長だな。

 …まぁ、今はそれが幸いしている訳だが。

 ひと気を避けながら、証拠品を散りばめて捨てる。

 楠本の着ていた衣服は、そのメーカーを調べ、店舗が建っていた跡地の近くに捨てた。

 辺りは元々商品だったと思われる衣類が散乱している。

 …ここでいいだろう。

 変装に使った道具も同様、そこにあっても不思議に思われないような所に捨てた。

 これで僕は晴れて自由の身。

 煩わしい存在は全て消えた。

 警察も、楠本菊花も、楓さんも…

 顔面のない死体を思い出す、

 …そうだ。

 そう思おう。

 きっとその内忘れるだろう。

 …。

 …。

 帰ろう。



 「…橘君は、さ。私のこと好きだった?」

 「別に」

 「先輩ちゃんやなぎちゃんは?」

 「…多分、それも違うと思う」

 「…もしかしてあの看護婦さんのことが?」

 「それはない」

 「…そっか」

 「…」

 「私のこと、鬱陶しく思ってた?」

 「…少しだけ。でも、感謝もしていたんだ」

 「私が死んで、悲しんでくれた?」

 「分からない。…でも、あんな殺され方をされていい人ではないとは思っている」

 「そう?…なら嬉しい、かな?」

 「「…」」

 「…控え目なのか強欲なのか、分からない人でしたね」

 「敬語は止めて。…前に言ったでしょ?」

 「…あぁ。そうだったな」

 「「…」」

 「ごめんね」

 「…何が?」

 「手を汚させて」

 「…降りかかった火の粉を払っただけですよ。楓さんは関係ありません」

 「嘘はやめて」

 「…」

 「ここには君しかいないの」

 「…分からない。でも、これが最善だと思ったんだ」

 「そんなことない。もう少し考えればもっといい案が浮かんだはずだよ?」

 「…そうかな?」

 「きっと冷静じゃなかったの」

 「…そうかもしれない」

 「…だから、ありがとうってこと」

 「…」

 「それと、ごめんね」

 「…」



 「…何泣いてるのよ」

 滲んだ風景には人影があった。

 目を擦る。

 「…おはよう」

 目の前にはなぎがいた。

 彼女は心配そうな表情で僕を見る。

 「嫌な夢でも見たの?…子供みたいね」

 …確かに。

 「そうだね」

 …あんな夢を見るなんてどうかしている。

 「…アンタ、本当に大丈夫?息も荒いし、汗も凄いわよ?」

 なぎが僕の頭に手を当て熱を計る。

 「大丈夫だよ」

 その手をのける。

 「風邪ならうつるかもしれない。触らない方がいいよ」

 なぎが小さな舌打ちが聞こえた。

 「損したわ。永遠に寝ていれば?」

 せっかく心配してあげたのに、と続ける。

 …『心配』か。

 「ただの運転疲れさ。…泣きたいくらい走ったからかもね」

 「馬鹿じゃないの…」

 溜息をついたなぎが、また舌打ちをうってそう言った。

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