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傷は抱えたままでいい  作者: ×丸
第1章 黄昏に染まる保健室で
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プロローグ②

誰かを深く愛した分、失ったときの心の傷も深いと誰かが言った。


ならばきっと愛とは鋭利な刃だ。

突き刺さった刃が抜け落ちた時、後に残るのはただの空洞。


愛したという思い出を強さに変える人もいるだろう。

でも心に傷を抱えて、それでも私は生きていける自信があるだろうか。



私は、この心が傷つくことが怖い。

たまらなく、この上なく、どうしようもなく、怖い。




――――保健室での出来事から約1時間前。



「大丈夫だって、すぐにいい人見つかるよ」

そう言って私は目の前にいる里穂にハンカチを差し出す。

彼女はそれを無言で受け取り、目元から頬を伝う涙を拭いた。


綿でできた厚手のハンカチは、微量の液体を事もなげに吸い取る。

私はそれをただ黙って見つめていた。



なんてことはない、ファミレスで恋人と別れたという話を聞いていただけ。

試験休みで部活のなかった私は、特に何の考えもないまま帰り支度を整え、家路につこうとしていた。

そんな時、里穂に呼び止められたのだ。


里穂は有希と一緒で、仲のいい私の友だちだ。

学校でもよく話をするし、部活も同じ。放課後遊ぶこともしょっちゅうある。

けどその日の彼女の様子は、いつもと違っていた。



落ち着いたのか、里穂はテーブルの上に置かれた紅茶を一口飲んだ後、大きく息を吐いた。

「……ありがと、もう大丈夫」

「無理しなくていいよ?」

「ううん、ほんとに平気。なんかスッキリしたし」


もう一度お礼の言葉を言いながら、里穂は私にハンカチを返した。

目元は赤く腫れていたが、確かに瞳は明るさを取り戻していたようだった。



「ふーっ。なんかもういいやー早くこの傷を癒してくれる人探さないとね」

「…………うん、それがいいよ」

彼女から受け取ったハンカチを握りしめたまま、私はそう答えた。



里穂とは店を出てすぐに互いの家路についた。

さすがに明日の試験は勉強しないと大変だという理由だった。


二人でいては勉強そっちのけで話し込んでしまうよ、と。

そう話す私に里穂は笑って頷いた。



お互いの姿が見えなくなるまで手を振り合ってから、私は家に向かって歩き出す。

そして、すぐに足を止めた。


一つ深呼吸をする。早くなりそうな鼓動を、ゆっくりと落ち着かせる。

(……うん、大丈夫……大丈夫)

ずっとハンカチを握りしめていた手にはすでに感覚がなく、でも確かに熱がこもっていた。

すっかりよれてしまったそれを、制服のポケットに無造作に押し込む。



半分だけ嘘をついた。


勉強したいから家に帰るなんて、そんな真面目な人間じゃない。

あの空間に居続けることに、涙を流す里穂と一緒にいることに、心の奥底がザワザワし始めたから。

もしそれに耐えきれなくなったら私は、また…………



頭を振って考えを振り切る。

今のままでは明日の試験が目も当てられないことになるのは本当のことなので、おとなしく帰ることにした。

鞄の中から家の鍵を取り出そうとする――――





そうして、私はその後学校へと戻る羽目になり、保健室での光景を目撃することになる。


今思えば、これがすべての始まりだったのだろう。

脳裏に焼き付いて離れなかったあれは見事に勉強を手につかなくさせ、試験は散々な結果に終わったのだった。

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