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田中さんのご家族と  作者: みあ
和真さんのご家族と
25/37

5月 バーベキューは連休に 1

「ソーセージ、おいしいね!」

 隣でまゆちゃんがにこにことソーセージをかじっている。

「そうだねー」

 私はそれにうなずきながら、同じように箸でソーセージを持ち上げた。

 さて、五月の大型連休の中日。私はなぜか、田中家におじゃましている。

 具材は肉とソーセージがメイン。葉っぱものはないけれど、コーンとジャガイモとカボチャだけしっかり用意してあるという謎のラインナップ。

「愛理ちゃんは塩コショウがいい? 俺はネギ塩が一押しなんだけど」

 田中さんの采配は、まるでバーベキュー奉行のようだ。

「じゃあおすすめのネギ塩で行きます」

 具材としての野菜はコーンとジャガイモとカボチャという偏った三択なのにも関わらず、なぜかお手製のネギ塩ダレで野菜分を補っている感がハンパない。

 田中さんはじゃあ塩コショウはなしでとつぶやくと、トングで私の紙皿にカルビを乗せてくれた。

「タレは多めに作ったから、もっさりいっちゃって。足りなかったらまた作るから」

 田中さんの言の通り、小さなボウルにネギ塩は山盛りだった。

「じゃあ遠慮なく」

「おにーちゃん、まゆもおにくー!」

「はいよ」

 アドバイス通り紙皿にたっぷりネギ塩を乗せ、それをカルビに少し乗せてから頬張る。

 うん、塩っけも効いているし、ネギ塩おいしいわー。

 田中さんは甲斐甲斐しく、次々に食材を網に乗せては焼いていく。

「焼き肉のタレとかは、使わないんですか?」

「焼き肉のタレねえ……」

 食材も割と偏ってる感じがするけど、市販されたタレの一切がないのも思い切っていると思う。

 私の問いかけに、田中さんは視線をどこかにやった。

「俺、あれ苦手でさあ」

「そうなんですか?」

「だって甘いだろ?」

「甘いって……辛口とか売ってますよね」

「辛くても変に甘い気がする――っていうのが、ウチの父親の主張で」

 私は目をぱちくりさせる。

「だから、あんまり普通に売ってる焼き肉のタレとか食べ慣れてないんだよね。それが大学の連中でバーベキューした時に初めて食ってみたらさ、確かに妙に甘くて受け付けなくて」

