20.雲雀、怒りのアイドルデビュー
山本がスペースの準備をしていると、ほどなく巫女服姿の雲雀がとぼとぼと戻ってきた。
本格的な紋付の白装束に紅の袴。
なんだか出来のいい神道的な頭飾りまでつけさせられており、本格的な雰囲気をかもし出している。
その足元を嬉しそうに蓬莱がぐるぐるかけ回っていた。
「こんなの着る必要あるんですかね…」
雲雀は諦め顔でため息をついている。
-何を言うか雲雀殿、似合うておるぞ。まるでまだ方向性が定まっていないご当地アイドルみたいじゃ!
そう褒める蓬莱は対照的に上機嫌でブンブン尻尾を振っていた。ちぎれんばかりである。
「なにそれ全然うれしくない…」
そう呟きながら雲雀は伊達メガネをかける。
彼女なりの変装のつもりらしい。
よほど知り合いにばれるのがいやなのか、その表情はどんよりと曇っていた。
-おら、辛気臭いツラすんじゃねぇ。そんなんで客商売ができるか。無理にでも笑うんだよ。…オイ、こらタカ坊!ぼーっとしてねぇでビラァ撒いてこいや!
「へい兄貴!了解です!」
京司の指示の下、先日苦心して作ったチラシの束を持って山本が飛び出した。
境内で、参道で、神社周辺で、京司が先日作ったチラシを配って回ると里親募集のスペースは瞬く間に大盛況となる。
皆、ケージの中の子猫たちをワイワイと眺めていた。
出だしとしては悪くないな。
黒猫は長机の下でそう思ってほくそ笑んだ。
さらに雲雀が「1ヶ月分のエサを当方でご用意し、予防接種の費用も当方で負担します。」と呼びかける。
しばらくすると電話で家族に猫を飼ってもいいかと相談をしている女子高生が現れた。
しばしのやり取りの後、女子高生は家族から了解を取りつけたようでついに茶トラの兄弟の一匹のもらわれて行く先が決まった。
雲雀がはいはいありがとうございますと女子高生の連絡先を控えていると、今度は家族連れが山本に声をかけてきた。
一匹茶トラを引き取りたいという。
とんとん拍子で2匹の子猫の里親が決まった。
両方の里親ともに可愛がってくれそうだ、と京司は思った。
-おまえら、体に気をつけてな。飼い主さんの言うことをよく聞くんだぞ。なに、別に二度と会えないわけじゃねぇ。たまに様子を見に行くからな。達者で暮らせよ。
ダンボールに入れられ、不安そうににゃーにゃーと鳴きながらもらわれていく二匹の兄弟に別れを告げ、京司は里親たちの背中を見送った。
二か月に満たない時間であったが、彼らとは生まれてからずっと一緒に過ごした。
確かに血を分けた兄弟である。
京司にとって感慨深いものがあった。
控えた住所をチェックし、必ず様子を見に行こうと決意する京司だった。
午後になって一息つき、日房が焼いた猪の肉を持ってきた。
境内の屋台で焼いて売っているらしい。もちろん先日京司が狩った猪である。
なかなか好評なようでそろそろ売り切れてしまいそうな勢いだとか。
昨日食べた時はポン酢と大根おろしで食べたが、今回は軽く振った塩で味付けされていた。
これもまた悪くない。そんなことを話しながら、スペースの中、二人と一匹で食べているとふいに雲雀に声がかかった。
「あれ?鉄血院さん?」
雲雀は目に見えてビクッとした。
「あ、やっぱり鉄血院さんだ。何してるの?そんな恰好で。」
声をかけてきたのは浴衣姿の少女だった。
同じ年の頃の少年と連れだっている。
少年も浴衣姿だ。
同級生に見つかりたくなかった雲雀にとって事態は最悪なのだろう。
しどろもどろに返事をした。
「あ、こ、子猫の里親探しの手伝いを…。この格好もその客寄せの一環で…」
言われて少女はケージの中の子猫達を見た。
暑いのだろう、子猫二匹はおなかを出してすぅすぅと眠っていた。
「おお~、かわいいね。ねぇ、写真撮ってもいい?」
「あ、うん。…いいよ。」
