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傷は抱えたままでいい  作者: ×丸
第1章 黄昏に染まる保健室で
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第7話「チサとルイ②」

扉を開けると、そこには白衣を着た女性が一人椅子に腰かけていた。

落ち着いた風貌、長い茶色がかった黒髪は先がふんわりとカールしていて、先生というよりは少し年の離れたお姉さんのよう。

でも私たちに優しく向けられた柔らかなその表情は、一目で包容力の高さを感じさせた。


なるほど、男女ともに人気がある理由も分かる。

里穂と有希はすでに「やっほー織ちゃん」などと親しげに歩み寄っていた。


「こらこら、怪我人がいるんでしょ?」

「うん、ほらチサ! 指見せてー」


人によってはなれなれしいと窘められそうな二人の態度にも、その人は朗らかに応じる。


里穂に促されるまま、私は彼女のところへと近づいていった。

おずおずと足を進めるその距離が妙に遠い。

彼女が私に向ける視線は二人に対するそれと同じだと思う。

なのにどこか緊張する。きっとそれは原因が私にあるからで――――



入り口からその人の腰かける椅子までのほんの2、3メートル。歩数でも10歩に満たない距離を私は歩く。


そういえばこの学校に入学してから、保健室に入ったことはなかった。

元々健康だけが取り柄といってもいいくらいの身体で、怪我だって生まれてから数えるほどしかない。


だからこの空間は、言ってしまえば未知の領域。

頭をよぎるのはあの日のリコと、いまだ姿も知らぬ”ルイ”の姿。

保健室の中、あの時二人のいた世界。

そこに、今、私は、初めて足を踏み入れている。

木目調のタイルの床は他の教室と同じなはずなのに、妙に硬く感じる。


そして彼女の前まで来て、私は手を差し出す。

その手を、彼女はゆっくりと添えるように掴んだ。



「――――うん、折れてはいないみたいだね」

私の腫れあがった左薬指に触れたり、観察したりした後、彼女はその言った。

その言葉に、有希と里穂はホッと胸をなでおろす。


「はー良かったあ……骨折してたらどうしようかと思ったよー」

「なんで有希が安心するのよ。でもホント、ただの突き指でよかったよ」

「そうは言っても突き指だって放置してたら大変よ? すぐに処置しなくちゃね」



3人の会話を、私はぼんやりと聞いていた。

「…………」

非の打ち所がない、というのはこういう人のことを言うのだろうか。


私の指を診る手順も、今行っている処置の準備も、手際が良くて無駄がない。

なのに決して形式にはまった堅苦しさは感じず、柔らかな物腰で生徒の話に応じている。

ほんの十数分前に初めて会ったばかりなのに、二人と同じように親しげに話してもいいのではないかと思ってしまった。



それをグッとこらえる。

このまま何事もなく終わってくれるのが一番いいのだ。


ここに来てから、いやここに来る前から、私の心の中で燻る何かがずっと警告している。

不要な会話をしてはいけない。

今はただ、ここに、この保健室に長居をしたくない。それだけだった。


今彼女の意識は私の指に向いているが、有希と里穂がしきりに話しかけてくれているおかげで私は最低限の応対だけで済んでいる。


あとはこのまま指の処置が終わってこの場所を後にするだけ。

部活はできないから今日も一人で帰ることになるけれど、左手の指の怪我だけなら日常生活に特別支障はない。


何度も言いたくなるくらい、有希と里穂がここまで一緒に来てくれたことが本当に救いだった。

――――そう思っていた矢先のことだった。



「うん、それじゃあ貴女たちは部活に戻っていいよ」

「…………え」

織部先生の突然の一言に、思わず言葉にもならない声が漏れる。




「いつまでもチームメイトを待たせちゃ悪いでしょ? ”チサちゃん”は大丈夫って伝えておいで」

「あ……い、いや、わた、私は――――」

「うん! 織ちゃんありがとー! チサ、心配しないで。 チサの抜けた穴は私たちがカバーするよ!!」


こんなにもアッサリと……

私の願いも届くことなく、里穂と有希は爽やかさを感じるくらいの笑顔と前に突きだした親指を私に見せて、そのまま保健室を出て行ってしまった。



笑顔で手を振る織部先生と、唖然とした顔でぼんやりと入り口を見つめる私。

後に残ったのはそんな二人だけ。


日差しがゆっくりと傾き、空がオレンジ色に変わりつつある、そんな黄昏時だった。

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