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SR満州戦記3  作者: 異不丸
第二章 昭和二一年
21/31

八 東京


占領下日本、東京都麹町区、首相官邸


 閣議が終わり、和田農相は閣僚控室に戻った。ふぅと深い息をついて着席し、煙草に火を点ける。初めての閣議ということで緊張していたのはたしかだが、それよりも議題の内容に衝撃を受けた。宇垣内閣は上手くやって来た。GHQの出方を読んで先手を打ち、交渉で妥協を引き出す。向こうの面子と名文が立つように譲歩して、決裂を避ける。そうやって戦犯指名という強硬手段を未発に封じ、内閣の瓦解を回避して来た。そう思っていたが、和田の僻目が過ぎたかもしれない。

 和田博雄は大正一四年に東大法学部を卒業して農林省に入省した。農政課長の時に新設された企画院に出向して、企画院事件に巻き込まれる。内閣交代に影響されない戦略的政策を立案する目的の企画院だったが、実は、現役閣僚を輩出したい陸海軍とそれを防ぎたい省庁の確執が背景にあり、また右翼と革新官僚の対決の場であった。和田は昭和一六年に検挙されたが、一年後に保釈、昨年には無罪判決が下りて農林省に復職した。

 前任の大臣、松村謙三は農林省の積年の悲願であった農地改革をやり遂げた。GHQの担当部署である天然資源局には根回し済みだった。しかし今年になって、新任のラデジンスキー博士に『民主化の実効性』に疑義があるとやり直しを命じられる。松村は真っ向から反論し、ついに博士を論破したが、その直後に公職追放の指定を受けた。翼賛政治会の総務・政調会長であった松村謙三は戦争を指導した軍国主義者だという。戦犯指名は終了したと安心していた内閣は驚愕した。GHQは次の非常手段を準備していたのだ。


 松村の後任は石黒忠篤元農相が有力だった。日独伊三国同盟に最後まで反対した硬骨漢だ。一方で、満蒙開拓移民の強力な推進者でもあり、公職追放を発動される可能性は高い。農林省の最優先課題は食糧増産と農地再改革の二つだが、国内の説得もGHQとの折衝も難問だ。何より石黒から二度と国政の要職には就かないと固辞される。石黒に次いで省内の人気があるのは農政局長の和田博雄で、アカとして収監されていたから公職追放はまずない。

 和田は松村の辞職に責任を感じていた。昨年の農地改革が不徹底でラデジンスキーに付け入る隙を与えた一因は和田自身にある。改革の焦点は在村地主がどれだけ農地を保有できるかで、松村大臣は一町五反を上限と主張する。それを小規模経営では自作農でも窮乏すると和田が説得して三町とした。さらに、閣議と国会で五町まで拡大される。不在地主の農地はすべて放出されたが、五町以上も所有する在村地主は滅多におらず、不徹底は事実だ。

 和田が四三歳の若さで大臣を引き受けるにあたっては、松村や石黒の鼓舞激励があった。督励に来た石黒は、初心を貫けと吹っかけて来た。農林省には自由な議論を行う伝統があって、係長も課長も局長もなく対等に議論し合う。徹底した論争の末に省内が一致して事に当たるのだ。和田にはもちろん三町の必然があった。食糧増産を成就するためには農家の意欲と共に、耕作の効率が欠かせない。最後に宇垣首相との会見があって、和田は農林大臣となった。



「初めての閣議でお疲れですな。相変わらず山積する懸案は難問ばかりだ」

 そう言って、隣の席にどうっと座ったのは、煙草を斜に咥えた内務大臣の堀切善次郎だった。

「はい、正直言って、想像以上です」

「うん。新しい酒は新しい皮袋に盛れというが、さて、新しい酒はどこにあるやら」

 和田が絶句すると、内相はにこりと笑った。

「ま、いただく酒に文句は言えない。行きましょうか」

 立ち上がった堀切に続いて和田も首相公邸への通路に向かう。閣議の後は公邸で慰労会があると、引き継ぎで聞いた。



 公邸の洋間は居残った閣僚ばかりではなかった。宇垣内閣のブレインである竹垣機関の者らしいが、二十になったかどうかも怪しい少女もいる。和田がちらちらと見ていると、隣に座った堀切が囁く。

