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田中さんのご家族と  作者: みあ
番外編
35/37

初々しくて、気恥ずかしい

和真視点番外編です。

 休みだというのに、ずいぶん早く起きてしまった。

「遠足前のまゆじゃあるまいし」

 自分で自分に突っ込みながら、俺は自室を出た。

 職場の同僚であった沢口愛理に対して、かなり強引に交際を取り付けた初めての週末。そして押しに弱い彼女が我に返る前に決めた初デートの当日だった。

 休日にこれだけ早く目覚めたことを知れば、ほのは何かに気付きそうだ。とはいえ、それを避けるために布団に転がっていればうっかり二度寝して寝過ごしそうな予感がした。

 遅刻の危険を冒すよりは、早起きしてほのにからかわれる方がいくらかましだ――大体、ほのの方も休みには寝坊しがちだからな。

 階段を下りていると、妙に煌々とリビングが明るいのがわかった。

 誰かと思いきや、階段すぐのリビングにはカーテンも開けないまま遊ぶまゆがいた。

 なにやら熱中してテーブルに向かう妹に声をかけると、ややして「おはよー」と返事がある。

「早いな、まゆ。ってか、カーテン開けろよ」

「あけれないもん」

 自信満々に言い切るが、大方面倒くさいだけだろう。カーテンを開けて外の明かりを取り入れ、部屋の明かりを消す。

「くらーい」

「この程度明るけりゃ充分だろ」

 らくがきちょうになにか書き付けているまゆの文句を聞き流しながら洗面所で最低限の身支度を整える。

 あんまり朝から気合いを入れれば、ほのだけでなく他の家族にも何かを悟られそうで嫌だ。

 時計の読めないまゆが俺の早起きしすぎを誰にも知らせなければいいななんて思いながら、俺は出来るだけ普通通りに出かけるまでを過ごした。





 そんなわけで、早起きの割には出かけた時間は早くない。

 待ち合わせは十一時、余裕を持っても十時に出れば目的地には充分間に合う。

 いかにきっちりとしている彼女でもさすがに十五分前には到着していないようだった。

 試行錯誤で取り付けた今日の目的は特にない。むしろ二人きりで会うというのが一番の目的と言っていい。

 異性との交際経験がないという彼女にはデートのなんたるかもよくわからないらしかった。何か理想の一つや二つはありそうじゃないかとは思うんだが―遠慮がちな人にはじめからリクエストをするなんてことはハードルが高い様子だった。

 とはいえ、こちらも別に経験豊富というわけじゃない。放課後デートとこぶ付きデートだった高校時代、はっちゃけかけてみるみるしぼんだ大学時代から、数年のブランク。

 過去の経験なんぞ、当てにするのもばからしいレベルだ。

 そんなわけで、街をふらりとぶらついて昼飯を食おうくらいの緩い約束を交わすことになった。こちらが強引に押し切ったが、彼女は及び腰なんだから、その程度が許される限界点ではないだろうか。

 この数日戸惑って珍しくも動揺しがちの彼女が、今日一日で恋人という存在に少しは慣れてくれれば上等だと思う。

 約束の五分前、別に遅刻したわけでもないのに小走りに俺に近づいてきた彼女と合流して、並んで人の流れに乗る。

「晴れて良かったですね」

 そう言って笑顔を見せてくれた彼女が、デートであることを意識したのかスカート姿だ――ということだけで、俺はかなり満足した。

 以前彼女と服を買いに行ったほのが「愛理ちゃんってジーンズ派なんだって! 絶対可愛いスカートだって似合うのに!」と聞いてもないのに教えてくれた記憶があった。

 妹たちを連れて遊んだ時は動きやすいパンツ姿だったことを思い出せばなおさらだ。まだそんなに暑くないからか、足にまとわりつきそうなロング丈なのは少々いただけないけど、これはきっと彼女にとっての最上なのだろうと思う。

 白いブラウスと黒のロングスカートという取り合わせは、いかにも彼女らしくて似合っていた。

 明るい色も似合いそうなのにもったいない気がするのはいわゆる彫れた欲目ってヤツだろうか。

 特に合うのは何色だろうなんてつい考えてしまう。

 学生時代とは違って先立つものはある。だから、自分好みの服を贈るということも今なら簡単に出来るんだよなあ。

 ……そんなことをしてしまうと、今はまだ警戒されそうだが。まあ、いずれ。

「傘は持ってきた?」

「今日は降らないと思いこむことにしました!」

「まあ、俺も持ってないけど……。五十パーでも今は晴れてるし、やっぱ降らない気がするよなー」

「降ったら傘を買おうと思って」

 会話の滑り出しは上々で、彼女は「もう大人なので日傘を買うのもいいと思うんですよね」となんて続ける。

「おしゃれな子は中学生くらいから紫外線を気にして長袖を着ていたりしてたんですけどねー」

「愛理は興味がなかった?」

「……っ、あー、ええと、気にしない子も多かったですし」

 さらりと名前を呼び捨てたら、彼女はわずかに息を飲んだ。

「運動部の子はめっちゃ焼けてたし。と言っても、私は運動部じゃなかったですけど。あの――か、和真さんじゃないけど、インドア派なもので」

 少しばかり挙動不審ながら、呼び方について彼女はスルーした。

 加えて、これまでの「おでかけ」で二人きりになったタイミングでは耳にした記憶のない下の名で呼んでくれるおまけつき。

「一緒だね」

「一緒ですねえ」

 顔を見合わせてへらりと笑いあう。

 初々しく妙に気恥ずかしいのは、いかにも初デートにふさわしいものだった。




 その日の首尾はどうだったかというと、悪くなかったという結論に達した。これまでになく突っ込んだ話題を口に上らせたし、お互いの理解を深めたように思う。

 一番の進展が呼び名の変化だというのは、いい年した男女として正直どうかというレベルだけどな。

 仮に朝ほのにデートだと知られて、詳細を後で微に入り細に入り聞き込まれても、何一つ隠すことなく伝えることだって不可能じゃないくらいの健全さだとか……今時、高校生でももっと進んでると空笑いが出そうだけど。

 ちょっと手を握っただけでうろたえるくらい、彼女は奥手だ。男に免疫がないにもほどがある。

 だがまあ、それはそれでいいものかもしれないな。

 避妊は確実なものじゃないとのたまった親父の呪いは、今でもまだ心の中で引っかかっている。

 これくらい健全である方が、今はむしろ安心な感じがする。

 俺が生まれた頃の「できちゃった婚」から今では「授かり婚」なんて表現が好意的に変わっても、真面目な愛理はきっとそういうことが受け入れにくいことだろうし。

 下手すると本当のバージンロードを歩きたいとか思っていても不思議じゃないような気も、するもんなあ。

 俺自身昔からろくな交際を経験したこともないわけだし――だってほののお迎え時間を気にした放課後デートとか、こぶ付きデートだぜ?――中学生レベルから段階を踏んでいくのも、ある意味いい経験かもしれない。

 俺はそんな風に前向きに考えることにした。

 果てしなく、先は長そうだけど。

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