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田中さんのご家族と  作者: みあ
妹が何か企んでいるようだ
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1.沢口というひと

田中さん(和真)視点。

「あの、今日はよろしくお願いします」

 仕事始めに遊ぼうと約束したその日は、二月の真ん中だった。

 数度の打ち合わせを経て決まった待ち合わせ場所に時間前に到着したはずなのに、彼女は早くもすでにその場で待ちかまえていた。

 こちらに気づいて駆け寄ってきた沢口に助手席に座るように促すと、こくりとうなずいて車内に滑り込むなり頭を下げる。

「あいりちゃん、おはよー!」

「今日はよろしくお願いします」

 俺が返事をする前に、早々と後部座席から妹たちが声を上げた。

「お休みなのに悪いね、沢口さん」

 遅れて俺が声をかけると、シートベルトをつけながら沢口は「いいえ」と口にする。

「自分だけでは行かないところなので、ちょっと楽しみにしてきました」

 ショッピングの時とは違って動きやすいように、スカートではなくジーンズを身につけている彼女の内心はわからないが、浮かべた笑顔に嘘はないと思いたい。

 そんな風に考えながら、俺は目的地に向かうためにアクセルを踏んだ。




 沢口愛理というのが、彼女のフルネームだ。去年の春に入社してまだ一年足らず。俺はその彼女の教育係ということになっている。

 去年の今頃、新年度から新人の教育係を任されることをすでに命じられていた俺は、内心うんざりとしていた。

 よその会社がどうかは知らないが、うちの会社では入社三年目が新人の指導役になるという慣例がある。もちろん新入社員がいないとか、三年目に当たるやつがそうそうに辞めちまったとかのイレギュラーもあるらしいが、少なくとも俺が配属された部署では俺から連続して三年、新入社員が配属された。

 よほどの例外がない限り、指導役を拒否することは認められない。

 慣例とはいえ、部署の中で指導を任される三年目はそれなりに上に認められている――らしい。三年目が部署に数人いて新人が一人って場合は。

 俺の場合は三年目も新人も一人ずつなので、順当に任されるわけだけども。

 前年の新人の指導に四苦八苦していた先輩の姿を近くでまざまざと見せつけられていた俺は、果たして自分がそれと同じようにできるだろうかという不安が沸くのを押さえきれなかった。

 三年目は指導役、二年目はそのフォロー、一年目は生徒。できた先輩と困った後輩に挟まれ、俺は嫌でもフォローせざるを得なかった立場だ。指導役ほど責任はなくても、ヤツの不始末のフォローのために振り回されたことが少なくない。

 次の新人の指導には、問題児である二年目のフォローは期待できない。そのことが不安を否応なく増長させた。

 一コ下の部署唯一の後輩がとにかくひどい存在なのだと他部署の話を聞いていて理解しているつもりではあったが、次の新人が同じではないという保証もない。

 高学歴がご自慢で「俺はこんなところにくすぶっている人材じゃない」と放言し、助言も苦言もスルーするようなヤツがそうそういても困るけど――、次に「わたしぃ、結婚するまでの腰掛けなんですぅ」というキャラが来ないという保証がないじゃないか。

 配属から一年経てもなお作業に不安の残る、自意識だけが肥大した全く使えない後輩を見ていると、あらかじめ最悪の想定をしておいた方がいいような気がしていた。

 だが、ふたを開けてみれば何もかも取り越し苦労だった。

 沢口は腰掛け志向ではないまっとうな新入社員で、あまり手の掛からない人だった。一を聞けば十を知るほどではなくても、一度言えば何でもするりと飲み込んだ。

 指示をすれば確実に処理を終わらせるというそれだけで、文句ばかりでろくに使い物にならない前年のヤツよりも入社当初からはるかに優秀のように思えた。

 ホントな、そりゃあいい大学に入学しつつがなく卒業されてそれがご自慢なのはわかるんだぜ? 学歴だけならうちの部署では一番なのは大学の名前を聞けばわかるっつの。

 だけどその上にあぐらをかいているのはダメだろ。

 給料もらって働いている立場なんだから、どんな仕事でも真剣にしろっつの。これは俺のすべき仕事じゃないとか、誰もが自分をうらやんで冷遇してくるとか、オマエ何様なのかと文句付けたいのを何度こらえたことだろうか。

 そういうヤツの後だから、最初っから相対的に評価が高まったことは否定しないが。

 なんにせよ、沢口はあまり手の掛からないひとだ。

 入社当初から真面目さを印象づけるようなリクルートスーツをまるで制服のように着ていたのが、上の人間には好ましく映っていたようだ。

 夏を過ぎた辺りからはすこし砕けた服装になったが、それだって他の女性陣に比べればだいぶ堅苦しいもの。

「毎日コーディネートとか考えられるようなセンスないんですよー」

 華がないことを仕事もできないヤツにあざ笑われても、あっけらかんとそんな風に言い放ち、気にしない剛胆さは俺にも好ましく映っていた。

 とはいえ、職場で関わる以上の親しさを持とうなんてひとかけらも考えていなかったわけだが。

 



 そもそも、プライベートで沢口と会ったのは単なる偶然だった。

 正月早々すぐ妹であるほのの我が儘でショッピングモールに連れ去られた時に、たまたま巡り会った。

 親子ほど年の離れている下の妹まゆを挟んで三人で手をつないでいたのをガン見していた視線の主が彼女だった。

 視線は何も語らないが、その時なんだか手に取るように彼女の思考が読める気がした。

 ほのが高校生になり女らしさを身につけてきた現在、兄妹で並んで歩いていて親子だと誤解された数は両手の指の数では足りないくらいにはきっとある。

 沢口が口の軽い人だとは思えないが誤解を放置するわけにはいかないと彼女に近づいたのが運の尽き。

 友人にドタキャンされて帰るつもりだと口にした彼女と話の流れで一緒に店を巡ることになり――さらにはもう一度日を改めて会うことになった。

 まゆの我が儘を拒否し損ねて彼女に打診したのは俺だが、よくまあ同意してくれたものだと思ったぜ。


物語内時間軸とずれが大きくないうちに投稿開始したいと、若干見切り発車ー!

5話前後、2月中には終わりたいと考えています。


この話の投稿に合わせて、初めの3話にサブタイトルを追加しました。

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