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田中さんのご家族と  作者: みあ
妹が何か企んでいるようだ
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6.沢口は案外ノリがいい

 弁当を片づけ、沢口のブラウニーをいただいた後は、また動物園を見て回った。

 午後もおおむね午前中と同じようなものだった――すくなくとも、俺だけは。

 三人娘の後ろをついて回るという行動には、俺の意志が全く反映されていないという点で全く変化がない。

 そのなかであえて違う点を上げるとすれば、見て回るのが午前と違う動物たちだということと、疲れてきたらしきまゆが不意に駆け出すことがなくなったことだろうか。

 俺としては動物を見るよりも同行する三人がガラスに額を寄せるようにして「どこにいるの?」とか「毛繕いしてるよ!」とか話している後ろ姿を見る方がよほど楽しいものだった。

 ちびっこいまゆはともかく、ほのや沢口の頭越しに檻の中を見るのも面倒くさかったし。ちょこまかしているまゆを見てると、人間も動物だよななんて思ったりしてな。

 ともあれ、休日を俺たちに費やしてくれている沢口が本当に楽しんでくれている様子なのでよかった。

 いや、本人が言いだした場所だからといって、まゆに気遣って選んでくれたらしき子供っぽいところで彼女が楽しめるかが若干不安だった。

 後ろから眺めている分には、楽しむ姿に嘘は見えない。

 高校生のほのとも園児のまゆとも分け隔てなく接することができるのは、沢口の度量の大きさの現れだろうか。

 それとも同性であるという一点だけで、なにか親近感でも沸いているのだろうか。

 元旦と今日の二日だけで、俺がこれまで彼女に個人的に話した話量を大きく上回っているんじゃないかと思えるほど沢口はよく喋っている。

 彼女部署に配属されたことで知り合って一年近くになるが、仕事上の事務的な話の他はほとんどしていないようなものだ。

 職場の鼻つまみものになりつつある二年目のヤツに「余計な話はすんな」と注意している手前、自分がそうするわけにもいかなかったってこともある。

 だけど一番の理由は、「私は仕事に来ているんです」と言わんばかりの姿でがっちりガードを固めている沢口と多少の雑談は可能でも、それ以上につっこんだ無駄話ははばかられたってことだった。

 でも今、妹たちと気楽にやりとりをする様子を見ると、本来の姿が見えてきた気がする。

 職場では気が抜けないタイプなのか――あるいは、前年度のダメなヤツを反面教師にしてことさら真面目にやっているのか、それとも他の理由かはわからないけど。

 本当は真面目なだけなキャラじゃねーんだなあ、沢口。

 まゆとまでノリを合わせていい感じに話すとかできる人だとは思ってなかった。ほのもまゆも人見知りせずガンガンに話しかけるタイプだからってのもあるんだろうけど、馴染みすぎだろ。

 屈託なくほのとやりとりする姿を、日頃の様子から想像するのは難しい。

「女は化けるなあ……」

 俺はうっかりとつぶやいてしまったが、少し離れていることもあってうかつな発言は誰にも気付かれなかった。 

「いや、化ける、じゃねえか」

 沢口は普段から化粧はナチュラル志向のようだし、休みにはド派手にやるタイプでもないらしい。スーツを着てないだけで化けるというのは失礼な話で、服がカジュアルなだけで彼女はいつも通りだ。

「キャラ変の方がしっくりくるか?」

 それもなにか違うような気がするが、まあ大体そんなもんだろ。

 大いに納得したふりでうなずいてみた俺はそこで我に返る。

「でも、俺って何でここにいるんだろうな……」

 中身も減って邪魔だけになった重箱入りのカバンをしまってくる名目で車に戻って昼寝してても気付かれないんじゃね?

 俺、空気以下の存在になってる気がするわー。

 女子たちのテンションについていけねえもん。

 少なくとも寒空の下でぬぼーとしているよりは、車内の方が風除けがある分快適だろう。こっそりといなくなってもすぐに気付かれない自信がある。

 でも、妹たちの面倒を沢口一人に押しつけていなくなるわけにはいかんよなぁ。現在進行形で空気以下で何の役に立ってないように思えても、俺には一応妹たちの保護者として意味があるはずだ。




 端から見たらまるでストーカーのようじゃないかなんて自問しながら連れを追いかけ続けた午後はおおむね平穏に過ぎ、俺たちは疲れ切ったまゆを騙しだまし駐車場まで誘導することに成功した。

 希望されたらだっこなりおんぶなり肩車なりできなくはないが――十五キロを超えたチビッコを好んで抱えたいとは思えない。

 全身で「疲れたの」アピールをしながらもまゆは両隣を沢口とほのに挟まれたことで否応なく歩いていった。

「まゆちゃんよく歩けるねえ。すごいねえ」

 なんつって、沢口はなにか心得たように励ましてくれたのが効いたんだろうと思う。

 愛理ちゃんは疲れちゃったからもう歩きたくないくらいなのにすごいと言われた途端に「まゆ、あるくのだいすき!」としゃきっとしていたから現金なもんだ。

 励まされる前は疲れた様子を見せておけばそのうち俺が車まで連れて行ってくれるとしたたかに考えてたんじゃないだろうか。かさばる荷物をほのに押しつけることなく車に着いてよかったぜ。

