4月 念願のショッピング3
食事をしながら買うモノの内容を詰めて、私たちは午後の行動を開始することになった。
その間に、「お昼をおごる」と「気を使わなくていいです」のやりとりがあったのは余談だ。
この間から田中さんに色々出してもらっていることに加えて、今日のアドバイスがとても役に立ったからと最後は押し切ることに成功したけど、ほのちゃんは恐縮しきりといった様子だった。
「気を使ってもらっちゃうと、一緒にお出かけしにくくなっちゃいます」
そんな風にほのちゃんが言うので、
「文句はこれまで私に財布を出させなかった貴方のお兄さんに言うといいです。和真さんから受けたご恩を代わりにほのちゃんに返してるだけだからね」
なんて答えておいた。何か複雑そうな顔で、彼女はうなずいていた。
そんなやりとり以外は、あれがかわいいのこれがいいのといったものがメインの楽しいものだった。
想定していた予算はオーバーしたけれども、私はほのちゃんのおすすめのほとんどを購入した。大丈夫、しばらく今日買った服で生活するんだから問題ない。
色々教えてもらったから、夏の終わりくらいまではなんとかなりそうだ。
できれば秋辺りにでもほのちゃんにはもう一度買い物に付き合ってもらえたら嬉しいんだけども、さすがに受験生には無理が言えないな。
紀子に付き合ってもらって今日みたいに買い物……できるかなあ。あの子と一緒だと、本屋とゲーム屋と雑貨屋と食べ物屋しか基本行かないもんね。
まあ、先のことは気にしたって仕方ない。
今を楽しまなきゃ。私たちは途中で目星をつけた商品を買い込みながら、午前中は素通りだった雑貨屋やアクセサリー屋も見て回った。
「愛理ちゃん、ヘアアクセサリーは使わない主義なんですか?」
ためつすがめつ目に付いた商品を見ながらほのちゃんは聞いてきた。
「いつも、黒ゴムで結んでいるようですけど」
「う」
私は痛いところを突かれた気分で口ごもった。
ミドルからロング丈の間を行き来する私の髪がショートになったことは記憶にある限りない。いつも美容室では「結べるくらいの長さに切ってください」と伝えて切ってもらう。
ショートだと頻回行くのが面倒くさいし、結べるくらいじゃないと邪魔だと感じてしまう。それが色気のない黒ゴム――一応、茶色とか紺も持ってるけど――なのは、服と同様おしゃれに疎いからだ。
ヘアアクセサリーが多種多様にあるのは知ってるし、かわいいとも思う。欲しいと思うことがこれまでなかったとは言わないし、決して持っていないわけじゃない。
「不器用だし、センスないんだよね」
だから、使うことだってあるにはあるけど。どうにも、それが自分に似合っているか――あるいは、その日の服に合っているのかどうかの判断が私にはつかないのだった。
コーディネートでまとめるとか、ホント、意味が分かんないんですよ非モテ系女子には! このまま順調に干物系へ進化できる自信がある。
「愛理ちゃんはもうちょっと自分に自信を持ってもいいと思いますよ?」
「ほのちゃんは私の残念さを甘く見てると思うよ」
「変なところで自信たっぷりって……」
私の答えに絶句した様子で、ほのちゃんは手に取ったアクセサリーをそっと棚に戻した。
「バナナクリップなら難しくないと思うんですけど――そういうことならとりあえず百均、行きましょう!」
「えっ?」
「いい方法があります」
ほのちゃんは決然とした様子でその店を出ると、迷いのない足取りで進み始めた。
「くるりんぱって、わかります?」
その道すがらの問いかけに、私は答えることができなかった。
言うまでもなくわからない。
「それって、何?」
「ご存じないですかッ」
「ごめんね疎くて」
おしゃれという奴に相当疎い自信はある。ほのちゃんの様子を見るに、相当有名な何かのようだ――話の流れからすると、ヘアスタイルの何か?
