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田中さんのご家族と  作者: みあ
妹が何か企んでいるようだ
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5.弁当と、デザートと

 風を遮る壁がない休憩所は、ならば暖かい日差しの方といえば屋根でほとんど遮ってしまうという冬には残念な作りだった。

 太陽の光が一番集まるテーブルに陣取れば多少は暖かいんだが、ひとたび風が吹けば途端に寒々しい。

 もうすこし行けば確か中に売店のあるきちんとした建物の休憩所もあったはずなんだが――今にもすぐ食べたいという様子を隠そうともしないまゆを説得するのは骨が折れそうだった。腹が減ったらすぐに食べたいという本能に忠実なまゆを苦労して説得するよりは、手早く食べてしまう方が結局は早く済むだろう。

 家族で弁当を持って出るときにいつも使う重箱は三段。もも四枚分の鳥の唐揚げで一段、おにぎりで一段、卵焼きにはじまる他のおかずで一段と、それとは別にリンゴを入れたタッパー。

「わーい」

 カラフルなプラスチックの皿と割り箸をほのが配っていると、まゆは笑顔で歓声を上げた。

「すごくご立派なお弁当ですね」

「あのね、からあげとえだまめとふつーのおにぎりはおにーちゃんがつくったんだよ」

「枝豆は冷凍のを解凍しただけだけどな」

「それで、たまごやきとおにぎりのかわいいやつと、ほうれんそうはおねーちゃんなの」

 横に座る沢口に、まゆがいるんだかいらんのだかよくわからない解説を加えている。沢口がマメに相づちを打ってくれるもんだから調子に乗ってるようだった。

 その隙に俺は取り分け用の割り箸を用意すると、手早くまゆの皿に一通り乗せてやった。弁当なので最初っからまゆの好物ばかりだが、バランスよく食べることは重要だよな。

 ほのが作った小さめのおにぎりと、枝豆をいくつか、唐揚げを一つ、ハート型に見えるように加工された卵焼きは二切れ分、ほうれん草を二口分くらい。

「凝ってますね、このたまご」

「あのね、まゆちゃんもてつだったの!」

 沢口が問いかけたのは俺か、あるいはそれを作ったほの相手なんだろうが、勢いよく応じたのはまゆだった。

「手伝ったの? まゆちゃんが?」

「うんそう! たまごをね、ぱっかーんとわったの。まゆ、じょうずなんだよ。ちょっとカラはいちゃったけど」

「えーっ! まゆちゃん、たまご割れるの?」

 また大げさに沢口が驚いてくれるもんだから、まゆは鼻高々だ。

「カラをおねーちゃんがとってくれてね、それからぐるぐるまぜたの」

 にこにこしながら卵焼きに投入された調味料について、自信満々に語られても反応に困ると思うんだが。

「そっかー。まゆちゃんはお料理できるんだねえ」

 沢口は無難に相づちを打った。どうやら、卵焼きがハート形態に進化するところまで話を聞く気力はなくなったらしい。

 単に一切れを斜めに切って、それを乾いたパスタで見ためよくつないだだけの代物だ。見れば作り方なんか想像できるし、食えば理解できるはずだからあえてまゆに解説させる必要もないか。

「ほら、おにーちゃんがご飯用意してくれたよ。そろそろいただきますしたらいいんじゃないかなー」

「ほんとだ!」

 促されていただきますしようとしたまゆだったが、みんなで一緒にしたいと言うので仕方なしに俺たちも両手を合わせた。

「ではごいっしょに、いただきます!」

 元気な園児に合わせていただきますの唱和は恥ずかしいものがあるんだが、付き合ってくれている沢口の手前手は抜けない。

 そこからまゆは元気よく食べ始めた。

 いつもはさほど食べるのが早くないまゆも、好きなメニューなら割合食べるのが早い。朝も早めだったし、一人走り回って運動量もあった。おかわりを一度挟んで更に食べ進めていく。