 家まで送ると申し出たんだが、沢口は奥ゆかしく首を横に振った。

「そうしていただけると、とても助かるんですけど。でも、まゆちゃんもお疲れでしょう?」

「君も妹たちの相手で疲れたんじゃない?」

「疲れてないといえば嘘になりますけど。親や近所に目撃されたら、ほら」

 ひどく言いにくそうに言われて俺もはたと思い当たる。

 そんなことになれば、きっと面倒なのは沢口だ。あれは誰だ付き合っているのかなどと問いつめられても返答に困ってしまうだろう。

 いや、答えなんか職場の同僚もしくは先輩とその妹たちの一択なんだが――異性の職場の同僚と妹付きで出かけるとか、な。邪推してくれと言わんばかりだろ。

「ああ、そうか」

 家の前まで送るのが親切かと思ったんだが、かえって迷惑になりそうだ。

 待ち合わせ場所に送るだけでいいと彼女が言うので、その通りに車を走らせる。

 助手席の沢口と後部座席の妹たちは、少し距離があってもやはり話が盛り上がっていた。

「あー! まゆちゃん、あいりちゃんにコマのおりかたおしえてあげるのわすれてた!」

 目的地まであと十分という辺りでまゆが余計なことを思い出すまでは何となくほのぼのとした気分だった俺は、不穏な叫び声に嫌な予感を禁じ得なかった。

「コマ?」

「あのね、ひいばーちゃんがおしえてくれたの」

「へえ、ひいおばあちゃんがいるの。いいねえ」

「おりがみ、さんまいつかってすごいの」

「そうなんだ、すごいねー」

「おにーちゃん」

 沢口と一連のやりとりのあとで、まゆはなにかをねだるような声を出す。

「まゆ、愛理ちゃんとはもうバイバイだぞ。お前も疲れただろ」

 先手を打って釘を差したら、瞬時に「げんきだもん!」と返答がある。

「いーや、お前は帰って飯食ったら風呂って寝る時間だ。明日は休みじゃないんだぞ」

「だって……だって、あいりちゃんに……」

 疲れも相まってかまゆは泣きそうな声を出す。

「おにーちゃんの言うとおりだよ、まゆ」

「でも」

「まゆ、確かリュックに上手に折ったの入れてたよね? 今日は愛理ちゃんにそれをあげるといいよ。あげるって言ってたもんね」

 まゆの横に座っているほのが年長者らしく宥めに入った。

「そ――そうなんだあ、愛理ちゃん、まゆちゃんが上手に折ったの欲しいなあ」

 困った様子だった沢口もうまい具合にほのの説得に乗っかってくれて、

「ほら、愛理ちゃんもこう言ってるから」

 それにかぶせて俺もだめ押しをする。それにちいさく「うん」とまゆが応じたのでほっとした。

「ね、まゆ。まゆは愛理ちゃんとお友達なんだから、また次会う時に教えてあげればいいでしょ」

 ほのが余計なことを続けるまでは、だけど。

「またそのうち遊んでくださいねー」

 しれっ言ってんじゃねえよ、女子高生ー!

 と外面をかなぐり捨てて怒鳴るわけにもいかず、怒りでハンドル操作を誤らないように深呼吸で誤魔化す。

「ほの、お前な」

「今度連絡しますね」

 ホントお前あとで覚えてろよとこっそり後ろに向けて念を飛ばす俺のことなんて当然のように気付かずに、ほのは平然とそんなことを言う。

「和真さんがいいって言ったらだよ?」

「おにーちゃん休みは家にいるばっかなんで、いいに決まってますよー」

 俺は沢口の返答に驚くべきなのか、ほのの言葉に怒りを覚えるべきなのか、混乱した。

「お仕事で疲れてるからじゃないかなあ」

「それにしたって滅多に出かけないし、ただ出不精なだけですよう。ねっ、いいよねおにーちゃん。次はほら、お昼におにーちゃんが話してたプラネタリウムとかいいと思うんだけど」

「はっ?」

「愛理ちゃんも久々に科学館いくのも楽しいかもって言ってたし」

 そう聞いても余計な企みを企てているらしきほのが強引に誘ったに違いないとしか思えない。

「……あの、無理はしないでいいんだよ?」

 プラネタリウム行きたいとテンションあげているまゆの手前やんわりと沢口に言えば、

「いえ、ホントに久々にいいなと思ってたので」

 なんて答えが返ってくる。彼女の真意を伺いたいところだが、運転中によそ見をするなんて危険だ。

「今日も楽しかったですし。さすがに未成年をお預かりするのは心許ないので、和真さんにもご足労いただくのは申し訳ないんですけど、もしよければ」

 ほのが小生意気に要求してきたら即却下するところだけど、おずおずと沢口がそんな風に提案してくれたことを受け入れないわけにはいかない――ような気がした。

 俺は高校生の頃一人でも今のまゆくらいのほのを連れ出していたから、沢口ってお目付役付きでほのに任せても問題ないんだろうが。沢口を信用しないわけじゃないけど、行った先でなにかあった時に彼女に責任を負わせるわけにいかないだろ。

「俺は……まあ、かまわないと言えばかまわないんだけども――でも、本当に沢……愛理ちゃんはいいの? うちの妹たちの相手は疲れるだろ?」

 そう問えば、それは否定しませんけどと素直に沢口はうなずいた。

「でも、ほのちゃんじゃないけど、私も妹がいたらなあと思ったことは何度もあったので、疑似体験できて楽しいです」

「楽しい……?」

「無い物ねだりなんでしょうね。私にはくっそ生意気な弟しかいないので」

「そういうもん、か?」

 俺は生意気な妹にはこりごりだ。かといって弟が欲しいと思ったことはないのでわからない。

 妹の相手をさせられるたびに、兄か姉でもいればなと想像したことはあるけれど。

「そういうもんです」

 信号待ちついでに横目で見た沢口は嘘のない笑みを見せているように思える。

「そういうことなら、また後日予定を合わせようか」

 後ろからまゆが「えー、いまがいーい」なんて生意気言ったが、運転中だからと捨て置いて、俺はこっそりもう一度「無理はしないでいいからね」と沢口に伝えておいた。


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