雲雀がそう返事をすると少女はスマートフォンで子猫たちを一枚、そしてついでに絶賛好評コスプレ中の雲雀を一枚撮影した。
「ちょっ、やめてよ!」
「へへっ、撮っていい?って聞いたじゃん。うん、いいよ。似合ってると思うよ。かわいいかわいい。ねぇリョウ?」
悪びれず、笑っている少女の隣にいた少年も苦笑する。
「ごめんね、鉄血院さん。ユキが勝手なことして。でもホントに似合ってると思うけど。…迷惑だったら消させようか?」
消して、と雲雀が発言する前に山本が遮った。
「いやいや、それには及びませんよ。こういうのも思い出ですよ。ねぇ、姐さん。」
「そうだよ。せっかくコスプレしてるんだもん。写真の一枚も撮らなくちゃ。じゃあね、鉄血院さん。今度撮った画像送るから。里親探し、頑張ってね。」
そう言いながら少年を連れだって参道を本殿の方向に歩いて行った。
雲雀はこの世の終わりのような顔をしている。
「お友達なんでしょ?そんな顔することないじゃないですか。」
見かねた山本が声をかけるが雲雀の顔は晴れない。
「友達じゃないよぅ。ただのクラスメイト…ああ、結局見つかった…しかも写真まで撮られた。絶対クラスで見世物にされる。いろいろ終わった。もうだめだ…」
-…いいのう、人間は。スマホとか便利なものもってて。せっかく巫女服着てもらってるしワシも一枚雲雀殿を撮りたいのう。
呟やかれた蓬莱の心底うらやましそうな声に京司が反応した。
-オイ、雲雀!タカ坊!神様がこう仰せだ。…わかってるな?
「へい、兄貴!すいませんが姐さん。あそこの木陰で適当にポージングしてもらえませんか。」
-あいや待たれよ、山本殿!より巫女っぽさを前面に出すためにも撮影はあちらの鳥居の下の方でお願いいたしますぞ。
「了解しました!さ、姐さんこちらへ!」
山本に袖を掴まれたが、雲雀はそれを乱暴に振り払った。
そしてついに爆発する。
「嫌です!絶対に嫌!嫌に決まってるでしょ!調子に乗らないで!」
-そう言わずに雲雀殿、バイト代は割増しで払わせるゆえ!ちょっとあの鳥居のところに立ってるだけでええんじゃ!…山本殿!お連れせよ!
「すいませんね、姐さん。神様に命令されては仕方がありませんや。失礼します!」
「あ、もう!…まだご飯だって食べてるのに!」
今度は手首をつかまれた。
結局半ば強引に山本に手を引かれて、鳥居の前で写真を撮られることになる。
ポーズの指示は主に蓬莱が出した。
夏祭り中である。
山本が撮影していると、通りがかった多数の参拝客もそういうイベントだと思って勝手にシャッターを切っていく。
雲雀本人の同意を得ないまま、なし崩し的にゲリラ撮影会的なものが開催されていた。
雲雀を囲む人混みの輪はどんどん厚みを増していく。
すかさず山本はチラシを配る。配りながら撮影する。
絶対に後でこの状況を作った者たちに復讐をしよう。
具体的には宙に浮いてニヤニヤしてるヤクザ及び黒猫。それと足元で鬱陶しくポーズの指示を出す犬。あと、シャッター切ってるちゃらい感じのヤクザ。
絶対に許さない。
償いをさせる。
そう思いながらやけくそでポーズをきめ、媚びた笑顔を作り損ねて迫力のある不機嫌ヅラになっている雲雀と物凄いテンションでワンワン吠えてその周りを駆け回る蓬莱だった。
山本や参拝客が写真を撮ると、その画像の中で雲雀の足元から白いオーラのようなものが吹き上げているように見えた。
最初は射し込む光の加減のせいでこのオーラのようなものが写りこんでいるかと思った撮影者たちだったが、撮影したすべての画像に同じようなものが写りこんでいては別の可能性を考えざるを得なかった。
「…ねぇ、これって心霊写真?ほら、撮った画像、全部足のあたりに白いモヤモヤが写ってる。」
「こっちの写真も見てよ。ほら、このモヤ、犬に見えない?」