「内閣が先手を打てるのは彼らのおかげです。彼女、赤間加津子さんは内務省解体を予言なさった。今、まさに、うちは解体されようとしている」

「えっ」

 驚く和田にかまわず、堀切は赤間の方に手を振る。しかし、赤間は岩田法相との話に夢中で、気付かないようだ。首相は遅れるらしく、各自銘銘で飲み始める。

「どうです。なかなかの美人でしょう」

 今度は聞こえたらしく、赤間はこちらを向いて手を振った。

「は」

 堀切は和田に向いておだやかに言う。

「GHQは地方自治を徹底したいらしい。そのために内務省は解体されるのです」

「え」

 内務省は官庁の中の官庁で、設立当初は大蔵・司法・文部以外の内政と民政全般に亘る絶大な権限を持っていた。その後、農商務・鉄道逓信・厚生省が分離独立したが、いまだに神社・地方・警保・土木・社会の各局を持つ。都道府県へ知事を任命・派遣し、地方財政を監督することで、地方行政を直接支配していた。各省の地方出張所もこれを免れず、そうして、他省への影響力を保持していた。

「わたしは知事公選には賛成だし、地方予算もあずけるべきだと思っている。前任の山崎君もそうだ」

「えっ、そうなんですか」

 堀切は内務省の官吏だったが、早いうちに政治家に出て、公選での東京市長も務めたからわかる。しかし、山崎巌は内務次官まで勤め上げた生え抜きだ。その山崎が賛成ということは、省内の理解は得られている。和田は竹垣機関の影響力を思い知った。

「しかし、地方局を外すとなると」

「そう、土木局や社会局もいずれは」


 和田は愕然とした。堀切はひどく悲観しているようだ。内務省の危機感は尋常ではない。農林省の場合はどうだろうかと和田は考え始めて、気付いた。違う、GHQは行政の混乱を狙っている。デモや労働争議で世相は荒れているが、暴動までには至らない。内務省を解体するのはそこではないのか。これは政府内閣全体で対処すべき問題だ。

「そこでお聞きしたい」

「はい、どうぞ」

 堀切は眉を顰めて続ける。

「再改革の肝要は国が一括して買上げるところですな」

「そのとおりです。GHQの指令には従うしかない」

「しかし、農相は農家へ分譲する前に区画整理したいのでしょう」

 和田は驚いた。堀切の指摘は正鵠を得ている。地主から買い上げる農地は細かく区切られ遠近に散らばっていたから、一町、二町の合計には意味がない。まとまった田圃でないと牛馬は入れられないし、といって真四角でもだめだ。用水路に沿うような区画でないと一軒では管理できない。治水を管轄しているのは内務省の土木局と地方局だ。

「第二次農地改革にあたって農林省は内務省各局の全面的な協力を仰ぎたいと考えています。内相にはよろしくお願いします」

 しかし、堀切は自分のコップに右手で蓋をして、和田の酌を受けない。

「まだです。農相は山林も買収したいとお考えだ」

 和田は舌を巻いた。山林は水源で、燃料と肥料の供給源でもある。後背地として農業に欠かせない。そうだ。企画院では縦割りを無視し既存官庁を横断する政策を立案した。宇垣首相は『土地を自由にしたくないか』と言って和田を誘った。解体すべきは内務省だけではない。

「国土計画庁、あるいは国土省ではいかがでしょうか」

 和田はにこやかに言った。

「最初は内閣直轄、占領が終われば省に昇格ですな」

 堀切は笑って答え、右手の蓋を外す。二人は乾杯した。



 それから和田と堀切の間で酒と話が好調に進む。

「なるほど、生業でなく産業としての農業を考えているのですね」

「はい、再生産できなければ産業として成立しない。農家だけでは限界があります」

「組合ではいけませんか」

「地主同士ならうまくいくかもしれませんが、零細農家は大規模経営を思考できない。組合幹部が太るだけでしょう」

「その地主も次の改革でいなくなると。さて、農地委員会の課題は大きい」

 和田は注がれた酒をぐいと飲み干す。農地委員会は昭和一三年の農地調整法で設置されたもので、地主と小作の間を調整してきた。今次の農地改革でも、買収・分譲の対象となる土地の指定と割り振り、分譲先の農家の指定を実地に行う。つまり、農地改革の成否は農地委員の選考にかかっていた。

