4月 念願のショッピング1
科学館から帰ってすぐ後のやりとりで、私とほのちゃんは今度こそ二人で買い物に行くことになった。
確か春休み頃にはセールがあるはずですというほのちゃんに、私はじゃあそれでと応じたのだった。
年度末の仕事はどうも忙しいらしいと田中さんの妹であるほのちゃんが教えてくれたので、約束は四月はじめの土曜日ということにした。
入社してようやく一年の私でも確かに年度末は書類処理に追われたのでまあ悪くない日時設定だったと思う。新年度になったばかりで忙しさ起因の疲れがとれていなかった現実を思えば、もう少し後でも良かったかもしれないけど。
でもそうすると今度は、ほのちゃんの学校が始まってしまう。
しかも、ほのちゃんは今年は受験生なのだそうだ。
約束するまでのやりとりの中で彼女は「最後にぱーっと遊ぶんです!」と私に宣言したけれど、もう少しは遊べるんじゃないかなあとは思う。ただ、一応友達枠に入れてくれているようだとはいえ、兄の職場の同僚である私に付き合ってくれる機会はそうは訪れないのだろうな。
――そこで私はこの機会に思い切って、流行に乗っ取った春夏物を買い込もうと意気込んでいる。
待ち合わせは、彼女と初めて出会ったショッピングモールにした。
時間はオープン直後、場所はインフォメーションのそば――ということにはしていたのだけど、パステルカラーに身を包んだほのちゃんは駅からの移動中に私を見つけて後ろから声をかけてくれた。
春らしい装いのまばゆいほのちゃんに対する私の地味カラーよ……いまいち冬らしさの抜けきれない自分に朝イチから少々落ち込みそうになる。
だって、ほら、4月はもう春だとはいっても、まだ朝は寒いじゃない?
職場のデスクだって足下から冷えてくるからさ、ついついパンツスーツの下にこっそりレックウォーマーを履いたりしちゃうもん。
あれは危険なアイテムだ。暖かくなってきたような気はするけど、脱ぐと冷えて風邪引きそうな気がしていつまでも手放せない。さすがにそろそろ膝掛けは卒業したんだけど。
さすがに今日はおしゃれしたつもりだけど、十代の若さを存分に身にまとうほのちゃんに比べると……うん、地味だ。
もうちょっと春らしい色合いを私も取り入れていくべきかもなあ。
淡い色合いをうまく着回す自信がないから、どうしても手持ちが似たような色ばかりになってしまう。
「そうですねえ」
あいさつのあとそういうことを話してみると、ほのちゃんはちょっとばかり思案顔になった。
「たとえばどんな色のどんなものを持ってます?」
「それが、言うほどバリエーションはないのよねー」
私はクローゼットの中身を思い浮かべる。
「黒とネイビーとグレイのスーツのセットがいくつかでしょ?」
「それ、就活アイテムってやつじゃないですか?」
「そうなんだけど。シャツは一応おしゃれなのもそろえてみたりして」
「なるほど――でも、あの、おにーちゃんの職場ってそんなにがっちがちにしなくても、オフィスカジュアルとかいうやつでいいんじゃないです?」
ほのちゃんの問うような視線を感じて、私はつと顔を逸らした。
「そういうのを着回せたら一番なんだろうなと思うんだけど、センスがね」
「着回し特集している雑誌とか、読んだりしないんです?」
「見たこともないとは言わないけど、あんまり。だってああいうのは綺麗なモデルさんが着るから映えるんであって、私がそのまま取り入れても似合うとも思えないし」
「じゃあショップの店員さんにアドバイスとかしてもらうとか」
「ああいう人たちってお世辞を言って買わせようとしてくる気がしない?」
だめだ、ほのちゃんの質問に答えるたびに自分のダメさ加減が際だつ。
「プロがダメなら、お友達とか」
「非モテ系女子の友人におしゃれなモテ系はいないのよー!」
「ええと、職場は……」
「和真さんを含め、同僚で年が近い方は男の人だし。かといって、同期ともあまり関わりがなくって。もう少し上の諸先輩方はあんまり仕事の関わりもないしアドバイスも受けがたくて……そんなわけで、女子高生にアドバイスを求めて申し訳ないっす」
