6.その名もねこかにょ
気温33度。
柏木は滝のような汗を流しながら大量の猫エサを運び、テントをたたんでワゴン車に積み込んだ。
京司が胡桃川の死体を使って1時間半以上かかった作業をほんの3,40分で終わらせていた。
最後に目を覚まして遊んでいた子猫たちを黒猫が引率してワゴン車に乗り込む。多額の現金が入った封筒は雲雀に預けた。
クーラーをフル稼働させたワゴン車の中で柏木は汗を拭きながら言う。
「なんとか終わったよ・・・・それでこれをお寺まで運べばいいんですか?」
「はい、とりあえずウチでチビちゃん達を預かろうとおもいます。黒猫さんたちを一度ウチにおろして私は檀家さんを回ります。
今日は柏木さんが足になってくれるそうなんです。その間、黒猫さんはチビちゃんたちと一緒にお寺でお留守番しててもらえますか?」
-おう、了解だ。
-いや、ホントに助かった、柏木さん。積み下ろしがまだだけど、報酬先に払っとくわ。言っとくけどこれ、俺の存在の口止め料込だからな。
-周囲に面白い猫がいるとか吹聴してまわるんじゃねぇぞ?
-嬢ちゃん、封筒から百万円出して柏木さんに渡してくれ。その札束一つが百万だ。
はいはいと、雲雀が封筒から百万円の束をひとつ取り出して柏木に渡した。残金は500万円ちょっと。
柏木は手に取った札束を見ながら言った。
「今日はいろいろと気前よくお支払いいただき、ありがとうございます。もちろん誰にもしゃべったりはしませんよ。・・・この金、受け取った時点で
あたしも共犯だ。胡桃川くんには悪いけど、正直こちらも助かりましたよ。うちも借金経営なんでね。」
力なくタハハと笑った。
-・・・最近、中小企業はどこもそうだってな。前の稼業でも潰れかけの中小、何社にも金貸しててよ。しまいにゃ銀行よろしく経営指導までしてたわ。
-まぁ、ちょいと御法に触れる「経営方針」をご指導するわけよ。そういう「経営方針」に一度手を染めちまったら企業もヤクザ屋さんの奴隷さ。
-手を染めて、足を洗っても、手は染まったまんまってわけだ。いつまでも付け入られるスキを持っちまう。それでな・・・・・・
話を続けようとして、京司は一度口を止め、話題を変える。
-・・・まぁそんなことはどうでもいい。・・・・どうもいけねぇな。前世のことばかり思い出しやがる。
-とりあえず柏木さん、嬢ちゃんの家に車やってくれるか?
「え、ああ。はい。それじゃ行きますか。」
柏木は車を発進させ、ゆっくりと山道を下って行った。
車を走らせること30分、雲雀の寺である鉄血院に行く途中で、一行はコンビニに立ち寄り飲み物と軽食を買う。
時間が押しているので人間二人は走行中の車内でサンドイッチやおにぎりを食べている。
先ほどから京司は何か考え事をしているようで積極的にしゃべらない。
結局、お寺につくまで京司は一言もしゃべらなかった。
鉄血院は高知市内の住宅街の外れにあった。山裾から広がる農業地帯とのちょうど中間にある。
敷地内に本堂が一つ、家屋が一つ、蔵のような建物が一つ。そしてその敷地の隅に墓地がある。
ワゴン車は正門から入り、庭に停まる。
車のドアが開き黒猫は子猫たちを引率して庭に降り立った。
辺りをキョロキョロと見回す黒猫に雲雀が車内から声をかける。
「黒猫さん、拙僧でよろしければ名前、つけてあげましょうか?」
-ん?名前?
