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田中さんのご家族と  作者: みあ
田中さんのご家族と
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田中さんのご家族と 中編

「おはよう、ございます」

「ああ、うん。おはよう」

 仕事始めの日、あちこちで「あけましておめでとう」の声があがる中で、私と田中さんは戸惑いがちにいつもの挨拶を交わすこととなった。

 指導役と新人という関係上、私たちの席は隣同士になっている。

 お互い気まずいことこの上ないと感じているようなたどたどしさだった。

 本当にね、うん。

 ものすごく気まずいよね。

 初めて何の裏もない――新歓とか、慰労会とか、忘年会とかそういう仕事の延長線上にない――プライベートでの関わりは、間に田中さんの妹さんたちを挟むことによってこう……。

 普通では考えられないくらい、漏れちゃまずいことがいろいろダダ漏れになったよね。

 特に田中さんは、真に無邪気な園児と、無邪気さを装った女子高生と、うっかり口を軽くしちゃった職場の後輩によって色々なことを言われていた。

 女子高生に向かって「田中さんと三人で歩いているのを見た時に親子連れかと思った」なんて言っちゃった罪悪感で、ほのかさん改めほのかちゃんの「おにいちゃんの職場での様子を聞きたいな☆」という質問についついぺらぺらと、喋っちゃったんだよね。

 とはいっても、田中さんは実によくできた優しい指導者なので、だいたい誉め言葉だったよ?

 ただ、真面目とか、優しいとか、落ち着いているとか、私が誉めるたびにほのかちゃんが吹き出していたので、誉めたはずの田中さんは複雑な面もちだった。

 田中さんは家族の前では、職場とは明らかに雰囲気が違う。会社では社会人として取り繕うべき外面を多少は装っているんだろう――ちょっと妹に対する口は悪いけど、優しいところは変わらないと思う。

 ぶうぶう文句を言いながらでも、妹につきあって元旦からショッピングにきて荷物持ちくれるあたり、優しいでしょ? うちの弟なら「はぁ?」とかいって蔑んだ目で見られるだけで、きっとついてきてくれることさえない。

 とにかく職場ではまじめーでやさしーい、どちらかといえばモテ系の気配漂う落ち着いた田中さんだけど、ほのかちゃんが言うには、家族の印象としては口が悪く、意地も悪い長兄なのだそうだ。

 「私が小さい頃はすごく優しかったんだけどなあ」ぽつりと漏らしたほのかちゃんは、「おにーちゃんは反抗期の延長線上にあるんですよ!」なんて続けていた。

 失敗をさりげなくフォローしてくれた話なんかで私は田中さんの優しさについてアピールしてはみたけど、兄は意地が悪いと信じて疑わないほのかちゃんにはまともに受けとってもらえなかったので単に自分から恥をさらしただけだったかもしれない。

 しっぶい顔で黙り込んでいた田中さんがよけいなやりとりしやがってとか思ってても不思議じゃない。

 家に帰ってからそんなことに気付いて、「ぎゃー」とか「うわー」とか叫びながら布団の上でごろごろ転がって、後悔しきりだったんだよね。

 それだけでなく、いろいろやらかしちゃったもんさー。

 今日まで数日間、年明けの仕事が怖いと思っておりましたよ……。

 とはいえ、田中さんは私よりも大人。「先日はどうも」なんて余計な言葉を挟む暇もなく、年賀状の仕分けをするように求められた。

 ポストにごっそり入っていた年賀状は結構な厚みがあり、ひとり無心で仕分けをし、社内中を歩き回っているうちに午前中がほとんど終わっていた。

 昼休みまでの残り時間を書類整理に割いているうちにいつの間にかお昼をまわり、

「沢口さん、たまにはお昼を一緒にどう?」

 そんなお誘いが田中さんの口から放たれるまでは実に調子が良かった。

 へあっと思わず間の抜けた声を上げた私は、有無をいわさぬ田中さんの視線にかくりとうなずいた。

 朝の気まずい挨拶からの何もなかった午前中で何事もなく元旦の話は流れたと思ったのに!

 これはあれですか、妹の前で褒め殺しが超恥ずかしかったから今後控えてくれとかそういうお叱りが待ってるんですか?

 真面目さが突き抜けている田中さんは、例え指導をしている後輩でもそうそう誘うような人じゃない。フォローが必要だと感じた時とかに、月に一度あるかないかって頻度だ。

 それが仕事上問題ないのに断りは許さんと言いたげな態度で誘ってくるとか、とっても怖い。

「年始だし、豪勢にいこうか」

「そうですね」

 なんだかドナドナ気分でうなずいてから、私は先導する田中さんにつき従った。

 我が社には一応社員食堂なるものがあるけれど、豪勢にという宣言通り田中さんが向かったのは社外だった。

 安さが魅力の社員食堂のメニューはおいしいけれど種類が貧相なので――なんせ、日替わりランチと日替わり麺の二種類しかない――、外に向かえばどこでもメニューの充実した豪勢なランチだ。

「何食べる?」

「大抵のものは食べられるのでどこでも。詳しくないので、田中さんのおすすめのお店でお願いします」

「了解」

 どこに行くと特に説明を加えることなく、田中さんは歩きはじめた。

 田中さんは無口なたちのようだと、私は元旦に出会うときまで信じていた。あの日、妹に対して思ったよりも多弁だったことを考えると、ボロが出ないように口数を控えていたのかもしれない。

