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田中さんのご家族と  作者: みあ
和真さんのご家族と
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5月 バーベキューは連休に 5

 砂の山を石や葉っぱや花びらできれいに飾り付けるのは案外楽しかった。

 まゆちゃんと砂のケーキを真剣に飾り付けたのは、田中さんと冷静に話が出来ない心地だったという不純な動機だったけど、何事もやってみるものだ。

 折り紙の時のようにまゆちゃんが誉めそやしてくれるので、ついつい大人げなく本気を出してしまった。

 というわけで、そんなこんなをしているうちに、ほのちゃんが帰ってきたのは助かった。

「たっだいまー!」

 数時間勉強してきたとは思えないような、疲れを感じさせない明るい声が玄関の方向から聞こえてきた。

 私たちが口々にお帰りを言うと、

「愛理ちゃんもまだいてくれたー!」

 嬉しそうな声を出してくれる。玄関扉が開いて閉まる音が立て続けに聞こえ、しばらくしてからガラリと庭への吐き出し窓が開く。

「愛理ちゃんがおやつにどうぞってシュークリーム持ってきてくれたのが冷蔵庫に入ってるぞ」

「うわーい。ありがとうございますー」

「持ってくるついでに、飲み物の追加も頼む」

「おっけー」

 兄と妹はぽんぽんと手慣れたやりとりを交わした。

「そろそろおやつタイムでもいいだろ?」

 開けた窓を閉めて室内に戻るほのちゃんから視線をこちらに移した田中さんに私はうなずいた。

「まゆもシュークリームたべたい」

「じゃあ、一度手を洗ってこよっか」

 砂山ケーキのおかげで私もまゆちゃんも手が砂まみれだ。テントの下をくぐり抜けて、ほのちゃんの後を追うように私たちも室内に入った。

 不思議そうに首を傾げるほのちゃんに手を洗うのだと説明する。まゆちゃんの導きで洗面所にむかい、用事を済ませて戻ってもまだほのちゃんは台所にいた。

「まゆは飲み物何にする?」

「ぎゅーにゅー!」

「了解。愛理ちゃんは、何飲みます? コーヒー、紅茶どっちでもいれますけど」

「じゃあ紅茶で」

「はーい」

 シュークリーム早く食べたいとまゆちゃんはほのちゃんにまとわりつきにいき、冷蔵庫から出してもらってほくほく顔で戻ってきた。

「あいりちゃん、おそといこ」

「飲み物は後でお持ちしますねー。ホットでいいですか?」

 私はお願いしますと応じて、まゆちゃんに続いた。両手でケーキ屋の箱を持っている彼女を追い越して窓を開けると、にっこりお礼を言ってから先に出て行った。

 荷物置き場のクーラーボックスの上に箱を置いて、まゆちゃんは早速箱を開けた。

「取れるか?」

「だいじょーぶ」

「それ、愛理ちゃんが持ってきてくれたんだからお礼を言うんだぞ」

「あいりちゃんありがと! いっただきまーす」

 家の近所で評判のおいしいシュークリームは、園児の手には余る。それを両手でつかんだまゆちゃんは、がぶりとためらいなくかぶりついた。

 持つ手に力が入っていたのか、小さい子なりの大口によってかじり取られたシューの中からは、とろりとクリームが溢れる。

「うわっ」

 くぐもった驚き声に反応したのは当然田中さんだ。

 ひょいと妹に手を伸ばすと、シュークリームの包み紙からあふれ出したクリームを指ですくう。その指を躊躇なく口の中に突っ込んでぺろりとなめた。

「ん、うま」

「おにーちゃん! まゆのクリーム!」

「服か地面に落ちるところを助けてやっただけじゃないか――ああ、はいはい、わかった。あとでにーちゃんのを少し分けてやるから。おまえもうちょっと気をつけて食べろよ」

 クリームが取られたと抗議したまゆちゃんは納得して続きを食べようとするけれど、どうにも危なっかしい。一口食べるごとに別のところからクリームが溢れるさまに、田中さんは嘆息した。

「もう少し食べやすいものを買ってきたら良かったですね……」

 アウトドアだからケーキよりもシュークリームの方が食べやすいと思ったけど、まゆちゃんに限ってはそうでもなさそうだ。

 田中さんが何とかクリームが落ちないようにはみ出しを教えたりしているのが申し訳ない。

「まあ、お子さまはこういうもんだから」

 最後クリームまみれでべったんべったんの包装紙をまゆちゃんから取り上げながら、田中さんは諦めきった声を出した。

 もちろんまゆちゃんの手にもひっついたクリームを、彼女は丁寧になめ回した。

「おいしかったよー」

 まゆちゃんがにーっこり微笑んだところにお盆片手にちょうどやってきたほのちゃんは、何も言わずに兄にそっと荷物を押し付けると一度部屋に戻っておしぼりを持って帰ってきた。

 おしぼりを受け取ったまゆちゃんが手を拭くのを見ようともせずに、ほのちゃんは田中さんに預けたお盆から飲み物を取って私に手渡してくれた。

 田中さんといい、ほのちゃんといい、よくできたお兄ちゃんお姉ちゃんだ。我が身を振り返ってみてもそうではなかったという思いが強い――まあ、私と弟は年があまり離れていないから仕方ないのだろうけど。

 ほのちゃんと隣り合って座ってからのお茶になった。お互い片手にカップ、反対側にシュークリームを持つという間抜けな姿をさらしながら、お話をする。

 やっぱり話題が豊富なのはほのちゃんだった。

 無味乾燥な塾での講習を面白おかしく話すスキルを少しくらい私にも分けて欲しい。

 そう私は思ったのだけど、

「お前、そんな具合でちゃんと授業聞いてるのか?」

 田中さんは別のことを心配している。

「聞いてるよー」

 言われてみれば、近くの席の生徒のあれこれを話すとか、授業中によそ見をしているってことかもしれないなと思う。

 ほのちゃんはぺろりと舌を出して、兄の心配をものともしていない様子だ。

 まだ今年度も始まったばかり。夏休みもまだ遠い。多少は受験を意識しだしたとしても本腰を入れるにはまだ時期が早いのかもしれない。

 ほのちゃんの様子に田中さんは呆れたように息を吐き――、

「後悔しないといいな」

 そして、さらっと重い感じの一言を口にした。

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