言えば言うほど、なんだか私ってボッチな感じがするよね……。
自意識過剰な方がなあ、自分はふらふらしてやがるくせに人には厳しいのがいけないよね。こっちは一応後輩なもんで他部署の同期とお話ししてるのを目撃されて「お前、世間話してんじゃねえよ」とか言われたら、はいと聞くしかないのが一番の原因だよね。
本音を言わせていただくなら、あんたにそんなこと言われたくねーよ、なんだけど。
職場はお友達を作る場所じゃなくって仕事をする場所なんだと自分を誤魔化すしかない現状だ。
情けなく思いながら、おそるおそるほのちゃんを見ると、今のところ呆れた気配はない。
「私は、ウィンドウショッピング大好きなのでどんとこいですよ!」
にっこり笑顔で請け合ってくれるほのちゃんは天使か。兄の職場の同僚なんて遠い存在に付き合ってくれる妹ちゃんなんてきっと普通いない。
田中さんやまゆちゃん込みで遊びにでた時は比較的落ち着いて見えたほのちゃんも、妹がいない今はずいぶん張り切っている。今にもスキップしそうなウキウキぷりなので、心底今日という日を楽しみにしてくれているようだった。
「愛理ちゃんとお買い物に出るに辺り、私はお勉強してきました!」
「え?」
えへんと胸を張ったほのちゃんは、ぽかんとする私を置いてさっと近くにあった休憩用のイスに座った。
「愛理ちゃんも隣にどうぞー」
そしてひょいひょい私を手招きしながら、ジャケットからスマホを取り出す。それをさささっといじってから、私の方に画面を向けた。
「えっと、何これ」
「この辺りが、愛理ちゃんに似合いそうだなーと思って」
ほのちゃんが指さすのは、モデルさんの写真のようだ。雑誌を撮ってみましたというような画面上をほのちゃんの指先が踊るように操作する。
「愛理ちゃんの雰囲気的に、オフィスではキレイめが合うと思うんですよー。プライベートならかわいい系もお似合いだと思うんだけど!」
ほのちゃんは「ほら、これとかこれも」と楽しそうにスマホを操作する。
その画面は――そうか、あれだ。雑誌をカメラで撮ったのではなくて、雑誌を読むことができるアプリのようだった。拡大したり縮小したりしながらページを繰ったり雑誌を変更したりとほのちゃんの動きはせわしない。
数度一緒に過ごしたとはいえ、あまり縁のない私のためにそんなものまで使って研究してくれたなんて驚いて、嬉しいような面はゆいような、あるいはちょっと情けないような気持ちになる。
読書は好きでもファッション雑誌に疎くて何を買っていいかわからないような私には便利そうな代物だ。あとで詳しく聞いてみようと思いながら、ほのちゃんのアドバイスをふんふんと聞いていく。
彼女のおすすめを私の好みに照らし合わせて、今日の獲物の目星をつけてから、私たちは再び行動を開始した。
まずは買わずに、狙うアイテムがどこにあるのか探すのだとほのちゃんは言った。
「同じようなシャツでも、お店によって違いがありますから。少しでもいいものを買いたいですし」
「そういうものなの?」
「そーです! 高くてもいいものを買うか、安くてそこそこのもので妥協するか財布との相談もしなきゃですし」
「なるほど」
「それに買った後で、別の店でより好みのもの見つけたら悔しいじゃないですか。だから、私は時間があるときは一通りさらーっとあちこち見て回ります」
いいですか、とそこでなぜか遠慮がちに上目遣いに確認してくるほのちゃんに否やはない。
「もちろんいいよ。今日はほとんど私のためにほのちゃんの貴重なお休みをもらってるんだから、先生のおっしゃるとおりに行動します」
おどけて応じるとほのちゃんはにこっとして、それから当人曰くの一通りさらーっと見るという行動を開始した。
それは私にとってはこれまでにない、じっくりと濃厚な時間だったことを付け加えておく。




