第三話 一つ目の七不思議
肝試しを再開した彼ら十二人は、西泉中学校の七不思議の一つである『保健室のベッド』を解明する事になった。
謎を解明するために、一斉に行くと幽霊が怯えるかもしれないという理由でジャンケンで勝った三人で保健室に入ることになった。
幸いにも南京錠の鍵が開いており、難なく入ることができた。
「まさか南京錠が開いているとは思わなかったな…。」
保健室に入ることになったうちの一人風岡だ。
他のメンバーは、それぞれ南と河内だ。
南と風岡は楽しみな様子だが、河内は今にも泣き出しそうな顔になっている。
「そーんな怖がらなくたっていいって。実際、私以外のあなた達は少し見張っていればいいんだし。」
南が風岡をなんとか励まそうとするが、やはり怖いのか恐怖の色が消えない。
いつまでグズグズしていても仕方がないため強制的に河内を保健室に引き入れた。
まず始める前に南と風岡と河内は『保健室のベッド』のやり方を確認した。
『保健室のベッド』のやり方はこうだ。
まずは保健室の電気の蛍光灯を全て点ける。
次に一人が保健室のベッドの上に仰向けで寝転がり目を瞑る。
今回は南がベッドに寝る人である。
そして「助けて、助けて、体の何処かが痛いよー」とはっきりと天井に向かって言う。
すると一斉に部屋の電気が消えて人型の何かがベッドに這い寄る。
触れる感触はあるかどうかは分からないのだが、必ず最後に何かを言い残す。
その言葉が聞こえたら電気が光を取り戻す。
傍観者が居れば手を一度だけ叩いて合図を出す。
手の叩く音が聞こえれば寝ている人は目を開けてよい。
目を開けると何故か自分のお腹の上に自分に合った薬が置かれる。
お腹が痛かったら胃腸薬、風邪気味だと風邪薬、頭が痛いと頭痛薬が置かれる。
市販で売ってある普通の薬であるため特に飲んでも害はないのだ。
これが一連の流れだ。
今まで死人は出てこなかったものの、過去に何かの手順を間違えたか抜けてしまったため、命に関わりそうになった事態が発生した。
まさに命懸けだ。
「南、お前最後に確認だけど本当にやるのか?」
「風岡何言ってんの、もちろんやるわよ。こんな機会ってそんなにこないでしょ?」
「そうだけどさ…間違えたら死ぬわけじゃんか。遺言なら今聞くけど。」
「『みんなごめんね、先に逝っちゃったよ。』が遺言よ。死んだら伝えといて。」
その言葉を最後に伝え、ベッドへ向かって行った。
南の心には一切の迷いや恐怖心がなかった。
楽しみ。
純粋にその気持ちが顔に溢れ出ていた。
「…折角のチャンスなのに幽霊見れないとか嫌でしょうよ。」
ニヤニヤとしていた。
どこまでも純粋な感情を表しながら。
ベッドに歩いて行ったのを確認すると風岡はまず電気を点けた。
近隣の住民にバレないようにカーテンを使って夜の街を遮った。
南は深呼吸をするとベッドに仰向けで寝た。
頭の中でセリフを頭で唱え続けた。
そして息を吸いこんだ。
「助けて、助けて、体の何処かが痛いよー」
廊下にもその声は響いた。
聞こえてから一瞬のうちに電気が消えた。
すると、人のような影が南に忍び寄っている。
黒々しく、禍々しく、妖怪といえば妖怪に近いような存在感を放っていた。
ゆっくり、ゆっくりと音を立てずに確実に忍び寄る。
まるで気体だけで出来ていそうだ。
体の輪郭ははっきりしていないが頭部と指先だけは他よりはっきりしていた。
浮世離れしていて言葉にまとめる事が出来ないが、言えるとすれば幻想的というか言葉が合っている。
謎の人型の影は南の体の周りを回り始めた。
三周周り終えると南の額に指先を突きつけた。
数秒間突きつけると何かを呟いた。
「…………ご苦労で……った。」
最後の言葉が聞こえた瞬間に部屋に光が戻った。
戻った瞬間に影は光に溶け込むように消え去っていた。
河内は手を叩くことを忘れかけていたが、消え去っと後にすぐに思い出し手を一度だけ叩いた。
その音が聞こえた瞬間に南の目が覚めた。
自分のお腹を見ると市販の頭痛薬が置いてあった。
どうやら南は頭が痛かったらしい。
「み、南、大丈夫か!」
風岡が南の方へ駆け出した。
南の顔を見ると健康そうで何事も無かったかのような顔をしていた。
「うん、全然大丈夫だよ。それよりさ、どうだったのその幽霊って!」
「あー、なんか言葉に言い表せないくらい浮世離れしてたってことは言えるけど…何だろうなぁ。河内、どう行ったらいい?」
河内に聞いてみた。
河内は気を失う寸前になっていて顔がボーッとしている。
「か、河内ー!大丈夫かお前!弱すぎんだろ!」
笑い声が保健室に響く。
河内も気を取り戻して笑みをこぼした。
みんなが無事で良かった。
風岡はそれが嬉しくて笑った。
中々出来ない体験が出来て良かった。
南はそれが嬉しくて笑った。
何事も起きなくて良かった。
河内はそれが嬉しくて笑った。
思いは違えど笑い声が一つの塊となって響く。
「…。」
その様子を廊下で待っている人とも保健室内にいる人とも違う所で見ている人がいた。
つまり、肝試しに参加していない人だ。
「…。」
無言を貫き通し笑いあっている様子を見ていた。
__…私はあの中には入れないや。
内心で呟くとその場から去って行った。
少しばかり足音を立ててしまったので廊下に待機しているメンバーの数人が気付いた。
「んん?何か足音聞こえなかった?」
「そう?気のせいじゃない?」
何もなかったかのようにしたが、何か聞こえたのは事実だ。
園歌もその音が聞こえていた。
かなり気になったがまずは『保健室のベッド』の成果を確認しないといけないので何も無かったことにした。
時刻は十一時十分を回っていた。
上弦の月は妖しく光り西泉中学校を僅かに光照らしていた。
蠢くその影はその景色を眺めていた。
「……お月様はいつも綺麗だね。」
そっと語りかけるように呟いた。