3月 ホワイトデーに科学館 1
『テストが終わったので愛理ちゃんと遊びたいです!』
ほのちゃんからの連絡にいいよと応じたのは、そろそろ春物が気にかかるからという理由もあったけど、半月ほどのやりとりで気心が知れてきたからだった。
二人で買い物に行くつもりで返事をしたつもりが、
「沢口さん、本当にうちの妹どもに付き合って科学館に行ってもいいの?」
翌日に田中さんに申し訳なさそうに尋ねられたことで意志疎通が出来ていなかったことを悟った。
「えっ、あっ、ええ」
ほのちゃんと買い物に行くつもりだったことによる動揺を露わにする私に、田中さんは「ほのはぐいぐい来るけど、ちゃんと断った方がいいよ。いやむしろ俺が断っておく」と気遣ってくれる。
私は田中さんの方こそお忙しくないですかと気を使うふりで話を誤魔化した。
バレンタインを動物園で過ごした田中さんにはその後も特にお付き合いの相手は現れていないようで、問題はないと当人はおっしゃる。
動物園に行った日、田中さんはインドア派だと言っていた。室内のどこに出かけるのかと聞いてみたのはいいけど、「昔科学館に行ったことがある」と教えてくれたのは今思えば悩んだ末の発言だったような気がする。
お出かけ自体あまり好きではないのだとしたら、田中さんにご足労願うのも申し訳ないんだけどな。
だけど、まだ私と遊んでくれる気があるらしいまゆちゃんの話も聞いていたから、田中さんがいいのならまあいいかと気を取り直した。
さてそんなわけで、次の約束は動物園のほぼ一ヶ月後ホワイトデー前日だった。
今回は科学館の最寄り駅での待ち合わせということになった。
科学館は街中にあるからお互い公共交通機関を利用すると、そうするのがちょうどいい。途中までは定期もあるしね。
「あっ、あいりちゃーん!」
電車を降りて改札を通り抜けたところで、元気の良い声が耳に届く。
視線を向けた先、人混みの向こうの壁際にはすでに田中さんたちの姿があった。大声を出したまゆちゃんの口を田中さんは大きな手で塞いでいて、ほのちゃんはさりげなく兄妹から距離をとって知らん顔をしている。
幼い大声に視線を向けた人は少なくなかったけど、誰もが急ぎ足でどこかに向かっていく。私がゆっくりと進んでいく間に、田中さんたちに向けられた視線なんてとっくになくなっていた。
「おはようございます」
挨拶をする私に一声返してはくれたけど、田中さんはまゆちゃんの前にしゃがみ込んで説教をしていた。
人の多い場所で突然大声を出すものじゃない云々を聞くまゆちゃんはわかっているんだかわかっていないんだか、よくわからない顔だ。
「おはよーございます、愛理ちゃん」
知らん顔をしていたはずのほのちゃんがすすすっと近寄ってきた。
「いいお天気で良かったですねえ」
「そうだねえ」
「今日は行くの、室内ですけど。雨だと移動が大変ですよね」
にこにこにっこりと笑顔がまばゆい。相変わらずほのちゃんはおしゃべりだ。
一言二言交わしている間に田中さんのお説教が終わったらしく、まゆちゃんが私の足に突進してきた。
彼女とも挨拶を交わしてから、自然と手をつなぐことになった。
私と左手をつないだまゆちゃんは、空いている右手を田中さんとつなぐ。
今日はほのちゃんとつなぐんじゃないんだと驚き、そして少し動揺した。だって端から見ればまるで親子連れみたいじゃないの。
だからといって、喜色満面のまゆちゃんの手を振り払うわけにはいかなかった。
「お休みの日なのに悪いね」
田中さんの気遣いにいいえと答えてから、まゆちゃんのお話に相づちを打つ。
あのねまゆちゃんはもうすこしでおおきいぐみさんになるんだよ。いまのねんちょーさんはしょーがくせーになるの――大人なら誰でもわかっていることなのに、一生懸命に説明してくれる姿がかわいい。
駅から科学館まではそれなりの距離があって、まゆちゃんの足にあわせると結構な時間がかかった。
途中道路を渡ったあとで、気遣いの人はわざわざ手をつなぎ替えて車道側に出てくれる。
紳士的な行動はすばらしいけど、横並びで三人並ぶのはどうよってまゆちゃんに指摘して、私を放免してくれたらよかったのに。
そうしないのは、末妹ちゃんがノリノリで私にお話ししているからだろうか。