「…わ、見える!ここの神様って白い犬だってことだし、なんかご利益ありそう…おばあちゃんに送信してあげよう」
「これはきっとこの神社に祀られている蓬莱様に違いねぇぞ!ありがたやありがたや…」
「よかったらそっちの犬の輪郭がはっきりした画像、俺にも送ってくれない?妹にも転送したい。今年受験なんだ。」
かくして本人が全く知らないうちに、参拝客に撮影された雲雀の写真は縁起物として撮られた端から拡散されていった。
山本が後で引き延ばしてポスターにして本殿に飾ってくれるとのことで、「いやいや幸せじゃわい」と蓬莱もホクホク顔である。
撮影会に区切りをつけて自分たちのブースに戻ってくるとチラシの成果か、また子猫を見にくるものが増えてきた。
その中から子猫を引き取りたいというものがまた現れる。
結局、午後には兄弟猫たちの全て貰い手が決まった。
最後の一頭をもらっていった家族の背中を見送りながら雲雀がひとつため息をつく。
「みんな、行っちゃったねぇ。」
-おう、善良そうな飼い主様たちだ。きっとあいつらは幸せになるに違いない。…本当によかった。
感慨深げにつぶやく京司だった。
-お前がそんなバカみたいなコスプレまでして集客してくれたおかげだ。
「…本当に怒るよ。」
-いや、真面目な話、感謝してるんだぜ。
-あのまま山の中で生活してたら、遠からず病気になってたに違いない。仮にそうなったところで医者にだってかかれねぇ。悲惨な死なせ方をしたんじゃ、おっかさんに申し訳が立たないところだった。
-雲雀、ありがとうな。本当にありがとうな。
「はぁ…お役に立てたなら恥をかいた甲斐があったのかな。ってあああああ…もう私、新学期始まっても学校行きたくない。絶対馬鹿にされたり、からかわれたりするよ…」
-大丈夫じゃよ。もし馬鹿にしたりからかったりするやつがおったらワシに言って来い。ちょっときつめのバチを当てて悪口どころか二度と口がきけないようにしてやるわい。
何言ってるんですか!蓬莱様さえ変なことを言いださなければ!このアホ犬!と喉元まで出かかり、その言葉を飲み込もうとして失敗した。
「何言ってるんですか!蓬莱様さえ変なことを言いださなければ!このアホ犬!」
怒鳴りつけるその声に蓬莱はキャウンと一つ鳴き、耳を伏せて身を縮める。
-す、すまんかった。すこし調子に乗りすぎたようじゃわい。
神から謝罪を引き出しておきながらもなおも睨み付ける雲雀だった。
-そ、そうじゃ、あとでワシのとっておきの宝物を一つ上げるからそれで勘弁してくれい。
雲雀の視線に耐えかねた蓬莱はこうなったら物でつるしかあるまい、と慰謝料の支払いを持ちかけた。
「宝物ぉ?」
雲雀はどうせお気に入りの骨かなんかかなと思ったが。
-おうとも。銘も作も不明じゃが、恐らくは平安中期に作られた切れ味抜群の業物の小太刀じゃ。
-作られてから少なくとも千年を超える時を経て、その間に少なくとも万を超える人を斬っておる。にも関わらず、錆どころか刃こぼれ一つない逸品じゃ。染み一つない。
-もちろん、これでもかというくらい呪われておったが…いや、もはや呪われているというよりも、刀の中にちょっとした地獄が顕現しておってな。
-その地獄の中で、この小太刀でもって斬った者や斬られて果てた者たちが互いに相斬り合い、その怨念を増幅させて…
もっとろくでもないものだった。
「いりません!そんな気持ち悪いもの!」
-いや、今はワシが苦心の末、見事浄化に成功してじゃな…
「い・ら・な・い!」
-でも多分値段がつけられんほどの価値が…
「しつこい!」
もはや雲雀は蓬莱を土地神として敬っていない。
本日の雲雀内証券取引所で蓬莱の株はストップ安である。
さらにこの後、雲雀はこの神様の願いを聞いて危険な心霊スポットに突撃しなければならない。
今後しばらくは株価上昇のための好材料はなさそうだった。