「ええ、いつまでも黒猫さんとお呼びするのもなんですし。見れば前世のことで随分お悩みのご様子。
未練があるのはわかりますが、もはやそんなこと気にしても仕方がないでしょう。あなたがヤクザであったのも昔の話です。
今生において名前もないから、いつまでも前世に引きずられるのですよ。」
雲雀はそう京司を案じるような声で言った。
-・・・やっぱりいつまでも前世の家のこと考えるのはよくねぇよな。
-今、実家がどうなってるとか誰が継ぐことになってんだろうとか考えてもしかたねぇか。
-なるほど、お嬢ちゃんの言うことにも一理ある。・・・よし、それじゃよろしくお願いしますぜ。嬢ちゃん。
-カッコいいのを頼むわ。
「はい、それでは商談成立ですね。」
にっこりと笑う雲雀。
ーん?商談?
「ええ、お寺の住職が霊に対してお名前を付けるんです。タダというわけにはいきませんよ。皆様、気持ちよくお心付けを払ってくださってます。
あ、料金はあとで提示いたしますね。日が暮れる前には帰ります。帰るまでにかわいいお名前考えておきますね。」
それじゃあ私は急ぎますので、あ、母屋でクーラーつけてくつろいでてくださいね~と唖然とする京司を尻目に、柏木に指示して車を発進させて行ってしまった。
子猫たちは広い庭で駆け回って遊び始めた。
-クーリングオフの条件ってなんだっけか・・・って兄弟ども、あまり遠くに行くんじゃねぇぞ。暑くなったら俺がいるとこにこい。涼しい風がでる機械があるから。
と子猫たち一匹一匹に接触して念を伝えてみる。いつものように了解チックな返事が返ってきたので京司は一匹、母屋に向かう。
見ると縁側が全開であった。この家には戸締りの概念がないのかと思いながらも、リビングに飛び込んでテーブルの上にあるエアコンのリモコンのスイッチを前足で入れ、
続いてテレビをつけた。
今日は終戦記念日。例年のように太平洋戦争を振り返る特番をやっていた。
それをぼんやり眺め、座布団の上でエアコンの送り出す涼しい風を受けながら京司は眠りについた。
眠ったり目を覚ましたりとウトウトしていると19時過ぎに玄関からただいまーと聞こえてきた。どうやら雲雀が帰ってきたようだ。
すぐに居間に入ってきた。
「ただいま帰りました。黒猫さん、猫エサは玄関の土間に積んでおくように柏木さんにお願いしておきましたから。」
手に持ったペットボトルのお茶を飲みながら雲雀が言う。
-おかえり。ありがとよ。柏木さんには後でもう一回礼を言っとくか。
「あ、そうそう。お名前、三つも考えてきましたよ。我ながら会心の出来です!」
得意げに胸をはる雲雀。料金のことも相まって嫌な予感がしてならない京司。
雲雀はニコニコしながらススッとちゃぶ台の上に三枚の紙を差し出してきた。
一枚の紙に毛筆で【戦艦にゃあにゃあまる】と書いてあった。
もう一枚の紙には【鉄血院猫化如】と書いてあった。
最後の紙には【クラッシャーポチョムキン2号】と書いてあった。
「戦艦にゃあにゃあまる、と鉄血院ねこかにょ、クラッシャーポチョムキン2号。どの名前がいいですか?」
あ、戦艦にゃあにゃあまるは600万円、クラッシャーポチョムキン2号は50万円で鉄血院ねこかにょは500円です、と雲雀は付け加えた。
本気で京司は自分の目と耳を疑った。
なんなのだ。人様にこのふざけた三つの名前のうち、どれかを背負って一生を生きていけという目の前の少女は。
その上、金まで要求してきた。中2が要求する金か?600万円って。
兄弟たちの里親探しを頼んでいなければ一発ぶん殴ってやるところだ。
しかも一つ、他の二つに比べて異常に安いのがある。ワンコインだ。どう考えても鉄血院ねこかにょは罠だ。
鉄血院ねこかにょだけは絶対に選んではならない。だいたい鉄血院って嬢ちゃんの苗字じゃねぇか、と京司は思った。
だがクラッシャーポチョムキン2号は名前というよりプロレスラーのリングネームだ。選択したが最後、おそらく1号とタッグを組まされるだろう。
京司は入場曲とともに赤コーナーから入場する黒猫の姿を想像して嫌な気分になった。
そして戦艦にゃあにゃあまるは法外な値段である。
現在の持ち金では払えない。
というかおそらくそこを見越しての値段設定なのだろう。
-・・・いや、「お願いします。」って言ったのは事実だけどさ、正直、俺はこのまま名無しの黒猫さんでもいい気がしてきたんだが。・・・なぁ、どうしてもどれか選ばないとダメ?