「どうです。農地委員から地主を除いては」

「それは理想ですが、小作農だけでは視野が狭すぎる」

「そういう小作農は外しましょう」

「え。すると誰が。あ、国ですか」

「そうです。国が買収した農地や山林を分譲するのですから、国の自由にしてかまわんでしょう」

 和田は深く頷く。GHQの強制とはいえ、農林省が計画・立法して改革するのだ。最後の段階まで農林省が責任を持つべきだ。

「失念していました。内相、感謝します」

 堀切に向いて深く頭を下げる和田の姿は、部屋中の注目を集めた。目を見開く赤間に向かって堀切は手を上げ、指で丸を作って見せる。赤間はにっこり微笑んだ。


「和田農相、さ。コップを持ってください」

 和田は注がれた酒をごくごくと飲み干す。

「小作農の行く末は内務省の課題でもあるのです」

「と言われますと」

「都市では日雇い、農村では小作がアカたちの温床なのです」

「そ、そうでしたね」

「農地委員会は市町村単位で設置するから、農林省の職員だけでは足りないでしょう」

「はい。事務官は役に立ちません。技官は都道府県の農地委員会に配置するのがやっとです」

「専門家は速成できない。番屋を使ってはどうです」

「ば、番屋ですか」

 警官の増員をGHQに拒絶された内務省が窮余の策として動員した的屋は、都市部の暴力団一掃、占領軍に提供する土地の強制収用、復興整理事業の強制執行で活躍する。その実力と機動性に着目した竹垣機関がフロントとして再組織したのが番屋だ。失業者や傷痍軍人の一時収容で成員は膨らみ、その就職斡旋や帰村のために地方にも事務所を置いている。そう聞いていた。

「各地の番屋は方面委員が兼ねていることが多い」

「方面委員とは名のある篤志家でしたね」

「志だけでは救済はできない。つまり、資産家や地主なのです」

「あ、かぶるのですね」

 就職や帰村、それに伴う住居の確保には保証人が必要であり、番屋は身元保証も引き受ける。万一の賠償や補償のためにも金満家や資産家でないとできなかった。

「うまくやりますよ、きっと」

「そうですね」

「さあ、首相に新しい酒を報告しましょう」






東京都麹町区、有楽町、連合国軍最高司令官総司令部


 アイオイ少佐は参謀第2部長のウィロビー少将の執務机の前に座った。部長の顔色は決してよくない。さきほど終わった参謀・幕僚部会議の首尾か。

「民間諜報局に異動ですか」

「うん。公安課で課長の補佐にあたってくれ」

「では、カナダ政府から許諾が得られましたか」

「まだだが、その時は近い。短慮は慎んでくれよ」

 アイオイは承知した。今まで対敵諜報部で戦犯指名を担当してきたが、極東国際軍事裁判所はすでに開廷し、検察側立証が進んでいるから追加指名はない。異動先の民間諜報局は検閲の他に公職追放も担当している。期せずしてカナダ人の後を追うことになるが、もちろんウィロビーの策略だ。

「今日の会議で民政局長がパージを拡大するように提議した。民間情報教育局や経済科学局も賛成したが、第2部と民間諜報局、それに第3部が反対した。参謀長は決論を出さなかった。しかし、終わりではない」

「今頃、民政局長は参謀長の部屋でしょう」

 アイオイの言葉にウィロビーは顔を顰めた。前任のサザランド参謀長が解任されたのは、民政局長のホイットニー准将の告げ口によるものだともっぱらだ。新任のミューラー中将は懐柔される。すなわち、公職追放は大規模となる。

