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田中さんのご家族と  作者: みあ
和真さんのご家族と
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2月 バレンタインは動物園 1

 約束の前日、おもむろにブラウニーを焼きだしたのは家族の疑惑の視線を回避するためだった。

 いや、日頃出不精かつ、友人の数もそういない方なので、出かける頻度が上がると誰と遊ぶんだって不思議そうに聞かれてしまった。

 ついこの間紀子と遊びに出かけたのにバレンタインにも出かけるとか――しかも行き先は動物園とか――彼氏でも出来たんじゃないかとね、父の無言の圧力とか、母の追求とか、弟のバカにした様子がすごく面倒だったのよ!

 去年までの学生時代のノリのままその日に友達と会って友チョコ配るんだ――そんな苦しい私の言い訳を、やっぱり弟は何で寒い中バレンタインに女だらけで動物園なんぞに行くんだとものすごくバカにしたけど。

 真実を口にするよりは面倒くさくない言い訳だよね。

 それに年に数度、バカみたいに同じレシピで焼き続けたブラウニーなら田中さんに差し上げても問題ないかもしれないと思ったんだよ。妹さんたちもいるからきっと食べてくれるだろうし!

 バレンタイン用意するとか、一応言っておいたしさ!

 作ったものを百均で買ったケーキの箱に入れて、リュックに詰め込んで。

 一夜明けた当日、冷静に考えると職場の先輩に手作りの義理チョコ渡すのもどうかなと気付いちゃったけどね……ッ!

 なんで早いとこ気付かなかったかって言うと、あれだよ。家族の追求の回避に必死だったからだ。例年通りの友チョコで誤魔化すアイデアは最高だった。弟にはいつも通りバカにされたけども、余計な誤解を振りまくよりは断然いい。

 ただ、問題は。特に凝ってもない上に板チョコ代くらいしか自分で負担していないブラウニーを先輩に差し上げるのは社会人としてどうかってことだよね。

 いや、卵とか小麦粉とかを自分で用意したとしてもどうなんだ。作り慣れたレシピだけあって味は保証できるけど、しゃれてもないし色気も素っ気もない。

 甘いチョコ菓子が何種類か食べられたらバレンタインは幸せだった。そこに見た目要素を付け加えるような余地は非モテ系女子にはなかったんですよ。所詮は友チョコだし、これまではそれで問題なかったのよ。

 ただ、さすがにやっぱりどうかと思い直して、待ち合わせ場所をコンビニに設定したのを幸いにちゃんとしたチョコを買ってみた。

 コンビニにだって一応包装されたチョコは売っている。

 棚が閑散としていたのは、やっぱり当日だからだろうか。お店としても残ったら困るよね。

 ものすごくいいモノが買えたわけではないけど、ラッピングしたとも言えない雑な包み方のブラウニーに比べたらよっぽどましなチョコを買い込んで、田中さん一行を待つ。

 やってきたのはいわゆる家族向けの大きな車で――ほら、三列シートで八人だか九人だか座れるあれだ――、相変わらず田中さんはお父さんのようだなあと思ってしまった。




 電車通勤の実家暮らしで自分の車というものをお持ちでないらしくファミリーカーに乗ってきた田中さんは、見れば見るほどお父さん的存在だった。

 日頃乗り慣れていない割に、運転はスムーズ。少なくとも、ハンドルを握ると性格が変わるタイプではないようだ。

 二列目に妹さんたちが座っているからか私が招かれたのは助手席。休日のお父さんめいた田中さんの隣に座っている私は端から見ればお母さんのように見えてしまうかもしれないことにどぎまぎしてしまう。

 そんな私の内心なんて知らない田中さんは日頃の穏やかさをそのまま体現したような運転だ。運転は嫌いじゃないのかなんだかニコニコしている。

 後ろの席の妹さんたちと挨拶を交わしたり、道路の様子や田中さんの横顔を伺ったりしているうちに、いつの間にか動物園の正門間近の駐車場に到着した。

 早めを心がけたからか、寒い時期はこんなものなのか、駐車場は休みの日の割には空いているようだ。

「着いたー!」

 エンジンが止まるなり叫んだ田中さんの下の妹であるまゆちゃんは、シートベルトを早々と外している。

 運転お疲れさまですと田中さんに一声かけて助手席を降りた私と同時くらいにオートスライドドアを開けてまゆちゃんは「あいりちゃーん」とぎゅっと抱きついてくる。

 一ヶ月半くらい前に一度会ったきりの「おにーちゃんの仕事のお友達」に対してずいぶん愛想のいい子だ。まゆちゃんと同じくお正月に顔を合わせた同じくらいの従姉のお子さまはぎゅっと従姉に抱きついたままこちらに近寄りもしなかったのに。

 その違いは何だろう?

