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傷は抱えたままでいい  作者: ×丸
第2章 それぞれの語る懺悔
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第13話「チサとルイ④」

リコとの公園の出来事から数日後、私は再び保健室を訪れていた。

促されるままに、処置を受けた時と同じように椅子に腰かける。目の前にはこの部屋の主である彼女が座っている。相変わらず、包み込むような柔らかな笑みを浮かべて。


彼女はゆっくりと指に巻かれた包帯に手をかけた。一巻き、もう一巻きとクルクル円を描いて、包帯が徐々に解かれていく。

あらわになっていく指を、私はジッと見つめていた。というより、他に何を見ることもできなかった私の視線が、自然とそれに向いてしまったという方が正しいのかもしれない。



彼女――――織部 美涙先生…………ルイ。

ほかでもないリコが明らかにした、あの時のキスの相手。


彼女の名前を聞いたときから、きっとそうなのだろうとは思っていた。

でも、ただの推測と当事者の口から実際に語られるのとでは印象が大きく違う。

その事実を聞いてしまった今、彼女の姿、特に顔、……もっと言うなら唇を見ることなんてできない。



こうやって向かい合ってるだけで、否が応にもあの光景が頭をよぎるのだ。

あの日、この保健室でキスをしていたリコとルイの姿。抱き合う服と服のこすれあう音、その息遣いまで鮮明に。


いったい唇と唇が触れ合うときの感触はどんなものなのだろう。

柔らかさは? 温かさは? 優しさは? 嬉しさは?

何を思うのだろう、何を感じるのだろう。


もし私が**とキスをしたら――――





「はい、終わったよ」

ルイの声に反応して、反射的に視線を前へと向けてしまう。

「……ひゃっ!?」

目と鼻の先には彼女の笑顔。その距離は先ほどと幾らかも変わっていない。

でも近づいてきたと錯覚した私は思わず短い悲鳴をあげてしまった。


左手で口元を抑えたときにはすでに遅く、むしろ動揺しているということを彼女に伝えているだけだった。

そんな私を見てクスクスと笑うルイ。私が慌てている理由を彼女が知っているかどうかは分からないしあえて聞こうとも思わない。でも何もかも見透かされているような、そんな気分を覚える。



「動きは問題なさそうね?」

そう言いながら自分の左手首をクルクルさせているルイを見て、改めて私がここに来た理由を思い出した。

口を抑えていた手をそのまま前へと出し、握ったり開いたりしてみる。痛みもなければ鈍さもない。素人目から見ても完治したと分かる。


「……は、はい、ありがとうございます」

「よかった。でも今度からは気を付けてね?」

頭を下げてお礼を言う私に「そんなに畏まらなくたって」というルイは、やっぱり和やかに笑っていた。無理な運動はしないという約束をして、既に始まっている部活に合流するために保健室を出ようとして――――




「霧子さんは元気にしてる?」

と、不意に背後から声が聞こえた。

ドクンと、ひときわ強く鼓動が胸を打つ。このタイミングで、リコの話題。しかも私に。保健室を訪れるリコのクラスメイトは他にいてもいいはずなのに。

「…………元気だと思いますよ。授業もちゃんと出てますし」

できるだけ、できるだけ声色を変えないで。平静を装って彼女からの問いかけに答える。


「そう。最近、保健室に来ないから心配だったんだ」

「……失礼します」

そう言ってルイに背を向けたまま、私は廊下へと出て扉を閉める。

そして数歩歩いたところで、窓ガラスのある壁へと目を閉じてもたれかかった。



「はー…………」

たった数分のことなのに、この疲労感。ひんやりしたガラスの感触がこんなに気持ちいいと思ったことのないほどに。

しかしそれでも、私の胸の奥のざわつきは収まらない。


リコとルイの関係は、他でもないリコが話してくれた。

私が二人のキスを見てしまったことをリコは知っている。あの様子だときっとルイも知っているか、あるいは感づいていることだろう。


でもそのどちらの事実をとったとしても、結局のところ私には直接関係のない話であるはずだ。

見守ったっていい。素知らぬふりをしたっていい。いずれにしたって私がすべきことは、ただ黙っていることだけ。


……その、はずなのだ。



なのにどうしてだろう。公園の入り口でリコの背中を見て以来、それでは駄目だと心のどこかで叫んでいる私がいるのは。

しかもどういうわけか、保健室に来てから。ルイの顔を見てから。彼女の口からリコの名前が出てから……私自身が驚いてしまうほどに、その想いはより一層強くなっている。


焦燥感にも似た気持ち、その正体が分からないまま、ただ締め付けるような苦しさだけが痛い。



「………………行こう」

そんな感情を振り切るように、私は再び目を開く。

身体を動かせば気持ちも晴れると信じて、足早に体育館へと向かうことにした。

今度は決して怪我をしないようにと、固く心に誓って。





――――今思えば、この時にはもうすでに取り返しのつかないところにきていたのだろう。私がそれを知ったのは、すべてが終わってしまっていた後だったのだから。

――――次に保健室に訪れるとき、私はその傷に気付くことになる。

遅くなってしまいましたが、ここからが第2章の始まりです。

相変わらず主人公は悶々としてますね……新章だというのに物語が動いてなくてごめんなさい。


筆が止まっていた間も少しだけブクマ件数が増えていて嬉しかったり申し訳なかったりしてました。

更新ペースは以前に比べて落ちそうですが、一定の間隔では書いていきたいなと思います。

拙い出来ではありますが、読んでいただけると幸いです。



あ、短編百合も書いてますのでこちらもどうぞ。

http://ncode.syosetu.com/n8951di/

http://ncode.syosetu.com/n1562dk/

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