花の名
彼女は思いのほか冷静だった。
かと言って僕の夢に賛同しているわけではなさそう。
…それは仕方ないことだ。
後々、理解してもらうことにしよう。
かれこれ沈黙のまま2時間以上走っていたが、彼女は話す気になってくれたらしい。
僕からも、いろいろ話しかけてもいいころ合いだろう。
「そういえば君、何て名前なの?」
「最悪」と叫んだきり黙り込んでいた彼女に問いかける。
「…言いたくない。好きに呼んだら?」
不貞腐れてしまっているらしい。
「呼び名がないと不便だと思うんだけどなぁ。…なんて呼んで欲しい?」
「呼んで欲しくないわ」
…荒んでる。
どう返そうか悩んでいると、僕とミラー越しで目があった。
「…何でもいいわ」
つめたいなぁ。
「万が一見つかってもいいように苗字は『橘』でいいか。従妹とも兄妹とも言えるし。将来外出できるかもしれないし、ね。あとは名前だね。えーっと…」
それなら僕の名前に似ている方がいいか。
響きがいい方がいいだろう。
…よし。
「橘なぎってのはどうかな?」
「…なんで?」
「柳って古来から美しいもののたとえに用いられるんだ。でも柳って苗字っぽい。だからなぎ。凪のように静かで冷静だしね。それに君は控えめに言っても美人だ」
彼女は黙ってしまった。
お気に召さなかったかな?
「…好きにしたら?」
お許しが出たらしい。
本当は本名が知りたいんだけどなぁ。
名乗ってくれた時はそちらで呼ぼう。
「なぎはいくつなの?」
「答えたくない。…何?あんたロリコンなの?賞味期限でもあるんだ?」
やさぐれてるなぁ。
「いや、どちらかというとお姉さん好きだ」
「じゃあお眼鏡にかないそうもないわね」
敵対心むき出しだ。
でも年齢はおおよその見立て通り十代中盤から後半ってところだろう。
「そんなに邪険にしなくてもいいじゃないか」
「この状況で配慮できる余裕があると思う?」
反論の余地がない。
「気持ちは重々理解しているけど、何も今すぐどうこうしようってわけじゃないよ。君を処理するには惜しい存在だ。話していても苦にならないし、とても聡明だ。何より容姿が整っている。これだけは信じていい」
「…どうだか」
彼女はまた黙り込んでしまったようだ。
しかし、悪い気はしていないようだ。
バックミラーから見える彼女の耳が、ほんの少しだけ赤みがかっていた。
…。
「次に休めるところが見つかったら少し休もうか」