 年の離れた兄弟がいることで何かの免疫があるんだろうか。ともかくまあ、なつかれると悪い気はしない。

 なんてことを思いながらまゆちゃんの頭をなでつつ車の後方、歩道の方に向かうと、田中さんは早々とバックドアを開け荷物を取り出そうというところだった。

「あの、田中さん、それって」

 それは中にたくさんものが詰め込まれていそうな大きなトートバックだった。

「まゆの趣味だからね?」

 私の問いかけに応じた田中さんは笑顔で追求を拒む。

 いや、私だってそれがまさか田中さんのご趣味だと思いませんけども。

 仮に田中さんが好んでいるからといっても外に持ち出すのはためらわれそうなアニメ絵のバッグだった。言うまでもなくまゆちゃんの趣味であろう、かわいい女の子イラストがばーんと描かれている――それをよくもまあ、いい年して持ち歩く気になったものだよ、田中さん……。

 ちょっとそれは、イケメン枠独身男子が持ち歩くものじゃない絵柄とサイズですよとはちょっと言えない雰囲気だ。

「別にそれが田中さんのものだと思った訳じゃないですよ! そーじゃなくて、その大荷物、もしかしてお弁当でしょうか?」

 今日の約束は動物園に行くというただそれだけで、詳細は特に考えていない。お昼とか、特に考えてもいなかった。

 おぼろげな記憶ではあちこちに売店があったと思うから、適当に買って食べることを私は何となく考えていたくらいで。

 しかしここにきて田中さんの大荷物だ。

 私の服をくいくい引っ張るまゆちゃんもリュックをご持参なんですけど、もしや田中家はピクニック気分でお弁当持参なの?

 私の問いかけに田中さんは気まずそうな顔でうなずいた。

「勝手して悪いかとは思ったけど、まゆが作れってうるさくて。さわ……愛理ちゃんの分も、あるからね」

「――お、お気遣いいただいてありがとうございます」

 田中さんの気遣いぷり、ハンパないんですけど。

 ところであの、今の言い方によると、まさか中身は田中さんが作ったって訳なの?

「あのね、おねーちゃんがはーとのたまごをつくってくれたの!」

「そうなの?」

 と、思いきや。まゆちゃんが明るくほのちゃんの手も入っていることを明かしてくれる。

「おにーちゃんはねえ、からあげをあげたんだよー」

「ええっ」

 でも、揚げ物は田中さんが作ったんですか。そーですか。

「昨日、晩のおかずのついでにね」

 うわあ、晩ご飯のついでに翌日のお弁当の用意とかッ。

 実家暮らしの独身男子が普通そんなことする?

 まさかの料理男子なの田中さん! お父さん的なところもありながら女子力高いとか、スペック高いなあ!

 思わず「田中さんは料理するんですか」と聞かずとも理解できそうなことを尋ねてしまうと、「少しは」と田中さんは謙遜する。

「必要にかられて覚えざるを得なかったんだよね」

「そーなんですか。それでお弁当を」

 揚げ物をするとか少しじゃないと思うんだけど。少なくとも私は揚げ物なんてしようと思ったことがない。揚げ物は嫌いじゃないけど、自分で作るのは油がはねそうで怖いもの。

 実家暮らしをいいことに全部母にお任せです。

 なのに、田中さんは料理するんですか、そうですか。私は見た目に気を使う前に料理に目覚めるべきなのかもしれない。

「まゆがどーっしても愛理ちゃんと一緒に弁当を囲みたいとだだこねたもんで。俺はどこかで買えばいいんじゃないかって言ったんだけどね」

 どことなく恥ずかしげに言い訳のように口にする田中さんに、なんだか負けた気がするのは何故だろう。

「おつかれさまです」

 私は力なくそう口にして話を誤魔化すしかなかった。

 妹好みの痛トートに自作のお弁当を詰めて出かけてきた田中さんはいいお父さんでありお母さんだよ。というかむしろ勇者的な何かだよ!


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