兄の恋を応援したい 中編
そうとわかれば、私がすることは愛理ちゃんの情報収集ですよ。
お兄ちゃんの好意は確定として、愛理ちゃんはお兄ちゃんをどう思ってるんだろう。
そうだ、そもそも彼氏がいたら話にならない!
気付いてしまった私は、ドタキャンした相手は彼氏ではないのかとそれとなく探りを入れた。愛理ちゃんが約束していた相手は十年来の親友だそうで、一緒に福袋を買いに出て好みで中身をトレードするつもりだったのだという。
さすがに直接彼氏がいるかまでは突っ込んで聞けなかったけど、元旦にそんなふうに同姓の友人と買い物の約束をするくらいだから今はいないと見ていいはずだ。
私は大いに安心して、愛理ちゃんがお兄ちゃんをどう思っているのか探った。
真面目な人だと思います、年下相手に敬語で伝えてくれた愛理ちゃんは職場の先輩だという兄の目を大いに気にしているようだったし、本人の目の前でその家族に対して陰口をたたくようなことはもちろんしなかった。
内容は優しいとか、イケメンとか、気遣いが上手だとか、とにかく評価は高く、べた褒め。
お世辞だってことも考えられるよ?
でも身内の贔屓目で見ても、おにーちゃんはまあ優しいし、不細工でもないし、気遣いも――まあ、おかん系のマメさはある感じかな。
お世辞が上乗せされているとしても、これはいい感触じゃなーい?
愛理ちゃんに目の前でべた褒めされているおにーちゃんがなんとも言い難い――妹の前で素直に喜ぶのがしゃくだと言わんばかりの――顔をしているのを見ると、ついつい吹き出してしまう。
どことなく恥ずかしそうでもある兄のために、私は愛理ちゃんに現実を教えておいてあげた。
おにーちゃんは確かに優しいけど、愛理ちゃんの言うほどではないと思いますよって。
もし本当にお兄ちゃんが愛理ちゃんを好きでなんとかお付き合いまでできたとして、現実を知って振られるのはかわいそうだもん。
あらかじめ教えておいてあげるのも優しさだよね、きっと。
愛理ちゃんは気取ったところもなく、付き合いやすいお姉さんだった。
本人が言うにはおしゃれにはとんと疎いらしい。清潔感のあるシンプルな装いは、そう言われてみると流行とは関係ないベーシックなものだった。
初対面の同僚の妹にてらいもなくそう伝える愛理ちゃんの言葉を聞いて、最近おしゃれに無駄な自信を育んでいるまゆかは大喜びだった。
「じゃあまゆちゃんが、あいりちゃんのふく、えらんであげる!」
えっへんと胸を張る園児に恐れおののいたのは私だけではない。
「えっ」
ぽそっと漏らした愛理ちゃんは絶句していたし、
「まゆ……それは……」
お兄ちゃんは止めろと言いたい本音を口にできず――だってまゆがふてくされたら面倒なので――どう言いくるめようかと口をもごもごさせている。
同じ理由でどう言っていいかわからない私も、途方に暮れそうになった。
まゆはひらっひらのトップスにひらっひらのスカートを合わせて可愛いと喜んでいるセンスの持ち主だ。五歳児が自分でセレクトして自信満々に着るのが身内目線で見れば可愛いのであって、知らない人が見れば首をひねるものが多々ある。
そんな彼女に選択を任せるのは危険だった。
弾む足取りで左右にいる私と愛理ちゃんの手を握って振りながら、早くもまゆはやる気満々だ。
「それは男の子向けだよ」
「えー、かわいいのに」
だとか、
「残念、愛理ちゃんにはちょっと小さいみたい。まゆにならぴったりなのにね」
「おそろいになると思ったのにー」
なんてやりとりを重ねながら、あちこちに向かうまゆをひたすら誤魔化す。
身のあるショッピングとはほど遠くて、愛理ちゃんには申し訳なかった。
柄物と柄物を「可愛いのと可愛いのを合わせたらめっちゃ可愛い!」とまゆが無謀な主張をはじめたところで、私は彼女をお兄ちゃんに押しつけることに決めた。
普段ならぶうぶう文句を付けてくるはずのお兄ちゃんが文句を言うことがなかったのは、愛理ちゃんの前でいいところを見せたかったのもあるだろうけど、何より私たちに着いてくるのに疲れたからだろうな。
「あっちで遊んでるから、後で迎えに来て」
おなじみのキッズスペースのある方を指さしてから、おにーちゃんはまゆを肩車しながら歩いていった。
いいのかしらと途方に暮れたような愛理ちゃんに「これで心おきなく買い物できますね!」と微笑みかけてから、私はウィンドウショッピングついでにさりげなーく愛理ちゃんことをさらに聞き出したのだった。
お姉さんに自分には似合わないような大人な服を見立てたことは私も楽しかったし、まゆも合流した後でいい感じに遊んでもらえて満足していた。
おにーちゃんもそろそろ結婚を視野に入れてお付き合いしていく年頃じゃないのかなと思うと、私たちとも仲良くできそうな愛理ちゃんがまず恋人になってくれればいいなって心底思った。
一生独り身を貫かれるのも心配だけど、結婚してもお兄ちゃんのお嫁さんと気が合わないと、ね?
