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田中さんのご家族と  作者: みあ
田中さんのご家族と
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田中さんのご家族と 後編

「それで、まあ、わざわざ時間をとってもらったのはね」

 ひどく言いにくそうに田中さんは話を続けた。

「沢口さんにお願いがあるからなんだよね」

「おねがい、ですか?」

 田中さんからのお願いという名の業務命令なら日々受けているけれど、あえて社外で場を設けたからには個人的な話なのだろう。

 こくりとうなずく田中さんの気まずげな様子からすると間違いないと思う。

「私でできることでしたら」

 予防線を張って先を促すと、「まず一つ目は」なんて切り出されるので戸惑う。

「沢口さんが口の軽い人じゃないのはわかってるつもりだけど、うちの妹たちについてはオフレコでお願いできるかな?」

「……はあ」

「一人が女子高生で、一人が幼女とか、年が離れすぎててちょっと恥ずかしいんだよね」

「親子くらい離れてますもんね」

「俺、母親が十七の時に生まれたんだよ……」

 ぽろっとぼやくようにそんな情報を開示されても、困るんですけど。

「実際親子くらい差があるのは自覚してる……」

 田中さんの痛いところをうっかり突いてしまったようで、大変申し訳ない。

「子どもが小学校中学年くらいになってしっかりしてくると、どうも赤子が恋しくなる親らしくて」

「こ……恋しくなるで、子供産んじゃうものでしょうか」

「うちの母親に限ってはそうっぽい。若くして第一子を産んだもんだからなー」

「そういうものですか」

「そういうもののようで。さすがに、次はないと思うけど」

 まあそうでしょうねと私はうなずいた。

「次は、孫を希望されるんじゃないでしょうか」

「孫ねえ……まゆなんか、もう孫的な存在だと思うけど。あり得る話で怖ぇなー」

 嫌そうな顔でぼそりと田中さんはひとりごちた。

「ま、そんなことはどうでもいいや。驚きの年の差についていちいち説明するのも面倒なので、オフレコってことでよろしくね?」

「わかりました」

 わざわざ「お正月に田中さんのご家族と会ったんです」なんて職場で吹聴する必要性なんてない。入社後、指導役としてさんざんお世話になっている田中さんが望まないなら、余計にだ。

 うなずく私に田中さんはほっとしたようだ。

 そんな田中さんに、あの日ドタキャンした友人には「職場の先輩の兄弟の年の差がヤバかったんですけど!」言ってしまったとは――伝える必要はないハズだ。

 風邪の治った友人とのやりとりで、なんというか話の流れで、ねえ?

 別に会社で噂したわけじゃないからセーフ、セーフ。

 そんな感じで話が一区切りしたところで、お膳を二つ抱えてきたおばちゃんがそれぞれの前に食事を置いて去っていく。

 向かい合っていただきますをしてから、

「一つ目って言ってましたけど、他にも何かあるんですか?」

 私は割り箸を割りつつ、続きを促した。

「どちらかというと、こっちが本命なんだけど」

 同じように箸を割りながら切り出す田中さんは、何となく言い出しにくそうなご様子だ。

「なんでしょう?」

「これは無理は言えないんだけど……」

 田中さんは、なかなか続く言葉を見つけられないようだ。内心を露わにするように、割り箸もあちらこちらをさまよっている。

 豚の角煮定食でも良かったかもしれないなあと、田中さんのメインをちら見しつつ、私は構わず食事を開始した。

 メインが違うほかは、ご飯と漬け物、味噌汁、サラダに小鉢二つという定食の構成は私と田中さんのものに違いはない。

 男性客が多いからか、ご飯の量は多め。味噌汁もなんだか具だくさんだ。サラダはキャベツ千切りにキュウリが二枚ほど乗っているシンプルなもの。小鉢はほうれん草のゴマ和えとひじきの煮物。

 店構えもお値段も田中さんが言ったように豪勢とではないように思ったけど、出てきた料理は充実していて渋い色味だけど内容はじゅうぶん豪華だ。

 少しずつ摘まんでみると、田中さんの言うとおりどれもおいしい。

 これはいいお店を知ったかも。でも、女子一人で突撃できる店ではないかも。でも他の物も食べてみたいかも。

 なんてことを、田中さんが話を続けないのをいいことに私は考えた。

 しばらくして。

「予定は合わせるので、もう一度妹たちと会ってくれないだろうか」

「は?」

 不意に意を決した様子で田中さんが言い放ったので、私は驚いてぽろりとたくあんを落としてしまった。

「沢口さんの都合がいい日に、一時間でもいいので」

「……ええと、なんででしょう?」

「まゆが、ずいぶん君のことを気に入ったようで、また会いたいとうるさくて」

「気に入られるようなことした覚え、ないですけど」

「あの子は、誰の何を気に入るかよくわからないから」

 ため息漏らす田中さんはどことなく疲れた雰囲気だ。

「君、最初にあの子と話すとき、しっかり目線を合わせてくれたろ?」

「そうでしたっけ……」

「結論の見えないよく分からない話にもいい感じに相づちを打ってくれたし」

「――あの、それは適当にオウム返ししてわかった振りしただけですけど」

「食事の順番待ちの間も、暇つぶしに付き合ってくれたよね」

「まゆちゃん、折り紙上手でしたね。鶴の折り方さえ忘れていた自分に驚きましたよ」

 乏しい語彙を駆使して、「さんかくでーさんかくでー、こうやってー」と実演しつつ指導してくれるまゆちゃんに、私は密かに感心しきりだった。

「そういう諸々がうちのお姫様はお気に召したらしく、あいりちゃんとまた遊びたい、と」

 妹が目上を敬うことを知らなくてすまない、なんて田中さんは続ける。五歳児がそんなことを知っていたら逆に怖いわ。

「そんなわけでどれだけ先でもいいので、約束をもらえたら助かります。一度希望が通ったら、満足するはずなんで」

 指導役の先輩にそんな風に丁寧に願われて、断れる新人がいるだろうか。

 私は少なくとも三月までは指導を受ける予定で、その先だって配属が変わらない限り、指導役を外れたとしても変わらず田中さんにはお世話になるはずなんだから。

 そういう人に、断りを入れることは難しい。

「えーと、私は構いませんけど。遊ぶといってもたいしたことはできませんよ?」

「それで問題ない。とても助かる」

「田中さんのお役に立てるようで何よりです?」

 本当に役に立つのか疑問に思いながら頷いた私も、ホッとしたようにようやく食事を食べ始めた田中さんも、その時は全く気付いていなかった。

 何にって、幼児のわがままの裏側で女子高生がたくらむ陰謀についてだ。




 女っ気のない兄の恋人候補として、ほのかちゃんは何故か私を気に入ったのだった。

 そんなこととはつゆ知らない私は田中さんの妹たちとすっかり仲良くなり、それからも時折一緒に遊ぶことになった。

 田中さんの申し出にうなずいたときの私は、全く知る由もなかった。

 ほのかちゃんの「ここにいるのは全員田中ですよ」という指摘で田中さんを名前呼びするように誘導されることも。

 それをきっかけに彼との距離が近づき、半年後にはお付き合いをはじめることも。

 数年後、まゆちゃんが成長したことにより、赤子が恋しくなった田中さんのご両親を喜ばせる孫を自分が産んでしまうことも。

 ぜんせん、まったく、予想だにしていなかったのだ。


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