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傷は抱えたままでいい  作者: ×丸
第1章 黄昏に染まる保健室で
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第1話「チサとリコ①」

――――2週間後。



試験に撃沈し見事に赤点を獲得した私は、今日から始まる補習に憂鬱な気持ちでいた。


「家に帰って勉強したんじゃなかったのー?」

「う……それは、色々事情が……」

「まったくーじゃあ、部長には伝えとくよー」

「お願い、里穂ー」


部活へ向かう有希と里穂を恨めしそうに見送ってため息をつく。

そうして、大人しく鞄からノートを取り出すことにした。


里穂はあれから特に何事もなかったように、元気な姿に戻っていた。

泣いたのもファミレスでだけ、その後引きずる様子もなかった。

もしかしたら私たちに見せないだけで、人知れず涙は流しているのかもしれない……それをおくびにも出さない彼女の強さが私には輝いて見える。



でも今気になって仕方ないことは、そのこととは別だった。


その張本人は窓際の前から2番目に座っていた。

部活の時間になっても外を眺めて動こうとしないその人は、多分私と同じ補習を受けるためにそこに残っている。

それなのにまるでやる気のなさそうにボーっとしているだけで、なんの危機感も抱いていないように見えた。



鈴森霧子。長い黒髪とすらりと伸びた足が目をひく、はっきり言って女の私から見ても美人に属する人間だ。

そして私の見間違いじゃなければあの時保健室で女の人とキスをしていたクラスメイト。

さらに見られたことも、それが私であったことも知っているだろう彼女。


彼女の切れ長の目が、その奥に光る瞳が、確かに私を見ていた。


ありがたいのか不気味なのか、今日にいたるまで彼女は私に対して何も言ってこなかった。

私が意識して避けていたこともあったかもしれないが、彼女からはそんな素振りすら見せてきていない。



目が合った、気がしただけかもしれないとも思い始める。

あるいは霧子ではなく他の誰かだったのかも、とも。


ならばあの時保健室でキスをしていたのは誰だったのだろう。

聞えてきた吐息を苦しそう、と私は表現したが、キスをしていたのならきっとあれは……



普段と違い、生徒の数がまばらな教室では、余計に霧子の姿が目につく。

補習が始まってもなお、頬杖をついたままやる気のなさそうな彼女の姿を見ていて、新しい疑問が湧いてくる。


私の知る鈴森霧子は、頭の良い生徒だったはずだ。

他人の成績を全て把握しているわけではないが、少なくとも補習を受けるところは見たことがないし、なんというか似つかわしくない。


私はともかく里穂や有希が悠々と超えた赤点のラインを彼女が下回る、そんなことあるだろうか……

そんなことを考えているうちに、補習はあっという間に終わってしまった。



うわの空で聞いていた補習になんの成果もあるはずはなく、ただ長時間座っていた疲労感だけが残った。

あとはいつものように教室を出るだけ。そう思いながらノロノロと鞄にノートを詰めていた時、急に声を掛けられた。


「ちょっといいかな、早川千紗季さん」


その声の正体は他の誰でもない、鈴森霧子だった。





「!? ひあ、な、……は、はい?」

突然のことに、私の声は完全に裏返っていた。

さっきまで頭の中を駆け巡っていたクラスメイト、その張本人が私に声を掛けてきたのだ。


クラスメイトである以上会話をすることはあり得ることであるが、彼女から話しかけられることは今までなかった。

それが今このタイミングで私に用がある……思い当たる節は一つしかない。



しかし、霧子は私に声を掛けたきり黙ってしまった。

周りを見回して、気まずそうな表情を浮かべる。


「……ここじゃ駄目ね。ついてきて」

見るとまだ教室に残っていた他の生徒が、一斉に私たちの方を見ていた。

私の声は裏返っただけじゃなく、思った以上の大きさだったらしい。

そうじゃなくても、好んで人と関わることのしない霧子が誰かに話しかけているというだけでクラスにとっては一大事なのだ。


視線を振り切るように、霧子は教室を出て行ってしまった。

「…………ごめん」

霧子の姿を追いかけながら謝るが、彼女は何も言わずに進んでいく。

黒い髪を靡かせて毅然とした様子で歩く霧子とは対照的に、私の心は不安だらけで縮こまりそうだった。

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