表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
田中さんのご家族と  作者: みあ
和真さんのご家族と
28/37

5月 バーベキューは連休に 4

 結局は、酔っぱらいの戯れ言だ。

 そんなものにいちいち突っかかるのもどうかと沈黙を守ってみたけど、田中さんがつらつらと思うところを語るのは終わらない。

 田中さんが酔った勢いで告白めいたことをすることになった最後の決め手は、うっかり私がバーベキューにお邪魔したからのようだった。

 ――そうですね。

 ご両親が不在のご実家にお邪魔することを拒否しなかった時点で、私が相当量の好意を田中さんに抱いているのは否定しませんよ?

 でも、妹ちゃんがいなかったらそもそも誘われてもいないだろうし、誘われてもお断り入れたのに間違いないんだけど。

「ほのもいないし、どうなることかと思ってたけど……」

 そうですねくらい相づちを打ちたいところだけど、私は何とも言えずに続きを待った。

「君と過ごすのは居心地がいいと思った」

 田中さんの視線は、私のことをまっすぐに射抜き、鼓動がはねる。

 誰にもに通じるほどの飛び抜けて整った人ではないけれど、私の勤めている会社という世界ではイケメン枠に分類される人にそんなことされてドキッとしないわけがない。

 だって、これまで色恋沙汰に無縁だったんだから、免疫ってものがない。

「そそ、それは! ですね!」

 私は冷静になれと自分に言い聞かせながら、慌てて叫んだ。

「バーベキューという非日常な場所で、お酒がすぎたからした勘違いじゃないでしょうか!」

 咄嗟に出てきたにしては的を得ている、いい反論だ。

 私は自分の言葉に満足したけれど、もてあそび続けてベコベコになってきたプラカップをとうとうゴミ袋に捨てた田中さんはご不満の様子を見せる。

「俺にとっては、バーベキューは日常です」

「反論するとこ、そこですかっ?」

「天候にもよるけどオンシーズンは下手すると週一ペースでバーベキューだから」

「多っ」

 いくら自宅でお手軽だといっても、週一って多すぎる――やる方はいいけど、休みのたびにバーベキューの香りが漂っちゃうご近所には迷惑なのでは……って、違う。

「お酒、びっくりするくらい飲んでましたよね」

「あれくらいフツーだよ」

「飲み会の時にそんなに飲んでいる田中さん、見たことありません」

「いやー、さすがに職場の飲みで羽目を外すほど飲むのは抵抗があるもんで。宅飲みだとこんなもんだって。強い方だから滅多につぶれないよー?」

 田中さんはにっこり笑った。

「無茶なチャンポンしたわけでもないし、そんなに酔ってないつもり」

「充分酔ってると思います!」

「えー」

「いつもより陽気でろれつ回ってないですもん!」

「そんなことないと思うけど」

 酔っぱらいは皆そう言うんだ。けろっと言い切る田中さんに対して、どこかで耳にしたことがあるようなことを、つい思ってしまう。

「心配しなくても、酔って記憶をなくしたことはないから大丈夫」

 自信満々に言い切る田中さんにご愁傷様ですと言いたい気分だった。

「酔いが醒めた後、冷静になって後悔してのたうち回るに違いないです」

「そんなことはないと思うなー」

「後で吠え面かいても遅いんですよ!」

「おっ、それは俺と付き合ってくれるということでいいのかな?」

「えっ。いや、ちがっ」

 にやっと笑った田中さんが私の反論を封じるように人差し指をのばしてくる。私の唇に迫ってきたそれが触れるか触れないかくらいの位置で止まった。

「大丈夫、きっと後悔しないから。吠え面かくとか言っちゃう君の言葉のチョイスも好みだし」

 驚いて言葉を飲み込む私に、田中さんはそんな風にだめ押しをする。

 会社でモテている気配はさっぱりないけれど、さすがモテる気配を漂わせるイケメン枠の人だった。田中さんの言葉に淀みはなかった。

「つきましては、妹経由で連絡を取り合うのも間抜けなんで、連絡先を教えてもらってもいいかな? 携帯の番号だけじゃ心許ないから」

「いやいや、待ってくださいよ」

 そう言ったのに、田中さんはちっとも待たなかった。

 未だかつて経験したことがないくらいぐいぐい来ている。そういうところ、さすがほのちゃんの兄だ。

「赤外線とか出来る?」

「あの、あのですね」

「無理ならほのに聞くけど」

 いつも落ち着いた真面目な人なのに。酔っぱらいって怖い。まるで人格が変わったかのようだ。

 昨年度から続く配慮とか気遣いがすっぱりなくなってる。

「待ってくださいよ!」

 声を張り上げて抵抗を試みたけれど、田中さんに聞く耳はないようだ。

「じゃああとでほのに聞こうかな。あ、とりあえず俺のメアドはショートメールで送るね」

 言うなりカバンの中のスマホが着信音を奏でる。

 その行動の早さに唖然とするしかない。間違いなく、確実に、田中さんは日頃の抑制のタカが外れていらっしゃる。

 メールに返信するにしろしないにしろ、ほのちゃんは聞かれたら喜び勇んで田中さんに私の連絡先を伝えそうな感じがする――この際、教えたって別に何の問題もないんだけど。

 酔いが醒めた田中さんが酔った勢いでやらかしたことに後悔して、私に対して過剰にフォローしてくるんじゃないかとか想像しちゃうと二の足を踏んでしまう。

 とりあえず現状、私がスマホを確認する気配を見せなくても、酔っぱらいの田中さんは自分がメールしただけで満足した様子だった。

 ほのちゃんが、本人の許可なく連絡先を教えるわけにはいきませんと理性的に断ってくれることに期待して、メールについては無視することに決める。

 言うべきことを言い切ったとばかりに満足げな田中さんが、話に熱中している間に焦げてしまったお肉を発見して慌てて動き出すのを横目に、私はため息を漏らした。

 ついさっきまでのただただ穏やかな空気が懐かしい。

 一見同じような雰囲気に戻ったけど、人生初の告白を受けた私の心中は波打っている。

 田中さんはダメになった肉を「しまったなー」とか呟きながらゴミ袋に入れて、網を動かしてからバーベキューコンロに新しい炭を追加していく。

 あっという間にさっきまでのことがなかったかのようだった。

「おはなし、おわった?」

「ぅわっ」

 もやもやしながらその様子を眺めていると、不意にまゆちゃんの声が聞こえた。

 さっきまで庭の片隅で砂遊びに夢中になっていたと思ったんだけど、私がぼやっとしている間にいつの間にか忍び寄ってきていたらしい。

 私が驚き声を上げたことにびっくりした顔をしながら、彼女は「あのねー」と明るい声を出した。

「まゆちゃん、ケーキつくったの」

「えっ?」

 ほらとまゆちゃんは自分がいた方を指さした。バケツやらカップを利用して作ったような砂山が、いくつも乱立していた。

「かざるのたいへんだから、おてつだいしてくれる?」

 さっきまでのように田中さんと世間話が出来る気分でもなかったから、私はお誘いにうなずいた。

 できればもう少し早く助けて欲しかったけど――話が終わったか尋ねてきたあたり、まゆちゃんは空気を読んでくれたんだろう。

 そこは空気なんて読まずに関わってきて欲しかったところだけど、人生うまくいかないものだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