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田中さんのご家族と  作者: みあ
和真さんのご家族と
24/37

4月 年度はじめは穏やか……でもなく。

 さて、新年度が始まった我が社では、今年もいくらかの採用があったようだ。入社式が去年と同様に会議室で行われたという通達された事実くらいしか、生憎と知らない。

 というのも、我が総務部総務課には新人の配属がなかったからだ。一応は同フロアにある総務部人事課と総務課の間には、経理課の存在があり、なおかつ各課の間には本物の壁ではないけれど背の高い間仕切りが存在するからいまいち情報が伝わってこない感じがある。

 総務課には有名な問題児がいるので、他課からいまいち遠巻きにされてる――と思ってしまうのは被害妄想だろうか。

 ともあれ、新入社員という最大の情報源もなく、自意識過剰なうるさい人のせいでよそとの接点もあまりない私には、今年度の新体制なんて知るべくもないことだった。

 誰も配属されなかったのは、本来ならば指導役にあたるはずの三年目の人が自意識過剰だからだと確信してるけど、単に人手が足りているからってこともあり得るかな。

 一人やる気を出す方向性を間違っている人がいるのが問題だけど、その人に指導役を任せるのはとんでもないし……だからといって別の人が指導に回ったら、なんだかとってもうるさくて面倒くさそうだ。

 そんなわけで、去年のままの体制の総務課で、入社二年目の沢口愛理、今年もまだ下っ端です。


 


 新しい子が入ってこないというのは、なんというか張り合いがない感じがするけれど、そんなことで会社の方針に異を唱えられるわけもない。

 ほのちゃんに見立ててもらった服で見た目をこっそりバージョンアップして、自分に気合いを入れる。

 変わらないと言っても、入社初年度いっぱいと期限ぎられた長い新人教育は終わりを告げて、本格的に独り立ちを目指さなければならない。とはいっても、田中さんがしっかり私を指導してくれていたのなんて、最初の三ヶ月くらいだったけどね。

 毎月の流れは理解したわけだから、去年のようにするべきことだけをただこなすわけじゃなくて、プラスアルファの部分を考えなければ。

 偉大な先人(※自意識過剰な人を除く)が効率化に励んできた業務に今更私が新風を吹き込めるかは自信がないけども。

 心意気は大事だよね!

 なんてなことを考えてながら仕事をしていたら。

「沢口さん、ちょっと資料の修正手伝って」

 田中さんに去年は関わらなかった資料の修正作業を依頼されて、まだまだ知らないことがあることに気付く。

「このフォルダの中に入ってるファイル、去年の新人教育の資料なんだけど、とりあえず裏紙に印刷してくれる?」

「はい」

 クラウドの中に入っている資料を一度印刷して、使用するモノをより分けて今年用に修正するのだと田中さんは私に説明した。

「もう新人さん入っているのに、今から教育資料直すんですか?」

「年度末忙しくて、人事の手が回らなかったそうでねー。それならそれで、早めに割り振ってくれていればいいのに」

「うちもうちで忙しかったですけど」

「まあそうなんだけど、あちらさんはほら、ベテランの寺井さんが急遽早めの産休に入っちゃったから」

 それもあって人事はまだ落ち着かないようだという説明に私はふむふむとうなずいた。

 経理課の重鎮サマは今月末くらいから産休の予定なのだと話には聞いていたけれど、繁忙期に無理しすぎたらしく流産の危険性があるとやらで先日から有給消化もかねてお休みに入られたそうだ。

 予定があったからある程度引継は進んでいたのだろうけど、忙しい時期にベテランが抜けた穴は大きいだろうな。

 うん、手が回らなかった事実に納得し、わかりましたとうなずいてから、私は指示通りに仕事を始めた。

 以前の資料の手直しがメインだったから、修正作業自体はそこまでの手間ではなかった。あらかじめ概要を人事から教えてもらっていた田中さんの指示は的確で無駄はなかったし。





 キリがいいところまで作業をしていたら、休憩にはいるのがずいぶん遅くなってしまった。

 田中さんの促しで同時に休憩を取ることにした私たちは、珍しくも連れだって社員食堂に赴いた。

 机は隣同士だけど、いつもは作業の関係でお昼の入りは前後するんだよね。

 というか、あえて田中さんは私と時間をずらしてた面もあるんじゃないかなあ。なーんて今更気付いてみたり、ね。

 指導の関係でつかず離れず仕事中も絡みが発生するのに、休憩時間まで一緒とかちょっとヘビーかなと、気遣いしそうなタイプだもん田中さん。末の妹さんに対するマメさを見るに、なんだかそーんな気がしてくる。

 そんなわけで、昨年度は仕事中ずっとそばで過ごしていたというのに私的な会話を交わすことなんてこれまでほとんどなかったなーなんて今更感じる。

 今年の正月から嘘のようにプライベートで顔をあわせて親密度は上がったはずなんだけど、今だってなんとなく気詰まりな感じがあるのはなんでだろう。

 やっぱり、会話の潤滑剤となる田中さんの妹さんたちの不在が大きいよね。

 だからって、会話のとっかかりにこの間貴方の妹さんに大変お世話になりましたーとか、社食では言えないよねえ。だって、前に釘刺されたもの。年の離れた兄弟の存在は恥ずかしいから秘密だって。

