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田中さんのご家族と  作者: みあ
妹が何か企んでいるようだ
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7.妹は大きな誤解をしている

「で、おまえは何考えてんだ?」

 その日の夜、母がまゆを寝かせつけにリビングを去ったあとで、俺はようやくほのを問いつめることにした。

 もうひとりの家族である父は、まゆたちと入れ替わりで風呂に行っている。

「えー、何ってなぁに?」

 ゴールデンタイムのバラエティを見ているんだか見ていないんだか、スマホをいじりながらこたつに潜り込んでいるほのがとぼける。

「余計なこと、考えてんだろ」

「だから、余計なことって?」

「沢口に俺をおすすめした件だよ! 彼女が冗談で流してくれたからよかったけど!」

「本気で受け止めてくれてもよかったんだけどなー」

「そうなってたら気まずいだけだろうが、バカかッ」

 ホントこいつ何考えてんだ。

 俺は半眼で睨んだが、ほのはディスプレイとにらめっこだ。

「おい、ほの。真面目に話してるんだからこっち向けよ」

「こっちだって真面目なんですー。愛理ちゃんに今日のお礼送るんだから」

「えっ、お前沢口と連絡先交換したの?」

 ほのはようやくこっちを見たかと思えば、自慢げなニンマリ顔だ。

「いいでしょー」

「おまっ、いいでしょって……強引に聞いたんじゃなかろーな?」

「べっつにー。普通に教えてくれたよ」

 ホントかよと思うが、ほのは後ろめたさなんて一つもないようだ。

「愛理ちゃん、この間選んであげた服が友達にうけたからまた一緒に買い物行こうねって言ってくれたんだもん」

「はぁっ?」

「あ、まゆには内緒だよ? あの子が一緒に行くとお買い物にならないし」

 あまりのことに俺は言葉を失って呆然とした。ニヤニヤしながら再びスマホに視線を落としたほのがまたなにかいじって、再びこっちを見た。

「あのね、私はおにーちゃんを応援しようと思うの」

 そして何を言い出すかと思いきや、変に真面目な口振りで言ってくる。

「お兄ちゃんには幸せになって欲しいのよ。大丈夫、もう私はおにーちゃんの恋路を邪魔なんかしない」

「……こいじ?」

「そう。私はこれでも反省してるの」

「反省ぃ?」

 それから何を言うのかと思ったら、十年くらい前俺と彼女とのデートを邪魔した自分が俺の恋の破局を導いたに違いないとしたり顔で語りやがる。

 なんと応じていいものかわからずに、俺はただただほのの言葉を聞いた。

 いきなりそんなことを言いだされるとは思ってもみなくて、それは決してほのが気に病む必要のないことだとはすぐには言えなかった。

 あの頃、俺は別に好き好んで休日にほのを連れて出かけていたわけではない。だけど、別に嫌々出かけていたわけでもなかった。

 そうしなければいけない事情があったから、そうしていたまでだった。

 詳細まで詳しく教えてもらえるほど大人ではなかったが、高校生だった俺は両親の仕事上でなにやら問題があったのだという簡潔な事実くらいなら教えてもらっていた。

 なにせ、幼い子供のためにと仕事をセーブしていた母がフルで働きに出たという事実だけで、話を聞かずとも何かあったのは明白だった。

 俺が高校一年を半分過ぎたあたりから、二年の終わりくらいまでの間が一番大変なだったようだ。

 何でもかんでもオープンな両親が変に言葉を濁すあたりに深刻さを感じたのを今でもよく覚えている。本当のところは怖くて聞きだせなかったし、落ち着いた今となっては改めて聞くつもりもない。

 ともかくあの頃は両親が休日返上で働くくらいの大変な状況下で、妹を放置して遊びに行くという選択肢はなかったのだ。

 当時周囲にはその旨を簡単に伝えてあった。家庭の事情で部活さえも「妹の世話しなきゃならないから」と早引きしていたくらいだから、彼女も知っていたはずだ。だから、ほのが責任を感じる必要はまったくといってない。

 そもそも二人きりがいいのなら、学生らしく放課後デートだけすればよかったのだ。俺としては別に休日にわざわざ出かけなくても、学校が終わったあと途中まで一緒に帰るくらいで十分満足だった。

 それを休みに会いたいと言ったのも、そこに妹がいてもかまわないと言ったのはあっちなんだから。

 大体、別れた理由が「コブ付きの休日デートがイヤだ」というもの一つな訳ないだろ。

 一番の問題は俺自身にあったことを自覚している。

 異性への興味で、特に好きでもなかった子に告白されてよく考えもせず頷いたのが悪かったんだ。だからこそ俺が積極性を持てなかったことが結局のところ彼女たちには不満だったんだろう。

