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傷は抱えたままでいい  作者: ×丸
第1章 黄昏に染まる保健室で
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第6話「チサとルイ①」

体育館に響き渡るバスケットボールの弾む音が、まるで他人事のように聞こえる。


「ねえ、今日はもう帰った方が……」

里穂が心配そうに私に聞いてくるが、それに対する返事すら、私は「んー……」とただ空気の漏れたような答えしか返せなかった。





結局プリントは居残りでは片づけることができず、宿題としてと次の日に提出することになった。

だが家に持ち帰ったところで頭の中のモヤモヤは消えず、全てをやり終えるのにほぼ徹夜に近い時間がかかってしまった。


正直に言えば今でも、胸に何かが刺さってるような気持ち悪さが消えない。

いや、消えないどころか、異物感がますます鋭敏になってきているようにも思える。



昨日の出来事がグルグルと頭の中を巡る。

北崎のこと、保健室でのこと、ルイと呼ばれた人のこと、そして放課後のリコの姿と言葉。


何かが分かるかもと思って行ったことなのに、何も分からないまま。

リコのことを何も分からない。

なぜそのことで私の心が乱れているのか、私は何も分からない。


あの時まで、気にも留めないただのクラスメイトだったはずなのに……

今でもふとした時に、脳裏にリコのキスシーンがよぎる。



少しでも気が紛れればと思ったことと、昨日一昨日と(完全に自分の責任で)参加できていない申し訳なさから部活に顔を出したが、まるで集中できていないことが自分でも分かった。



心の動きと体の反応がかみ合ってない感覚。

だから、次の瞬間起こることは、偶然でもなんでもない必然的なことだった。



「――――チサ!」


有希の投げたバスケットボールは、まっすぐ私の方へ向かってきていた。

ただのチェストパス。普段の私ならよそ見をしてたって取れる、素直な軌道。


でも私は忘れていた。忘れていることすら忘れていた。

今日の私は、普段と違う状態だということを。



「! っ……あ」

鈍い音と痛みはほぼ同時にやってきた。

突然の衝撃と灼けるような鈍痛で、声すら出ない。


私の左中指が、飛んできたバスケットボールに不自然に当たった。

掴み損ねたボールはそのまま弾み、あてもなく転がっていく。



部活のみんなが駆け寄ってくる。

「大丈夫!? いま変な音したよ!?」

「――――っ! ……うん、大丈、夫」

震える声を絞り出して答える。


正直に言えば痛みは数秒前よりも次第に増してきていて、むしろ熱いくらいだ。

曲がる曲がらないの話ではない。何もしていないその状態から動かす気も起きない。



そしてただでさえ青くなっている私の顔からさらに血の気が引く一言がチームメイトから間髪入れずに発せられる。

「ねえ……保健室に行った方が……」

「うん、そうした方がいいよ!」


「いっ、いや大丈夫だって! ほんと……っにっ!?」

大事ではないことをアピールしようとしたが、手を動かすたびに振動が指に伝わり、痛みが響く。

やせ我慢で乗り切れるものではないことは自分が一番分かっていた。



仕方なく、里穂と有希が付き添う形で向かうことになった。

あの時から数えて3度目。あの保健室に。





率直に言って行きたくなかった。

でも必死に拒否するのはかえって不自然だし、この指の怪我に早めの処置が必要なことは私自身が文字通り骨身にしみて実感している。


モヤモヤした心と痛む指。

元はと言えば全て自分で招いたことだが、こうも立て続けに色々なことが重なると、もう何も言いたくない。


ただ、里穂と有希が一緒に来てくれることだけが救いだった。



「……でも、織ちゃんに診てもらえるんだから、よかったって思おうよ」

里穂が私を励ますように、そんなことを口にした。


「……おり、ちゃん?」

「織部先生だよ。保健室の美人先生!」

ドクン、と。

心が一瞬締め付けられたように強張る。


「……あー、織部先生、っていうんだ」

「美人でスタイルよくってーすっごく優しいよね!」

「そうそう、男子からも女子からも人気があって、もうやばいんだよ!」

「前テーマパークのお土産あげたでしょ? 私、織ちゃんにもプレゼントしたんだよねー!」

私をそっちのけで里穂と有希は”織部先生”の話題で盛り上がっていた。


(保健室の先生。織部……オリベ……)

聞いたばかりの名前を心の中で何度も呟く。

違うのだろうか……それとも……



そうしているうちに、保健室に着いた。

閉まっている扉は、まるで昨日のあの会話を思い出させるようで……


有希が優しく扉をノックする。

「織ちゃーん。怪我人でーす」

『はーい、どうぞ』




中から、声が聞こえてくる。

それはまさしく、聞き覚えのあるものだった。

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