 案外、口が悪かったもんね。今更私に対して控える必要はないように思うんだけど、あの日も私には気を使ってくれてたからなー。

 やっぱり田中さんは優しくて気遣いの人だよねー。

 有無をいわさない態度はちょっと怖かったけど、たぶんきっとそう悪いことにはならないだろう。なんて、気を取り直しながら私は田中さんの後に続いた。



 案内されたのは、豪勢にといった割には古ぼけた店構えの定食屋だった。だけど使い込まれた味のある机は清潔に保たれていて、物を大事に使っている感じがする。

 慣れた様子で空席に向かう田中さんの後に続いて、私は彼と向かい合って椅子に腰を下ろした。

 おっしゃれーな感じの全くない店内だからか、店内のほとんどは男性客だ。

「言うほど豪勢な店じゃなくて悪いけど」

 コピー用紙に手書きされたメニューを私の方に向けながら田中さんはこそっとした声で言った。

「でも、どれでもうまいから。何にする?」

「えーと、そうですねー。……うん、サワラの味噌漬け定食にします」

 了解とうなずいた田中さんは、忙しそうな店のおばちゃんを呼んだ。

 あっつあつのおしぼりと温かそうなほうじ茶を持ってきたおばちゃんに注文を通してから、田中さんはおしぼりで手を拭いた。

「悪いね、突然誘ったりなんかして」

「大丈夫です。あの、もしかして元旦に何か失礼をしてました?」

 もしかしてもなにも、まあ割と失礼だったよなあと思うけど。とりあえず何か言われちゃう前に申し訳なさそうな感じを出してみる。

 だってねえ。

 正月早々妹に連れ出される羽目になった田中さんも、まさか最終的に職場の後輩の買い物につきあわされることになるとは思ってもなかったはずだ。

 あの日、渋い顔を崩さない田中さんの様子に慌てて話を逸らそうと「私、福袋ねらいなのはおしゃれに自信がないからでー」なんて自虐的に話を振った後の、ほのかちゃんとまゆちゃんの盛り上がりと言ったら。

 特にそれはない組み合わせを、これが可愛いと可愛くごり押ししてくるまゆちゃんの無茶ぶりといったらもう。

「おにーちゃん、まゆをお願い!」

 宥めるのに疲れたらしいほのかちゃんが田中さんにまゆちゃんを押しつけたことで事なきを得たんだけど……。

 買い物が一段落した後にキッズスペースに二人をお迎えに行くと、アニメをガン見するまゆちゃんの後ろで所在なさげにたたずむ田中さんを発見しちゃって、ね。

 ほぼ私の為に費やされた時間、まるで父親のように妹を見守っていたであろう田中さんに申し訳なさを感じたよね!

 どこか途方に暮れたご様子の田中さんに、休憩がてらお昼にしましょうとあの日誘ったのは私の方で。

 だけど、さんざん並んだ後で入ったバイキングのお店でも田中さんは「お父さん」然として、まゆちゃんの世話をあれこれ焼いていたんだった。

 五歳となれば上手に一人で食べることはできるみたいなんだけど、あれ取ってきてだのこれ飲みたいだの言われて、頻繁に立ったり座ったりしていた。

 最後はつつき回された残りのおかずを残すわけにいかないと食べる田中さんには哀愁が漂っていた気がする。

 ほのかちゃんは「おにーちゃんはたくさん食べれるもんね」とお皿に盛りもりのデザートに舌鼓を打っていたし、残した当人のまゆちゃんも田中さんが盛りつけてきたなんちゃってパフェを前にご満悦で。

 兄という生き物は大変なのだなと、私はつくづく思った。

 たぶん田中さんが特別優しいお兄さんなのだろう。ほのかちゃんとも十歳くらい離れていて、まゆちゃんとは親子ほどの年の差があるんだもんね。自然と守り導く立ち位置になるのは仕方ないよねー。

 ってところまで思い返して。

「……あの日は大変お世話になりました」

 どう考えてもそう言うべきだろうと私は頭を下げた。

「いや、別に俺は何もしていないから」

 応じる田中さんはやはり私よりも大人だ。

「せっかくご家族でお出かけだったのに、ほのかちゃんを長いことお借りしましたし」

「それは逆に助かったから」

「え?」

「あいつの無軌道な買い物の相手を自分でしなくていいのは良かった」

「はあ」

「沢口さんがタイミングをみて声をかけてくれたおかげで、昼飯も早めにとれたし、お茶だってできたろ? 最後はそろそろ帰る時間だからって上手に切り上げてくれたし」

「あのー、そんな風に言ってもらうようなことをした覚えはないですけど」

「そんなことはないよ。いつもなら疲れ果てたまゆが夕方になるとだだをこねて大変なのに、君の声かけのおかげであっさりと帰る気になってくれたから」

 それは、私の言葉を聞いたほのかちゃんが「あいりちゃんくらいおおきいおねーちゃんが帰る時間だからまゆも帰らないとねー」とフォローしたからのように思うけど。

「少しでもお役に立てたのでしたら幸いです」

 家族の間に割って入って、夕方近くまで付き合わせて、迷惑しかかけていなかった気がするんだけど。

 気にすることないとばかりにさらっと田中さんが言ってくれるから、否定はしないでおいた。

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