一緒に住むわけじゃないだろうからいいんだけど、できれば仲良くしたいじゃない。
愛理ちゃんのお兄ちゃんへの信頼は大きそうだったけど、今のところ職場の先輩以上の気持ちはなさそうな感じ。
今日のことで前よりは仲良くなったかもしれないけど、お兄ちゃんが今日愛理ちゃんに見せつけたのは「お父さん的落ち着き」としか思えない点が不安だった。
ずいぶん前に私という前例の相手も経験しているお兄ちゃんのまゆに対するお父さんっぷりは、経験に裏打ちされた落ち着きがあるからね……。
愛理ちゃんの中で安全枠に入れられないかとても心配で、だからといって単なる職場の同僚の妹の分際であれこれできるわけもなく。
「愛理ちゃんの連絡先聞いておくんだったなー」
なんて、別れてから後悔しても遅い。
まあ、連絡先を聞いていたって「お兄ちゃんと付き合いませんか?」なんて尋ねられるわけないし、二人をうまくくっつける方策なんてないんだけど。
この数年間は恋人不在らしきお兄ちゃんが、職場の同僚という失敗すれば後が気まずい関係の愛理ちゃんに自発的に告白することとかない気がするんだよね。
なにかの間違いでも起きたら話が別なんだけど。
おうち大好きだから基本仕事終わったらすぐ帰ってくる人だもんな、おにーちゃん。
時たま会社の人と飲んでくるみたいだけど、愛理ちゃんを個人的に誘うことはこれまでなかったんだって。
去年の四月から半年以上マンツーマンで指導している後輩と個人的に飲みに行ったことがないとか、なんなの?
意識しちゃってるから逆に誘えないの?
おにーちゃんはへたれなの?
これまでの経験から「妹と私どっちが大事なの?」とか「仕事と私どっちが大事なの?」とか聞かれたら面倒だから彼女いらないとか思ってるの?
お兄ちゃんの考えはよくわからないけど、交流があるのが職場だけだったら、間違いなんて起きる可能性もないじゃない。
なんせ、年末に参加必須だったという職場の忘年会さえ一次会で帰ってきたもんね。
おうち大好きなのはいいとして、いい年してお休みにパソコンと向き合ってオンラインゲームに夢中なのはどうなのかと妹としてはすごく思う。
どうにかしておにーちゃんが素敵な恋人と付き合うようになって将来を考えてくれないと――、おにーちゃんに恨み言を言われるよりも何よりも……赤ちゃんが恋しくなったおかーさんが私に無茶振りしそうで怖いんだよー。
十六でお父さんと出会って、十八で子供を産んじゃった人だからさ、「そろそろどう?」とか話を振られそうでさ!
十八で子供を産んじゃうなんて、おかーさんの頃もきっと普通じゃなかったし、晩婚化しているって今は余計に普通じゃないと思う。
なのにさらっと言いそうなところがある人だからさあ。
だから私よりも確実に結婚が近い人にどうにかなって欲しいのに!
お兄ちゃんが積極的に動くのとか想像できないから罪滅ぼしも兼ねてキューピッドしてみたいのに、なんで私は愛理ちゃんの連絡先を聞かなかったんだろう。二人きりとかチャンスはあったのに。
お兄ちゃんは知ってるだろうけど、教えてくれなさそうだもんな。
あーあって思いながらその日眠りに落ちた私は、次の日に愛理ちゃんへのとっかかりを得ることを予想だにしていなかった。