「そりゃあそうですよ。本来、我々の業界では一方的に名前つけちゃうのが通例です。そこを曲げて黒猫さんの場合は特別に!3つの中から選ばせて差し上げるんですよ。
せっかく生まれ変わったってのに、このままじゃ黒猫さんはずっとヤクザな過去を引きずったまんまです。七ツ釜京司さんは死んだんでしょ?
じゃあもう別の名前を名乗って次の生を歩みださなきゃ!
だいたいお坊さんがつけた戒名にあとから文句なんか言ってきた人なんて今までただの一人もいませんでしたよ。」
そりゃ名前つけられた相手死んでるからだろ、と京司は思ったが思うだけにとどめておいた。
-・・・・じゃあ、戦艦にゃあにゃあまるで。
とりあえず言うだけ言ってみた。
「わかりました。600万円です。」
-・・・今手持ちがないから、足りない分は金を稼いでからでもいいか?
「うちはいつもニコニコ現金払いがモットーです。ツケや後払いはお断りしております。黒猫さんは無職なんですからなおさらです。」
予想通りであった。京司はだんだんこの女子中学生が嫌いになってきた。
-ちなみに聞いておくが、クラッシャーポチョムキン2号って・・・1号がいるのか?
「ええ。1号は近くに住んでるおじさんが飼ってたカッコイイ角がついた覆面を被っている土佐犬でしたよ。たまに散歩中の姿をお見かけしてました。実際に戦っているのを見たことはありませんが、
クラッシャーポチョムキン1号はとても勇敢な戦士だったそうです。生か死かの地下闘犬賭博で並み居る強敵を血祭りに上げていたそうですが、
つい先日エキシビジョンマッチの対戦相手、ギニア出身の脳をいじられたゴリラ、凶獣ゴリ蔵の喉笛に食らいつきながらも逆にゴリラパンチでやられちゃったらしいです。今はうちの裏庭のお墓に入ってます。
…じつはですね…その覆面、今では受け継ぐものがいないと飼い主おじさんが嘆いてるんです。このお名前は気合の入った戦士のみが名乗ることを許されるもの。
その辺のシャバ僧がホイホイ名乗って良いお名前ではありません。しかし、黒猫さんなら覆面と共に受け継ぐ資格アリ!と私は睨んでるんですがいかがでしょうか?」
おじさんも毎日代わりの犬を探し歩いてて痛々しくて見てられませんし、と雲雀はニコニコ顔で言った。
-いや、しかし俺は猫だぞ。さすがに闘犬には参加できねぇだろ。
「その点は大丈夫です。実力さえあれば参加できますよ。ゴリラだってワケがわからないうちに参加してるんですから。もうこの際猫でもネズミでも仇を討ってくれればおじさんも納得するでしょう。とりあえずあのおじさんには1号に代わる心の支えが必要なのです。」
-心の支えを殺し合いの場に送りすなよ・・・おっさんには気の毒だが、その名は今の俺にはちょいと重すぎるようだ。
そうでしょうそうでしょうと雲雀が笑顔になった。口のへりを曲げて笑う、相手をハメたときの笑い方だ。
「しかたありません。じゃあ消去法で決まりですね。黒猫さんは今日から鉄血院ねこかにょです。ようこそ単立寺院、鉄血院へ!今日からあなたは私の家族です!」
この瞬間、野良猫は飼い猫になり、京司はねこかにょとなった。