「それにしても、人事の方がそんなに手が回らないなんて、気付きもしてませんでした」

 そうなると自然と、間を持たせるための会話の中身は仕事のモノにならざるをえない。

「島が離れてるし、仕方ないよ」

「それはまあ、そうなんですけど」

 そんな当たり障りのない仕事の話で間を持たして、空いたテーブル席に私たちは向かい合った。

 世間話ついでの午後の作業内容の確認で資料の印刷数を教えてもらって、私はようやく本年度入社の新入社員数を知ることとなった。

 産休に入った寺井女史がいかに優秀な方だったのかとか、勤続年数が私より上な分田中さんはよくご存じらしい。

 寺井さんという人は最初っから人事畑を歩んできた勤続七年目の方だそうで、お腹の子の父親――つまり寺井さんのご主人は営業の課長さんだってことだ。

 仕事上では面倒だからと旧姓で通しているとか、ぜんぜん知らなかった。

 ちなみに本人は訂正して回らなくても面倒がないそうだけど、事務方の処理は面倒なようだ。

「人事に関しては彼女自身の管轄だからいいとして、ウチとか経理は旧姓だと注意が必要でね」

「なるほど」

 一年で一通り知ったつもりでいたけど、まだまだ知らないことはあるものだった。

 ふんふんうなずきながら、私は世間話を装った指導に耳を傾けつつ食事をする。

「ところで」

 田中さんが話を変えたのは、食事が終わろうという頃合いだった。

「土曜に、ほのが大変お世話になりました」

 軽く頭を下げる田中さんを見て、私はポカーンと口を開けた。

 以前に家族のことはオフレコって言った人が、突然何をおっしゃるのかと思わず周囲を確認してしまったあとで、納得した。

 休憩の入りも遅かったし、近くに人影はない。誰もいないというわけではないけれど、声を抑えれば誰にも聞こえないと踏んだのだろう。

「こちらこそ大変お世話になりました」

 私こそがお礼を言うべきだと頭を下げると、

「あいつお昼までごちそうになったんだって? 改めてお礼を言っておいて欲しいって言ってた」

 田中さんはそんな風に言う。

「いやいやいやいや、そんなの大したことないですから! ほのちゃんは私のために親身に付き合ってくれて、ほんとお世話になったのは私の方ですから! お礼を言うのは私の方だと伝えておいてください!」

 慌てて言い募る私を見る田中さんは生暖かそうなまなざしだ。なんだか「いい大人なのに女子高生に世話になるってなんなの?」って思われているような気がする。

 だって疎いんだもん。

「ほのちゃんに一から十までアドバイスを受けたので、これからちょっとあか抜けてみようかと努力するところなんです」

 恥を忍んで白状すると、田中さんは首を傾げる。

「あいつにアドバイス受けるって……沢口さん」

「あの、言わないでいただけます? ちょっと自分でも女子高生におしゃれ指南受けるのはどうかと思ったりしてるんで」

 田中さんは私の言葉に苦笑するしかないようだ。

「ほのは押しが強いから、負けないようにね? 今でも沢口さんは十分職場になじんでるし、上司だって好ましく思っているようだから」

「あはは、そーですか」

 優しい言葉に私も思わず苦笑いする。気を使っていってくれるのは嬉しい気がするけど、地味なところをおじさんたちに気に入られても正直微妙。

「アドバイスを受けたところで、結局センスに欠けるんで、あか抜けると言ってもたかが知れてるんですけどね」

 水を向けてくれたついでに、私は土曜日のほのちゃんのアドバイスを田中さんに話して聞かせる。

「ほのちゃん、私に膝上丈のスカートとかまで勧めるんですよ!」

「えっ」

「引くでしょう?」

 驚き顔の田中さんの方に私は身を乗り出す。

「いや、そんなことはないけど――でも、買ったの?」

「買いませんよ」

「やっぱり。そういうのは沢口さんぽくはない感じがするよね。でも、沢口さんスタイルがいいし、そういうのも似合うんじゃない? あいつも似合わないモノは勧めないと思うよ」

 さっくり落とした後に、さらっと誉め言葉を吐き出す田中さんの気遣いが怖い。持ち上げたいのか下げたいのかどっちなんだ!

「ありがとうございます?」

「まあ、自分の好きにするのが一番だと思うよ。ほのの言うことなんか半分くらい聞き流してさ」

「聞き流すどころか、三分の二くらい理解不能ですけどね」

「あー、うん。俺もわからない」

 そりゃそうだよと思ったけど、余計なことは言わない方がいいだろうな。

 私はごまかし笑いを浮かべて、食べ終わったランチのトレーを持ち上げて話を切り上げた。


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