「そうなんですか」

「その時のタレがたまたま俺に合わなかっただけかもしれないけど、別にあえて買う必要性はないという親父の主義に同調しているってわけ」

 もしかして必要だったかと首を傾げる田中さんに、首を横に振って見せる。

「いえ、ネギ塩おいしいですし、塩コショウも好きです」

「だったらよかった。それ、うちの母親直伝なんだ。つっても、小口切りにして塩とごま油を適当に絡めただけのお手軽なものなんだけど」

「それを手作りするというところがすごいです」

「だから、簡単なものだからね?」

 さらっと謙遜してしまう田中さんの女子力に私は恐れおののいた。

 いや、女子力だけではない――てきぱきと火を起こすところできっちり男らしさまで見せつけて、田中さんという人には隙がない。

 私と、田中さんと、まゆちゃん。田中家に今いるのはこの三人だけだ。

 ご両親は仕事の慰安旅行とやらで――ご両親の職場は一緒なのだとほのちゃんが教えてくれた――不在、それからほのちゃんは塾の講習で外出中。

 なぜ私が田中さんとまゆちゃんが取り残された田中家に招かれることになったかと問われれば……うん、なんだろう。

 それは、二日前の昼過ぎにスマホが呼び出し音を奏でたからだった。




 もっぱら文字でのやりとりをしていたから、着信中の名前が田中ほのかとなっている時には驚いた。

 そもそも、電話としてあまり機能していない私のスマホが着信音を奏でることは滅多にないわけで、音楽が鳴っただけで驚きだったんだけど。

「――もしもし?」

 ベッドに横になってだらだらと読書をしていた私は、読みかけのページを枕の上に伏せてから身を起こして電話を受けることにした。

「あいりちゃーん!」

 呼びかけた途端に返ってきたのは、女子高生のものとはとても思えない幼いもので、そのことに再びの驚きを得る。

「えっと、まゆちゃん?」

「うん、まゆちゃんだよー」

「どうしたの?」

「あのねー、いまねー、あやとりしてるの」

「えっと、そうなの?」

 はてこれはいかなることだろうか――口だけは適当に言葉を紡ぐけれど、なにがどうなってまゆちゃんとこうやって話すことになったのか、さっぱりわからない。

「な、なんでお電話くれたのかな?」

「えっとねー、まゆちゃんね、おねーちゃんのでんわ、つかえるの」

「そっか」

「あいりちゃんとおはなししたいとおもったの」

「ありがとうね」

「それでいま、あやとりではしつくっったの!」

 要領を得ないお話に、私は「そうなんだね」と答えるほかなかった。一生懸命に「おにいさんのゆびでひもをこうやってとってね」とか解説してくれる様子は可愛いけど、電話だとやっている姿は見えないんだよ、まゆちゃーん。

 なぜまゆちゃんが姉のスマホで私に電話をかけてきたのか、意図が全く読めない。というか、特に意味もないのだろうな。

 ほのちゃんが放置していたスマホを見つけて、使えそうだったから使ってみた――そのお相手が私だったのは、履歴ですぐ出てきたからとか?

 前日にほのちゃんは、まゆちゃんのドヤ顔を送ってきてくれた。折り紙の裏に筆圧の弱い字で「あいりちゃんまたあそぼうねだいすきだよ」とたどたどしく書いてあるお手紙を掲げた笑顔だった。

 私もお返しに「わたしもだいすきだよ、ありがとう」とハートマークをとばしておいた。そこの画面さえ開ければ、幼児でも通話に持って行くまではそう難しくはないだろう――たぶん。

 この電話は切っていいものだろうか。どこに向かうかわからない幼い会話は、さすが話題豊富なほのちゃんの妹と言っていいだろう。だけどいかんせん、情報量が少なくて意味不明。

 何がとは言えないけれど、とにかく言葉に色々足りてない。

「あっ、まゆ、ちょっとなにしてんのー!」

 だからといって必死におしゃべりするまゆちゃん相手に、無碍に通話を切るのもためらってしまう私の救世主となったのは、電話先のスマホの持ち主の声だった。

「あのねー、あいりちゃんとおはなししてたのー」

 すこし遠ざかった声が無邪気に事実を告げる。えっ、とほのちゃんの声が漏れたのが聞こえる。

「あの、ごめんなさい。まゆが勝手にスマホいじって掛けちゃったみたいで――すごいけど、勝手に電話はダメだよまゆ! ……ああ、ごめんなさい」

 いえいえと返答する私に、「まゆが勝手にいじることが時々あって困ってるんです」とほのちゃんは言い訳しながら重ねて謝ってくれる。

「いいよ。どうせ暇だったし」

 私の連休の予定なんて、人に言えたもんじゃない。

 一日だけ出かける以外は、部屋の片づけをしようかなくらいの緩いものだ。あとは、詰み上がってきた本の消化が出来たら御の字。

 時間を気にせず何時間でも読み続けられるのって幸せだよね。最終日に調整すればいいから、夜更かししてシリーズものを立て続けに読むのだってどんとこいだ。

 だから私としては決してただ暇な訳じゃないんだけど、胸を張って忙しいと言えない感じがする。非リアなことをアピールしているようで気恥ずかしくて、つい乾いた笑いを漏らしてしまった。

 弟がバイトだ、遊びだと連休中出ずっぱりなのを見ると余計に自分のダメさが際だつ気がするよねー。

「いつもお仕事しているんだから、堂々と休めばいいんですよー」

 ほのちゃんは優しくフォローしてくれる。

 それからなんとはなしに世間話に移行したのは良かったんだけど……、

「あっ、じゃあ、明後日! 愛理ちゃん、家に来ません? バーベキューやるんですよー!」

 話の流れで友達と一日遊ぶ以外は予定がないと明かした私にほのちゃんがそう誘いを入れ、近くで話を聞いていたまゆちゃんがそれに盛り上がって断りきれなくなったのが、田中家にお邪魔することになった原因だった。

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