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田中さんのご家族と  作者: みあ
妹が何か企んでいるようだ
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3.名前の呼び方

 沢口を車に乗せてから、動物園までは特に何事もなく到着した。

 日曜だから混むだろうと早めに来たのが功を奏し、駐車場もさほど混んでいなかった。

 帰りに疲れてグダグダになるであろうまゆのことを考えると、入場門近くに車を停めることができたのはよかったと思う。

「あの、田中さん、それって」

 車を降りてまゆにまとわりつかれていた沢口が、俺が車から取り出した荷物を見て驚きの声を上げる。

 そりゃ驚くってもんですよね。女児向けアニメ絵のでっかいトートバックを俺なんかがいそいそ取り出したら。

「まゆの趣味だからね?」

 今朝も一緒に見てきたし、案外馬鹿にできないストーリーだとは思うけど、それを詳らかにする必要はない。

 にっこり笑って追求を拒むと、沢口はふるふると首を横に振った。

「別にそれが田中さんのものだと思った訳じゃないですよ! そーじゃなくて、その大荷物、もしかしてお弁当でしょうか?」

「ああ――うん。勝手して悪いかとは思ったけど、まゆが作れってうるさくて。さわ……愛理ちゃんの分も、あるからね」

 まゆのなにか言いたげな眼差しが視界に入ったので、そうだったと俺は彼女の呼び方を改める。

 気まずいことこの上ないが、仕方ねーよなあ。なんで前とあいりちゃんの呼び方が違うの? なんでなんでなんでーと問いつめられるのも面倒だし。

 あの日に限っての、つもりだったんだけどなー。

「――お、お気遣いいただいてありがとうございます」

 まさかのお弁当の存在か、あるいは呼び方に引っかかりを覚えたのか沢口はびみょーな面もちになっている。

「あのね、おねーちゃんがはーとのたまごをつくってくれたの!」

「そうなの?」

「おにーちゃんはねえ、からあげをあげたんだよー」

「ええっ」

 自分でしたわけでもないだろうに、まゆがものすごく自慢げに余計なことを主張する。

「昨日、晩のおかずのついでにね」

 冷食の唐揚げも悪くないがやっぱり手作りがうまいよなと鶏肉を買い込んで漬け込んでいた俺を見て、じゃあついでに揚げてと晩飯を天ぷらに決めた母は鬼だ。

 明らかに晩飯用のボリュームがある天ぷらの方が揚げ時間長いし、弁当の方がついでになってた。

「田中さんは、料理するんですか」

「少しは」

 大学時代、まゆを妊娠した当初の母が「においダメ、料理できない」と言い出したのをきっかけに、今時は男も料理できなきゃねとここぞとばかりに仕込まれたもんで。

 まだ小学生だったほのが私もわたしもってあれこれ手伝いを申し出てくれたけど、料理慣れしない俺に助手を使いこなす余裕なんてなくて苦労したもんだった。

 なんて内幕を暴露する必要もないわけで、俺は曖昧に笑ってみせる。

「必要にかられて覚えざるを得なかったんだよね」

「そーなんですか。それでお弁当を」

「まゆがどーっしても愛理ちゃんと一緒に弁当を囲みたいとだだこねたもんで。俺はどこかで買えばいいんじゃないかって言ったんだけどね」

「おつかれさまです」

 表情で俺の内心を悟ったらしい沢口はそんな風にねぎらってくれた。

 入場料の支払いで少しばかりもめたものの――まゆの我が儘で時間をとってもらったんだから払うと言ったのに沢口はなかなか納得しなかった――真冬の動物園は休日でもさほど混んでいなかったので入場まではすぐだった。

「ねえねえ、愛理ちゃん」

 妹たちはもらった動物園マップを手に、さっそく沢口にまとわりついている。

 弁当入りのトートバックの他にまゆのリュックまで持たされる羽目になった俺は、三人娘の背後で所在なくただの荷物持ちと化している。

「さっきから気になってたんですけど、ここにいるのは全員田中ですよ?」

「へ?」

「私もまゆも、田中です」

 大人に近づいてきたと思っても、ほのはまだ子供のようだ。えっへんとわざとらしく胸を張るほのを、沢口はぽかんと見つめている。

「あー、ええとー、それは、確かに」

「おにーちゃんの名前は和真って言うんですよ。平和の和に真実の真で、かずま」

「いやその――それは知ってるけど」

「和真君とか、和君とかどーでしょう?」

 ぐいぐい強引にとんでもない提案をしはじめるアホ娘を、俺は空いた手で思わずヘッドロックする。

「ちょっ、ギブ! おにーちゃん!」

「お前は突然なに言い出すんだよ!」

「愛理ちゃん呼びに匹敵するおにーちゃんの呼称についてだよー」

「無茶ぶりすんなよ。沢口さんだって困るだろ」

 俺はまっとうな主張をしたんだが、最終的には「おにーちゃんとあいりちゃん、おともだちじゃなかったの?」という不安そうなまゆの発言にほだされたらしい沢口が「和真さんとお呼びしてもいいですか?」なんて言ってくれたことで一応の解決を見た。

 ただ、恥ずかしげにおずおずと問いかけてくる様子に、俺はなんだかどきりとさせられた。

 思わずぽろりと離してしまったほのがなにやらニンマリしているのが苛立たしい。

 文句を言いたいのは山々なのに、まゆと無茶な要求を飲んでくれた沢口の手前、口をつぐまざるを得ない。

「あー、うん、何でもお好きに呼んでください」

 俺はへらりと笑って沢口に応じた。和真さんなんて呼ばれた試しがないのでできれば君付けの方が気持ちは落ち着くが、無理に無理を重ねる要求なんてできるわけがない。

 申し訳なくて思わず敬語になっちまうじゃないか。

 俺なんかとコブ付きで動物園にくる羽目になった上に名前呼びを半ば強要されるとか、なんて無茶ぶりだよ。

「じゃあ、あの、和真さん、よろしくお願いします」

 俺の言葉につられてか、沢口はなぜだか丁寧にぴょこんと頭を下げる。

 恥ずかしげな様子に聞き慣れない呼ばれ方、おまけによろしくお願いしますなんて言われたら、再びドキッとした。

 いやちがう。これはお付き合いはじめの挨拶とかじゃねーから。

 しかし、くそう、なんか心臓が急激に動き出したんだけど。

 最近女子と縁がないからか、なんだか妄想ほとばしる。

 俺はこちらこそどうもなんて口走りながら、慌てて荷物持ちの位置に戻った。


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