 付き合ったからには大切にしたつもりだけど、あの当時明らかに庇護すべき対象だったほのより大事にはできなかった。

 そもそも、あの当時モテたのは「妹の面倒を見てあげるなんて田中君優しい」なんて理由だったのにな。なのにその妹を大事にするのがダメってなんなんだよ。

 大人には近づいていたけれど、高校生はまだまだ子供だったってことだろう。お互い幼かったからわかりあえなかったってわけだ。

 結局のところ、責を負うべきはほのではなく俺や当時の彼女たちだ。

 いまさら過去を蒸し返して余計な世話を焼かれる必要なんぞ、これっぽっちもない。

「んなもん、おまえのせいじゃない。性格の不一致とかそーいうやつだっつの」

 青臭い時代の思い出をわざわざひっくり返して小生意気な妹に開示するつもりはまったくないけど、当たり障りなく俺は否定する。

「でも、おにーちゃんが大学に入ってからちっとも浮いた話がなかったのは、私に邪魔されると思ったからじゃないの?」

「何言ってんだ、お前は」

 大学に入学した頃は、受験のストレスから解放されて一番はじけていた頃だ。両親の仕事の問題もとうに解決していたし、なによりほの自身も成長したことで、余計なことに煩わされることなんて全く考えてもなかった。

 ただ、あれだな。はっちゃけかけた俺に対して危機感を抱いたらしき父親が忠告してくれた一言が効いたな。「いいか、和真。避妊というのは確実にできるってものじゃないんだぞ」って軽い口振りだってのに――それはそれは重い言葉だった。

 それを二十歳にして十七の母を妊娠させちまった父親に言われた俺の心境といったらな、もうな……。

 その結果生まれたこどもである俺が身を慎むことになるに十分なインパクト、だったよな。

 父のように若くして社会に出て妻子を養うような度胸は自分にないと考えればこそ、軽々しいことはできなくなるってもんだった。

 大変な時期を経て落ち着いたからってあの頃現実にまゆが生まれたのは、「産める年のうちにもう一人」とかなんとか口にはしてたけど、確実に避妊できなかった線もあるんじゃねーのと俺はこっそり疑っている。

 身近にそんな反面教師がいたものだから、こどもを一緒に育てる覚悟を持てるような相手にも巡り会えなかったというのもあって、以後それはまあわりと品行方正に過ごすことになった。友達に教えてもらったオンラインゲームにハマった結果、こう、うっかりと真面目な学生生活から足を踏み外した感もあるけど。

「俺がそんなにお前に影響されていると思われてるのは心外だ」

「わかった。じゃあそういうことでもいい。だからこれは私のお節介ってことにする」

「いや、わかってねーだろ」

「おにーちゃん押しが弱いんだもん。今日だってほとんど愛理ちゃんと話してないでしょ。そんなんじゃいつまで経っても愛理ちゃんを彼女にはできないよ!」  

「そんなつもりもねーよ!」

 何言ってるんだこいつはと、俺は呆れてほのを見る。

 我ながら冷たい視線を注いだつもりなんだが、ほのの方も負けずにこっちを同じように見返してくる。

「何言ってんの」

 ものすごく冷たい声でほのは言った。不満そうに唇をとがらせて妹は俺をじろりと見上げる。

「おにーちゃんは愛理ちゃんのこと好きなんでしょ?」

「は?」

 きっぱりと、迷いない口振りでほのは言い切る。俺の間の抜けた反応なんて生意気な妹はお構いなしだった。

「少なくとも好意はあるよね? そうじゃなきゃ、おにーちゃんはお正月に偶然出会った時わざわざ声かけに行ったりはしなかったと思うよ。目があったなら会釈だけすればよかったじゃん?」

「言われてみれば、そうだな」

「まゆが会いたいって我が儘言ったのをちゃんと愛理ちゃんに伝えてくれたのも、あわよくば愛理ちゃんとお休みに会えたらいいなって考えたからでしょ?」

「違う」

 俺は大いなる誤解を抱いているほのに向けて力強く言い切った。

「どうせ断られるだろうし、そしたらまゆが納得できるように手紙でも書いてもらおうと思って前振りしたら、彼女がうなずいてくれて驚いたのは俺だぞ?」

「手紙を書いてもらうと思ってたなら、最初っからそういえばよかったじゃない。そうじゃないってことは、あわよくばって思ってたってことだよ」

「お前な……」

 呆れるばかりの俺にほのはよどみなく持論を展開する。

「次の話だって、別におにーちゃんは断ってもよかったんだよ」

「今更何言ってんだよ」

「私一人でだってまゆを科学館に連れてくくらいできるってわかってるでしょ。なのに、一緒に行くことにしてくれたのはやっぱり愛理ちゃんと一緒に出かけたいからでしょ」

「妹の面倒を、沢口さんに押しつけるわけにはいかないからだよ!」

 俺は反射的に言い返した。言い返しはした、が。

 すぐにほのの言葉もあながち的外れではないような気がしてしまった。

 今日だって、俺はいてもいなくてもいいくらいの存在感だった。行き帰りの車の運転以外、言うほどまゆの面倒を見た記憶もない。

 二度目とは思えないほど沢口とほのは意気投合していたから、次はまゆと三人で出かけてもなんの問題もないような気がしなくもない。

「出かけてなにかあった時に責任を負うのは、成人してる彼女だろ」

 ただ、昼間も考えた理由を俺は言い訳のように口にする。

「そんなこと言って、一緒にいたいだけのくせにぃ」

 俺はそれには答えず、じろりとほのをにらみつけた。

 別に沢口と一緒にいたいなんて積極的なことなんて爪の先ほども考えていない。

 ――だが、社内では見せない屈託のない姿をもう少し知りたいとは思った。

 生意気な妹の手の上で踊るようで、実に癪なんだが。


おしまい

次に愛理編(完結編)を予定していますが、今のところ投稿の見込みがつかないのでいったん完結にしておきます。

連休後くらいには何とかなればと思います。

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