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傷は抱えたままでいい  作者: ×丸
第1章 黄昏に染まる保健室で
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第4話「リコとルイ②」

リコが北崎と一緒に教室を出ていった後も、教室の中は奇妙な静寂に包まれていた。

皆が皆どうしていいかわからず、無言で次の授業の準備をし始める。


「そっか、リコって保健委員だっけ」

有希がポツリとつぶやく。

それに里穂も頷いてみせた。

「うん、一年の時から自分で立候補してたよねリコ」

二人の会話にふと違和感を覚える。

「あれ? 里穂と有希ってリコと仲良いの?」

「ううん、話すことも滅多にないけど?」

「だってリコって呼び方……」

「あー、だって一回怒られたんだよ私たち。霧子って呼んだらさ」


昨日の私と同じ、本名で呼ぶ二人に呼び方を訂正させたリコ。

どうやら彼女の名前を呼んだことのある誰に対してもそのようにしているらしい。


「わ、私たちも準備しようか?」

「う、うーん……」

時計を見ると、間もなく授業が始まる時間。

里穂と有希も、他の生徒と同じように自分の机に戻ろうとする。

でも私はどうしても引っかかるものが拭えず、未だ立ち尽くしている男子生徒の元へと向かった。

あっ、という二人の声が後ろから聞こえる。


「……北崎さんに、何かしたの?」

「し、知らねえよ!? ただ消しゴム落ちてたから渡そうとしただけで……」

「それだけ?」

「そ、それだけだって! 拾って後から肩を叩いたら急に……」


「…………そうなんだ」



ますます疑問が募っていく。


あの北崎の姿は男子生徒に肩を叩かれたから……?

あれは驚いてとかそんな状態じゃない、まるで怯えているような。

北崎は大人しい性格でも、極端に人を怖がる子じゃなかったと思っていたけど……


そしてリコがとった行動。

周りの生徒は戸惑うだけだったのに、リコはあんなにも迅速に彼女を保健室へと連れて行った。

リコは北崎がどんな状態だったのかを知っていたというのだろうか……


どうしてだろう、あの時からリコのことばかり、どんどん疑問が湧き上がっていく。

そのどれもが解消されなくて、心がざわつくのを感じる。



「……里穂、ちょっと抜ける」

いつの間にか私の身体は教室の外へと動いていた。

気になるからというレベルじゃない、私の知りたい何かが分かる、そんな予感がしたのだ。


「え? チ、チサ!? もうすぐチャイムが――――」

「適当にごまかしといて!」


廊下へと出た後、私が向かったのは他でもない保健室だった。



保健室は私の教室とはさほど離れていないので、すぐにたどり着いた。


あの時以来、あまり近づきたくなかった保健室。

ある意味では私とリコが初めて出会ったともいえる場所。

でもあの時とは違い、今目の前にある引き戸は固く閉ざされている。


当然そこに入ることはできず、私は閉まっている戸に耳を当てることにした。


それは不自然な行動で不審以外の何物でもない。

でもそうしなければ、きっと私の知りたいことにはたどり着けない。

鼓動が早く脈打つのを感じながら、できるだけ音を立てないように中の物音に集中した。



『後は少し眠れば、北崎さんは大丈夫よ』

『そう……』

『ありがとう。あの子を連れてきてくれて』

『…………』


聞こえた声は二人。

一人はリコのものだろう。そしてもう一人は聞き慣れない声だが、少し大人びた声色に感じる。


『ねえ、ルイ。貴女には……私だけだよね?』

『……もちろんよ』

『そう……だよね』


霧子の声がどこかしおらしい。

普段の、そして昨日の彼女とは違う、まるですがるような口調。


『ルイ、私……』

『そんな顔しないで、……こっちに来て、霧子』

『…………ずるいよ、ルイ』



「…………き、りこ」

霧子、と呼んだ。彼女がルイと呼ぶもう一人の誰かが。

なのにリコは呼び方を訂正しない。私たちにしたように。


昨日、私にしたように。


――リコって呼んで

――みんな……そう呼んでるから



それはほとんど直感的だった。

今リコと話しているルイと呼ばれる人が、あの時彼女とキスをしていた人物に違いない。

本名で呼ばれたくなかったのは、きっと特別な人にしかそれを許したくないから。



保健室、大人びた声、ルイ。

リコが、愛する人物。ルイ。



扉の向こうから聞こえるリコの涙声。

一枚の戸を隔てたその音は、確かな質量をもって私の心に注ぎ込まれる。


なんて、…………

…………………


胸の奥で何かが叫んでいる。


ここにいてはいけない、心の敏感なところが露わになる。

戻らなくては……苦しくなる前に、痛くなる前に。


立ち上がったところに――――


「早川!! なにやってんだこんなところで!」


運がよかったのは、明らかに奇行でしかない盗み聞きの場面を見られなかったこと。

そしてそれ以上に運が悪かったのは、担任にはっきりと大きな声で、私の苗字を呼ばれてしまったことだった。

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