5月 バーベキューは連休に 6
ほのちゃんが早めの夕食にとお肉を焼きはじめるタイミングで帰ることにした。
ずいぶん長居をしていたし、ちょうどいい頃合いだと思った。
なし崩しで「ついでに晩ご飯もどう?」とか言われても困るしさ。
「じゃあ私は帰りますねー」
言うと、まゆちゃんが「まだいてよう」と引き留めてくれるし、「えー、まだ話足りませんよー」とほのちゃんも不満顔になったけど、ほのちゃんが帰ってきた時点で私はお役ごめんだったと思うんだよね。
私はにっこりと二人に微笑んで、「ありがと」と告げた。
「でも、ほのちゃんが食べるのを見てたらついついつまんじゃいそうだもん。そんなことになったら、カロリーオーバーしちゃう」
今日に限って言えば、もうとっくにオーバーしてそうだけどそんな言い訳を口にして立ち上がる。
今日の晩は、食べたとしてもお茶漬けくらいかなー?
食べない方がいいかもしれないけど、寝るときまでにお腹空いちゃうと危険だもんね。
「じゃあ、また、あそびにきてね!」
「いつでも大歓迎です」
何とか納得した様子のまゆちゃんとほのちゃんに社交辞令でうなずいて、私は「では」と頭を下げた。
ほのちゃんのためにヒョイヒョイと食材を網の上に乗せていた田中さんが「じゃあ送ろう」と言うまでは実に順調だった。
「えっ、いや、大丈夫ですけどっ?」
「まあまあ」
有無を言わせず田中さんはほのちゃんにトングを手渡すと、「牛はレアでもいいけど、鳥と豚にはちゃんと火を通せ」と指示して立ち上がる。
「もう夕方にだから、バス停くらいまでは送るよ」
「まだ明るいですけど」
田中さんは私の言葉なんか聞くつもりもない様子だった。
冬場ならともかく、日はだんだん延びていく季節だ。個人宅に向かって来る時よりも、バス停に向かう方がよほどナビアプリの信用は出来るというのに「迷うといけないから」と田中さんは譲らない。
押しに負けた私は、仕方なく彼の後に続くことになった。
ものすごくいたたまれない気分だ。
なにせ、二人きり――近くにまゆちゃんさえもいない、完全な二人きりの道中だ。
別にいつもであれば何を思うこともないんだろうけど……今日は違う。これでも酔っぱらった勢いでうっかり告白めいたことを言った方と言われた方だ。
どうしても意識せざるを得ないような気が、とてもする。
さて、来る時の出迎えは諦めてくれた人が、帰りは送ると言った真意はいかに。
とかって、まあ、考えるまでもない感じがするよね。
田中さんも少しはお酒も抜けて冷静になっただろうし、連休明けに気まずくならないようにフォローするためとみた。
こちらから先にお気になさらずと言うべきなのか否か、田中さんに続きながらちらと考える。
だけど私から口にしたら、逆に気にしそうだよなと思った。
そんなわけで、私はおとなしく田中さんの後に続いた。連休いい天気で良かったねなんて世間話を交わしながら、いつ田中さんが話を切り出すのだろうと戦々恐々としていた。
田中家から最寄りのバス停はそう遠くない。ゆっくり歩いたところで十分もあれば到着してしまうはずだった。
結果として、私の思ったとおりのネタを田中さんが口にしたのは大通りまでの坂道を上りはじめたところだった。
「ところでさ」
彼がごく何でもない調子で切り出したときほど要注意だ。
「さっきの話だけど、酔った勢いの戯れ言だと処理しないでもらえると助かる」
話が思ったのと違う方向からやってきたことで、私はその認識を新たにした。
えっと漏らして思わず立ち止まった私を振り返った田中さんの視線が私に突き刺さる。
私の思考なんか見透かしていたような眼差しから思わず目をそらす。
「それは、あの、えーと」
ぼかした内容の中身はまだはっきりは知れない――往生際悪くそう考える私に、半歩近づいて。
「俺が君に交際を申し込んだ件についてだからね」
田中さんは今度は誤魔化しようのないくらいはっきりと告げてきた。
「さすがに結婚前提の件については、早まったと思うけど」
「あの、その」
「変に重く考えてもらっても困るし」
田中さんはそう言ってにっこり笑ったのに、
「でも将来的にその方向を視野に入れておいてくれるといいね」
すぐに前言を翻してこちらを翻弄しようとする。
私はつと彼から視線を逸らした。
「酔いが醒めた割には、ちょっと早まりすぎじゃないかと思います」
「そう?」
だって、将来を視野に入れてとか、ものすごく早まっている。
仕事上での関わりが約一年、私的な関わりはここ最近出来たけどさほど多くない。その中で田中さんが私を将来の相手と思いこむものなんて見せた記憶もないし、実際のところ見せるほどのものもない。
「そういうことはもっとお互い知ってからの話じゃないでしょうか」
「まあ、そうだね。だから、将来的にって言ったよ」
田中さんは否定せずうなずいてくれたけど、なぜだろうか……まともに聞いてもらえていない気がする。
「あのー、料理もしないし、家事の手伝いもろくにしないような女はあまり結婚には向きません、よ?」
おずおずとネガティブキャンペーンを展開すると、田中さんは目をぱちくりさせた。
「ずっと実家暮らしなら、割と普通のことじゃない?」
あっさりと彼は言いはするけど、さあ。
「それをずっと実家暮らしなのに料理男子の田中さんに言われても、ちょっと」
「俺だって必要に迫られて覚えざるを得なかっただけだから。ほら、君がバレンタインに作ってきてくれたケーキもおいしかったから、やる気になれば身につくと思うよ」
「そうでしょうか」
「仕事の手際もいいから、コツをつかめば料理だってすぐ上達するんじゃない? まあ、もし壊滅的に料理がダメなんだったら、俺が代わりにすればいいだけだし」
話をすればするほど将来に前向きな発言になってくる田中さんが恐ろしい。
「まあそういう話はおいおいで。別に今すぐどうこうってわけじゃないから」
じりと身を引いた私を見て田中さんは言ったけど、それだって何のフォローにもなってない気がするのは気のせいだろうか。
気のせい、じゃ、ないよねえ。
今すぐではなくとも、未来への希望に満ち満ちている。何が彼をそうまで駆り立てるのか、謎だ。
誘ってもらったといっても遠慮なく家族水入らずの行楽に参加しただけ。女らしい気遣いを発揮する場面はあったけど、それらをすべて華麗にこなしたのは実際のところ男性である田中さんであり、私は何もしていない。
そこにどんな女性的魅力を感じたのだろうか、彼は。
まさかの尽くし系か?
ああ……まゆちゃんのお世話をこなす姿を思い起こせば、あり得るかも知れない。
つまり気の利かない、非家庭的なところが琴線に触れたんだろう――うわ、ないわあ。それはないわあ。
さすがの私もちょっとへこむわあ。
何も言わない私に業を煮やして「それで、どうだろうか?」とお付き合いについての返答を求めてくる田中さんに、すぐ断りをいれても容易く丸め込まれそうな気がして。
「お互い冷静になって、よくよく考えてからの方がいいと思いますー!」
私は結論を先延ばしすることにした。




