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祈りの花が開くとき  作者: こむらさき
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軒下の妖精

私が彼に出会ったのは、花屋を営んでいた夫が事故でなくなってしばらくしてからだった。


初めて、店の軒下で見かけた彼の姿は今でもはっきりと覚えている。

とても綺麗な夕焼けが一面を真っ赤に照らしていた。

その中でまるで梅雨の時期の湿気をすべて集めたんじゃないかというくらいジメジメとした悲しくて陰気な空気に身を包んでいた異形の存在が彼だった。


暗くて陰気な空気を身に纏っている長い手足の細身の身体、そして、それには相応しくない素焼きの大きな植木鉢の頭の異形な存在。

 明らかに人間ではない異質で異常な様相のはずなのに、私の目には夕焼けに負けないくらい美しくて魅力的な存在に思えた。

私にも、一目で植木鉢頭のソレが人間ではない存在だとわかったけれど、自分でも把握できない何かよくわからない衝動が、私を突き動かしていた。


「こんにちは、素敵な植木鉢頭さん」


植木鉢頭の彼を放っておいてはいけない気がして、なんでもいいからと続けた言葉がこれだった。


「頭に飾るお花でもおさがしですか?」


彼は、私の問いかけに対して冷水を浴びせられた人のように体を強張らせ声のほうを振り返った。

そんな彼を見て、「なんて馬鹿なことを言ってしまったの…彼の頭が植木鉢だからって安直過ぎるし失礼なことを言ってしまった」という焦りと同時に「お隣さんは人間に見られることを嫌うからね」という小さなころに聞いた母の言葉を思い出したのだった。


怒って消えてしまうのではないかと思った私の心配を余所に、素焼きの植木鉢頭の彼は、悲しみに満ちた声で会話を投げ返してくれた。


「残念ながら私の頭に花は咲かないんだ…」


冗談ととっていいのか、本当に悲しいのかわからないくらい力なのない答えだった。


何かもっと話さなきゃ!そう思ったのもつかの間、家の奥から大きな声が響いた。


「ちょっと、アン!店の片付けをしてくれてるところわるいんだけど来ておくれ!鍋が吹き零れてるよ」


そういえば夕食の支度の途中だった。足が悪く台所仕事がままならない夫の母が、手助けを求めて私を呼んでいる。

夫を亡くし、家族も流行り病で失ってしまい帰る家も無い上に子供も残せなかった私を家に置いてくれている優しい人だ。

だけどタイミングが悪い…。

なんとか彼ともっと話したい…そう思った私は考えるより先に口が動いていた。


「ごめんなさい。私、母に呼ばれているので行かなきゃならないの。素敵なお隣さん、私またあなたに会いたいの。またここに来てくれたらうれしいな」


そう声をかけて私は急いで夫の母の元へ急いだ。

悲しそうな声の植木鉢頭の彼と話してみたかったけど、せっかくの夕食を台無しにするわけにはいかない。


すらっとした身体、それに不釣合いな素焼きの植木鉢が頭になっているという不思議なお隣さん(ようせい)が、明日も軒下にいてくれることを願いながら、私は一日の仕事を終えるといつもより早めの眠りに就いた。

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