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田中さんのご家族と  作者: みあ
和真さんのご家族と
27/37

5月 バーベキューは連休に 3

 いくら私を無邪気に慕ってくれているまゆちゃんがいるとは言っても、ほのちゃんのいない状態で間が持つのだろうかと正直思っていた。

 お昼休みくらいの間なら大丈夫だと経験では知っていたけど、何せ今日はバーベキュー開始の昼過ぎから講習を終えたほのちゃんが帰宅するまでの数時間だ。

 共通の話題もろくに思いつかないのに何とかなるのだろうかと、少し不安だった。

 だけど実際ふたを開けてみれば、恐れることは何もなかった。

 田中さんがホストとして気遣ってくれたのもあるし、真っ昼間っからお腹に入れたアルコールの効果もあってか、とても楽しく過ごせた。

 まゆちゃんがバケツを持ってうろうろしていると思っていたら、しばらくしてダンゴムシを何匹も捕まえて見せに来るとか、楽しいとは言いがたいトラブル――本人はドヤ顔でとても楽しそうだったけど――もあったけど。

 したり顔で「去年は触ることも出来なかったダンゴムシを捕まえることが出来るようになるなんて、子供の進化は早いよね」とか言い始めた田中さんは、「今後さらなる進化を遂げると、十年後くらいには触りたくもなくなると推測されます」なんて続けた。

 「実例が身近にいるので」と最後に茶目っ気たっぷりに言うんだもんね。

 思わず私はわかりますと応じた。記憶を掘り返してみれば、私だってダンゴムシを丸めようとつんつん指でつついていた時期もあった。

 今はもう、触るのはちょっとご遠慮したい。

 まゆちゃんの行動を見つつ子供時代を懐かしんでみたりとか、職場の自意識過剰なヒトについて愚痴ってみたりとか、現在進行形のバーベキューの話とか、話そうと思えば意外と共通の話題もあった。

 田中さんはずっと網の上に食材を乗せ続けていた。スタートダッシュはすごかったけど、一時間を過ぎたあたりからは網の上を空にしない程度につまみ代わりに肉を焼くといった具合だ。

 「また火をつけるのが面倒だし、炭を無駄に消費するのももったいない」のだそうだ。

「やー、でもホント、愛理ちゃんが来てくれて助かったわー」

 そしてお肉を育てながら、しみじみと田中さんはおっしゃった。

「特にお手伝いもせず、座ってしゃべっているだけのような気がしますが」

「いやいや、それ大事なことだからね」

 缶ビールを数本開けた後の彼の飲み物は、ロックの焼酎に移行している。プラカップを傾けながら田中さんはちらりと妹の方を見る。

「話す相手がいなかったら暇じゃん? たぶん俺、その場合ここにゲーム機持ってきてるわ」

「そうなんですか?」

「そしたら、きっとまゆはもっとこっちに構いに来てる。ゲームする暇があるなら遊べるよねって」

 まゆちゃんは注目して欲しそうにこちらを見たりはするけど、基本一人で気ままに遊んでいる。

 自分の世界に半分入っているようだから、遊ぶと言っても時々ちょこっと何かするくらいだ。そうすればすぐに満足した様子で自分の世界に戻ってしまう。

「一対一で幼児と付き合うのは、正直苦痛」

「そうなんですか?」

 だから、田中さんが続けたように「あそんで」攻撃で大変なようには思えない。

「だって果てがないんだぜ。ずっと見ていて欲しいんだよ、まゆは。なわとびが何回飛べようが飛べまいが、正直どうでもいいっつの。練習したいなら一人ですりゃーいいものなのに」