「前回は危うかった。今回も頼むよ。腹案はあるかね」

 今聞いた話に腹案を出せとは短気もいいところだが、部長はそういう性格であり、アイオイは部下だ。何か気休めをいうしかない。

「民政局と違って民間諜報局の通訳翻訳と文書管理はうちのNISEIで抑えています。だが、向こうも無策ではない。囮が必要ですね」

「いいだろう。治安と防諜に悪影響が出なければ、誰がパージされようとされまいとかまわん」

「了解しました。一つ質問があります」

 ウィロビーは肩を揺すって両手を広げる。

「経済科学局が向こうに付くのは奇異です。ひょっとして」

 アイオイが思ったとおり、ウィロビーは食いついてきた。

「経済界はまずい。ワシントンに電報を打つべきか、さて」

 見上げるウィロビーに、アイオイは立ち上がって壁の地図を指さす。

「そうか、満州にいるんだな、今」


 自室に戻ったアイオイ少佐は、煙草を点けて考える。着任してすぐ、対敵諜報部が危殆に瀕していることを確信した。ウィロビーは半信半疑だったが、ソープ部長の利敵行為が判明すると話は違ってくる。ゾルゲ事件の証人であるソ連大使館員の逃亡幇助は二重に許せない。太平洋陸軍総司令部から対敵諜報部長を務めてきたソープ准将のキャリアは、その上司であるウィロビーと重なり、つまりマッカーサーもだ。ソープは解任され帰国し、対敵諜報部内では大規模な人事異動があった。アイオイはソープの変節について1つの仮説を提示した。外交に絡むもので、ウイロビーの預かりとなっている。

 アイオイが着任したのはホイットニーが民政局長に着任した一週間後で、その時はまだ参謀各部と幕僚各局は並立状態だった。今、ホイットニー准将と民政局の権勢は盛んである。それは、日本の非軍国化と民主化は民政局が主導していると本国に伝わっているからだ。マッカーサー大将は大統領選出馬を目指しており、派手な占領政策は大歓迎だ。少々なら強硬手段の方が人気が出るから、ホイットニーは手加減も斟酌もしない。情報を担当するウィロビーはそういう政治に興味はないが、治安悪化と生活困窮は社会主義思想の蔓延と赤化に繋がる。度を過ぎた日本政府の弱体化は敵と見做すソ連に利するだけだ。そういう信念を持っていた。だから、ウィロビーとホイットニーの意見は対立するし、参謀第2部と民政局の間でも対抗意識は高い。GHQの参謀各部と幕僚各局も二派に別れるようになった。

 アイオイはウィロビー部長の信念に忠実だった。戦犯指名では容疑者選定を厳格化し、現職閣僚にある者は最後に回した。政府内閣への影響を最小にするためだ。中華民国が指名拡大に消極的だったから、類型A項での逮捕者は五十名足らずだった。それが適切な数かどうかは知らないが、民政局は猛烈に反発した。戦犯指名でできなかった分を公職追放で巻き返そうと民政局は図るだろう。警察や都道府県幹部まで広がると治安や行政現場への影響は大きい。範囲は広く地方もある。さて。アイオイは煙草を消し、私物を鞄に詰める。すぐに終わった。






東京都四谷区、宇垣私邸


 その夜、四谷区内藤町の自邸に戻った宇垣は書斎に直行した。ブランディを注ぎ、葉巻を点ける。天井に向かって煙を吹かしていると、ノックの音がした。

「お祖父さま、加津子です」

「入りなさい」

 加津子は東部軍女子通信隊の制服に着替えていた。ダブルの上着の左胸には荒鷲、右腕には大和撫子の徽章、そしてキュロットスカート。手に持った盆にはティーポットと魔法瓶が載っている。