「今日はよく食べるなー」

「えへへ」

 にやーと笑ったまゆがちらりと隣の沢口を見る。お気に入りのおねーさんにいいところ見せたいだけかと俺は納得した。

 昼飯をきちんと食べることは普通のことだってのに、誉めてもらえるとでも思ってるんだろうか。

「よく食べたねえ」

「まゆちゃん、いっぱいたべたでしょ?」

「思ったよりもたくさん食べたね。これでごちそうさまで大丈夫かな?」

 ほとんど同時にまゆと沢口がこっちに視線を向ける。

「そうだな。そろそろリンゴ食べてもいいぞ」

 てっきり「やったー」とでも答えるかと思ったのに、まゆはそこでにやにやと含み笑いをした。

「まゆちゃん、リンゴじゃなくてチョコたべるのー!」

「違うよ、ブラウニーだよ」

 俺が唖然としていると、沢口がまゆに説明をしている。

 彼女はカバンからそーっとした手つきで、箱を取り出した。大きさはA五くらい、高さは五センチほどだろうか。いかにもケーキが入ってますといわんばかりの持ち手のある箱だ。

「バレンタインだからですかっ?」

 勢いよくほのが歓声を上げる。

「そうそう、せっかくバレンタインなので」

「バレンタインはチョコじゃないの?」

「チョコはチョコでも、チョコのケーキだよ、まゆちゃん」

 沢口が開けた箱の中にはアルミホイルが敷き詰められていて、その中に四角く切られた茶色の物体が並んでいる。

「おおお、愛理ちゃんの手作り?」

 ほのが沢口の手元をのぞき込みながら尋ねると、一応ねと沢口ははにかんだ。

「まゆちゃんがチョコレートが食べられるかわからなかったから、こういうのがいいかなあ、と」

「まゆちゃん、ちょこだーいすきだよ」

「そっか、食べれたかあ。それならチョコでも良かったねえ」

「けーきもだいすきだよー」

 だったらよかったと沢口はまゆにブラウニーを渡している。

「毎年友人とこうやって友チョコの交換をしていたので、チョコ系のお菓子は得意な方なんです。昨日焼いたはいいものの、今朝になって持ってくるかどうか迷ったんですけど……持ってきておいて良かったです」

 それから、沢口はこちらを向いた。

「危うく和真さんにお弁当で女子力を見せつけられて終わるところでした」

「そこで女子力とか言うのやめてもらえないかな」

「まさか和真さんが弁当男子だったなんて」

「それ、違うってわかってて言ってるよね?」

 俺が日頃弁当を持参しているわけじゃないことを彼女はよく知っているはずだ。一緒に食べることはなくとも、お互い毎日のように社員食堂に行ってるんだから。

「おっ、おにーちゃんは、きっといいお嫁さんになると思うのっ」

「なに馬鹿言ってるんだ、お前は」

 ほのが肩をふるわせながらとんでもないことを言い出すのを俺はギロリとにらみつけてやった。

 だってだってじゃねえよ。面白がってることなんて見れば丸わかりだ。

 まったく、昔はもっと可愛らしかったはずなのに、今となっては生意気な小娘だ。何を考えているのかさっぱりわからねえ。

「だってー。お嫁さんは冗談にしても、いい旦那さまにはなれると思うよ?」

「そりゃありがとうよ」

 まともに取り合うのもバカらしくて、俺は適当に流す。

 一応誉めたつもりかもしれないが、残念ながら結婚には相手が必要だ。そんな相手もないのに言われてもうれしくも何ともない。

「あー、確かに和真さんはいい旦那さまになりそうかも」

 なのに流したはずの話をさらっと沢口は掬いあげた。

「はっ?」

「まゆちゃんの相手をしている姿を見る限り、イクメンになりそうな感じ」

「おー、愛理ちゃんわかってるー! そうなんです、おにーちゃんを旦那さまにしたら、家事育児一通りできるんで! どうですか、おすすめですよ?」

 勢いよく言い出したほのが、いかにも冗談のような口振りでとんでもないことを言い出した。口振りほど冗談ではなく、目がマジだ――俺はここに至って、ようやく妹の企みの詳細に気付いた。