 毒づく田中さんだけど、それを本人に聞こえないようにこっそりささやくあたり、やっぱりいいお兄ちゃんの片鱗は伺える。

「それに付き合ってくれるのがわかってるから甘えるんじゃないですか?」

「君、俺のことちょっと買いかぶりすぎじゃない?」

 田中さんはこちらを苦い顔で見る。私が「買いかぶっているつもりはないです」と答えると、目をぱちくりさせてから焼酎を一気にあおって、唇を結んだ。

 それから空いたカップに視線を落として、ぐるぐると回す。

 次は何を飲もうかな、そろそろ酒はやめとくか? そーんなことを考えていそうに見える。

 私からすると信じられないほどお酒が強いらしくてパカパカ飲んでいた田中さんだけど、酔っていそうな感じもするし、そろそろ顔がしっかりと赤らんできている。

 こっそりと心の声を想像して楽しんでいたら、田中さんはとうとう意を決したらしい。

 ぐっとカップを握りつぶして、顔を上げた。

「そういうの、正直、すごく困る」

「え?」

 そして飛び出した予想外の発言に、私は間抜けな声を上げた。

 私は、ぽかんとしながら田中さんの言葉を聞くこととなった。

 それはいつものように落ち着いた口振りだというのに、酔っぱらいの発言らしく支離滅裂な内容だった。

「愛理ちゃんのことが魅力的に見えてきて困る」

 だって、困ると言った直後に、さらっと漏らされた言葉がすでにおかしかった。

 目を剥いた私はまず田中さんの正気を疑った。すぐに相手が相当飲んでいる事実を思い出せなかったのは、私だって多少酔ってたこともあるだろうけど余りに驚きすぎたからだ。

 みりょくてき――て。そんな言葉をリアルで吐き出すヒトを私は初めて見た。その対象が自分だなんて経験も、当然初めてだ。

 お酒の勢いって怖いと私は心持ち田中さんから身を引いた。酔いって怖い。

 色気皆無の私にフィルター掛けちゃうあたり、マジ怖い。

 引きがちの私の反応に、理性が崩壊しているらしき酔っぱらいは全く気付く様子がない。きっと再び手元に視線を落としてこっちを見ていないのが一番の要因。

 田中さんは、いかにして私に興味を持ったのかについて話し始めた。

 いつも通りの口振りながら、話の内容はあっちに行ったりこっちに行ったり。よくよく聞けばろれつが回っていないようで、少しばかり舌足らず――ほのちゃんとまゆちゃんをブレンドしたような口振りにさすが兄と感心してしまったのは現実逃避かもしれない。

 田中さんは、妹とのレジャーに嫌な顔を一つせず参加する私のことが好ましいと語った。普通そういう人はいないと。

 これ、遠回しに「家族の行楽に図々しく参加してるんじゃねーよ」って言ってるんじゃないだろうか?

 ついつい穿った聞き方をしてしまうけど、田中さんの言葉は私に対して好意的で解せない。

 なにがどうなってこうなった。

 田中さんの語り口から推測するに――残念ながら、私の言動も田中さんがおかしな結論に至る一因になったようだった。

 ようは、初めて妹さんたちと顔を合わせたお正月。ぐいぐいくるほのちゃんに対して田中さんのいいところを語ったことにはじまる私の好意的な発言に、田中さんはうっかり誤解してしまったのだ。

 あれこいつ、俺のこと好きなんじゃね? と。

 家族のレジャーにほいほい参加しちゃったことがその誤解を後押ししたってわけだ。

 そう悟った私は、顔が熱くなった。

 ちがう、それは断じて違う!

 好きか嫌いかの二択なら、そりゃあ田中さんのことは嫌いじゃない――つまりは、好きを選ぶ。

 だってそうでしょうよ……田中さんはよくできた頼れる先輩だ。直接指導を受けたその人を嫌いと言えるはずがない。

 だけどそれはライクではあってもラブではない。

 田中さんの言葉もライクではないかと思おうとしたんだよ。だけど言葉が重なれば重なるほど、田中さんの語るのはラブ的な何かだと思わざるを得なかった。

 「的な」と言ったのは、酔いの勢いで脈絡なくだだ漏らす田中さんの言葉の方向性が一足飛びに結婚を視野に入れた方向にぶっ飛んでしまっているから。

 先輩に対してどこからどう突っ込んでいいものやら迷うけど、恋を通り越して家族愛的な何かを抱くのやめてもらえませんかね?

 確実に正気じゃないよ、このヒト。

 この間まゆちゃんを間に挟んで三人で並んで歩いた時に、将来を想像していいかもと思ったとか、それ妄想はいってるよー!

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