「ここで飲むのか」

「はい」

 テーブルの上に紅茶椀とグラスを並べると、向いの正面に座る。

「お祖父さまは独り言を言ってください。加津子が聞きます」

 宇垣は破顔した。それもいいだろう。角砂糖をひとつ入れる。さて、何から話そうか。

「英国の労働党は社会保障制度を充実させるそうだ。国民への勝利の報酬だな」

「ゆりかごから墓場まで。無料医療と生活保障です」

「日本は負けたが、最後まで戦争遂行に協力した国民は何かしら報われるべきだと思った。北支事変以来、八割九割を占めた戦費が無くなるのだから、それは可能だと思った。国民は慰労されるべきだ」

 しばらく沈黙が続いた。

「畏れながら、陛下はしっかりあらせられます。全国を行幸され、国民を慰労、また激励されておられます。御自ら」

 ゆっくり言うと、加津子は両手で紅茶を飲んだ。

「そう、わしにはわしの務めがある。それは表に出ることではない。敗戦国の宰相らしく、怨嗟の的を振舞ってみせよう」

 加津子が顔を上げてグラスに口をつけた。そうか。

「一回きりだ。恨み辛みでは生きられないし、そんな情けない日本人は嫌だ。前を、上を見るような国民になってもらう。希望と夢だ」

 加津子はぐっとグラスを呷った。

「愚痴は聞く。不平不満は晴らせるようにしないといけない。何が一番だ」

「自分が不幸である時、他人に寛容にはなれない。恵まれることは咎ではないが、それを許せない感情がある。妬みは非情を生み、非行や非道へと亢進する」

 表情は変えずに、だが早口に加津子は言った。宇垣は唇を引き締め、ぐっと顎を引いた。



挿絵(By みてみん)



 加津子が洋間に入ると、小畑が待っていた。閣議後の宇垣の様子がおかしかったから、私邸まで押しかけて来たのだ。

「どうですか、首相は」

「ただの気鬱です。まもなく顔を出されます」

「そうか、無理もない」

 小畑には心当たりがあった。今日の閣議では来年度予算の概算が提出された。また、戦費特別会計を過去十年度に割り振った歳出試算も配布された。内容は深刻だ。

 奥のテーブルでは財政班の検討会が始まっていた。赤間と小畑も向かう。彩色した図表が拡げられている。日中が開戦した昭和一二年の国家予算は二十七億円で昨年が二百十五億円と十年間で十倍に膨らんでいた。これだけでも異常事態であるが、実際にはこれに戦費特別会計が加わる。

「よく続いたものだ。この上に対米戦を三年以上だぞ」

「賀屋さんの財政がそれだけ優秀だったのだ」

 通常、国家予算が増加すると、それだけでインフレーションが起きる。物価統制と配給が整備されてあってもインフレ圧力は相当に大きい。終戦時の物価指数は戦前の2倍に満たず、統制経済の効果を知ることができる。問題はこれからだ。

「これを見ろ。目が眩む」

 それは国家予算額に戦費特別会計を加えた歳出総額のグラフだった。特別会計は事業開始から終了までを一期とし、途中経過は公表されない。昨年の終戦で戦費特別会計が閉められ決算された。それを年度別に按配した歳出額は、昭和一二年が五十六億円、昨年は七百六十一億円。

「毎年、国家予算額以上を戦費に注ぎ込んでいた訳だ」

「これを税金と国債で賄ったのか」

 満州事変やドイツの中欧併合と違って、日本が進出占領した地域にはめぼしい重工業はない。年々増加する戦費は国民が負担した。それは対米戦の前後でおよそ四倍だった。

「なんてこと。五十万の占領軍がこんなに使っているなんて」

 赤間が今年度の終戦処理費、つまり米軍の経費を指さした。三百七十九億円は歳出の三分の一にあたる。

「四百万人もいた陸海軍の戦費と同じだなんておかしいわ」

「赤間さん、来年度はもっとひどい」

 来年、二十二年度の概算要求は今年度の倍だった。

「まあ。米軍は増派しようというの」



 宇垣首相が部屋に入って来た。顔色はいい。部屋の中央に立つと全員を見渡す。

「みな、聞いてくれ。福祉政策を決めた。国民に報いたい」

 部屋の中が静まり、全員が注目する。

「産婆から坊さんだ」






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