 こいつ、沢口が気に入ったからって俺と彼女をひっつけようと画策してやがる。

 ただ。

「それはいいねえ。でも、私がそれに見合う奥さんにはなれそうにないからなー」

 そこそこ仲良くなった様子だとはいっても付き合いの浅い沢口はほのの本気に気付かなかった様子で、軽く受け流している。

「えー、愛理ちゃんがおにーちゃんの彼女になってくれたらうれしいのになあ」

 冗談の延長線上のふりで、ほのはさらっと本音を暴露している。

 その額に俺は枝豆の殻をぴっと飛ばしてやった。

「口を閉じろこの馬鹿娘が。彼女がどん引きしてるだろーが!」

「えー、だって」

「だってじゃねえ――ごめんね、沢口さん」

 唇をとがらせて不満を露わにするほのを鋭く睨んでから、戸惑った様子の沢口に頭を下げる。

「あー、いえ、大丈夫ですよ?」

 実に微妙な寒々しい空気がいたたまれない。吹き抜ける風が余計にそれを増長させているようだ。

「私、愛理ちゃんみたいなおねーちゃんが欲しかったのになあ」

「ほのちゃん……あのね、そんな理由で私と和真さんをひっつけようというのは、どうかと思うよ?」

 空気も読まずにぶっ込むほのに、沢口は苦笑するしかないようだ。

「お兄ちゃんのお嫁さんは、関係としてはほのちゃんの義理のお姉さんになるけど、でも――」

「えっ、まゆちゃんにおねーちゃんがふえるの?」

 冷静にほのを諭そうとしていた沢口が、まゆの言葉に肩を跳ね上げる。

「まゆ、ケーキ食べたらお茶飲んでおけ? 虫歯になるぞ」

「あいりちゃんがなってくれるの?」

 話を逸らそうとしたところで、いいこと聞いたといわんばかりのまゆは俺の言葉なんて聞きやしねえ。

 見上げるまゆの視線にあからさまに沢口はたじろいでいる。

「えーとねえ、まゆちゃん。愛理ちゃんはまゆちゃんみたいな可愛い妹ができるのは大歓迎なんだけど――その、ねえ。まゆちゃんやほのちゃんを妹にしたいからって、和真さんと結婚するのは間違ってるよねえ。えーと、まゆちゃん、結婚ってわかる?」

「うん! あのね、なかよしでずーっといっしょにいるっておやくそくするの」

 自信満々でうなずいたまゆが「まゆちゃんも、ななちゃんとこーたくんとたいちゃんとけっこんしたんだよ!」とわかってないことを続けるので、沢口は言葉を失ったようだ。

「……そ、そーなんだ。まゆちゃんはモテモテだねえ」

「おにーちゃんともけっこんしたことあるよ!」

 あとねえ、おかあさんとーなんぞとまゆは絶対理解できていない様子で家族を指折り数えている。

「えーと、お兄ちゃんと愛理ちゃんはお仕事のお友達だから、仲が良くても結婚できないので、まゆちゃんのおねーちゃんにはなれないんだ」

「そうなの?」

「うん。そうなの。でも、おねーちゃんじゃなくても、愛理ちゃんとまゆちゃんのお友達だから大丈夫だよね?」

「えーと、うーんと」

「わかるかな?」

 誓って言えるが、まゆは理解していない。まずそれで間違いないだろうが、

「うん! まゆちゃんとあいりちゃんはおともだちだもんね!」

 とりあえず友達ならいいかと納得したようだった。

「っく」

 納得していない顔でうめいた女子高生が一人いるけどな。

 今ここでそれをどやしつけるわけには行かないが、沢口と別れたあとで、じっくり、膝を付き合わせて話し合う必要があるなと俺は思った。


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