「簡単なので不器用さんでも大丈夫なのにかわいいと結構前から話題のヘアスタイルです」
はたして、彼女の説明はそんなモノだった。
「別に道具なんてなくても出来るんで――試しに、レストルームで挑戦してみます?」
「お、お願いします?」
見た方がわかりやすいですもんねとにっこりして、ほのちゃんと一緒に化粧室に籠もった。
「一度やってみるんで、見ててください」
鏡の前に陣取ったほのちゃんは、鏡の前のイスに座った。
「ほどきまーす。手グシでやっちゃいますねー? とりあえず首の後ろで結びまーす」
二つに分けてゆるく三つ編みされていた可愛くまとまっていた髪をほのちゃんはためらいなくほどいた。
言ったとおりに一つにまとめて首の後ろで結ぶところまでは、私にだってわかるしできること。
それを。
「そんで、結び目の上のところに下から指をつっこんでー、まとめた髪を引っ張りまーす」
「おお……おお?」
「そうするとほら、このとおり」
それは、誰かがしているのを見たことがあるヘアスタイルだった。よくまあそんな複雑そうなことが出来るなと思ってたけど、ほのちゃんの作業量からすると、そう難しくも複雑でもなさそうだ。
「バレッタとかを使うといい感じになるけど、こうするだけでも結構見栄えがするでしょう?」
私はこくこくとうなずいた。
「自分の髪だけでするから、合わせるとかそういうこと考えなくてもだいじょーぶ!」
力一杯言い切るほのちゃんに私は勇気を得た。
「愛理ちゃんもやってみましょーか」
「えっ」
「やってみなきゃできるかわからないですし。難しそうなら百均でくるりんぱ用のグッズ買いましょー。棒にわっかがついたようなものがあって、それを使えばもっと簡単だそうです」
「だそう、って?」
「自分の手でも出来るんで、私は持ってないから聞いた話ですけど」
なのになぜグッズのことを知っているのか、不思議だ。
「百均って面白いモノいっぱいあるから、時々友達と放課後見に行ったりするんですよー」
私の疑問を感じ取ったようにほのちゃんは言った。
立ち上がった彼女に促されて、今度は私がイスに座る。一度髪をほどいて、教わったとおりに髪を結んで、結び目の上に指を通してと、行程を踏んだんだけど。
「なんだか、髪がぼさっとする……」
ほのちゃんと同じようにしたはずなのに、手で触った感じに違和感がある。巧く髪を通せていない気がする。
「どう?」
「う……うーん、慣れの問題のような気がします」
フォロー力のあるほのちゃんが言葉を濁す辺り、完成度は高くないようだ。
コンパクトの鏡を使って自分でも後ろ頭を見ようと思ったけど鏡が小さすぎてよくわからなかった。
「百均に便利グッズがあるなら、買ってみる」
「慣れるまでそれがいいかもです。全部まとめるんじゃなくて、ハーフアップでくるっとするのもいいと思うし」
「慣れるかなあ……三つ編みくらいなら私でも出来るんだけど」
「じゃあ大丈夫ですよー。世の中には三つ編みが出来ない人もいるらしいですよ」
「えー?」
「だってそれこそ、三つ編み用のグッズありますもん」
あれはかえって面倒な気がするんですよね、なんて言いながらほのちゃんは私の不出来な頭を直してくれた。
ハーフアップにくるりんぱ。さわった感じがふわふわして落ち着かない感じがするんだけど「これでおっけーです!」とほのちゃんは自信たっぷりだ。
私もこれで少しは女子力って奴が上がるかな……ダメだろうな。結構前から流行っていて簡単なヘアアレンジを今更知った上に自力じゃ出来ないレベルでは。
出来ると言った三つ編みも、さっきまでのほのちゃんみたいにゆるふわっぽいアレンジとか出来ないし。やったら昔のがり勉女子学生みたいになるし。
あー、ほのちゃんみたいに親切に教えてくれる友人がいればいいのになー。ホントいい子だ、田中さんの妹は。きっと滅多にいるものじゃない。
私は貴重な機会を存分に活用して、女子高生に最近のおしゃれのことをあれこれ学んだのだった。




