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1.猫なりの一生懸命

ミィー…ミィー…


京司は猫の鳴き声で目を覚ました。


-猫……?


ミィー…ミィー…


至近で猫の鳴き声が聞こえる。


目を開けると体が1mほど宙に浮いており、足元で5匹の子猫がみぃみぃと鳴いていた。

母親と思われる猫がそばに寄り添っている。


-おお?とりあえず俺、生きてるのか?お、オヤジに蹴られたところが痛くねぇ…ていうか俺浮いてるのか?幽霊?やっぱ死んだのか?それからここはどこだ?


頭の中に次々に疑問が頭に浮かぶ。


-どこかの倉庫か?


とりあえず周囲を確認すると、ここは何処かのトタン造りの倉庫の中のようだった。

バケツや一斗缶や束になった銅線、脚立や工具箱が置いてある。

床には軍手やロープが散らかっていた。入り口には扉がついておらず、外から陽がさしている。

視線を猫たちに戻すと茶トラ柄の母猫と目が合う。


同時に違和感に気がついて京司は軽く混乱した。


-あれ…体がふたつある?


一つはいつもどおり元の自分の体。京司がいつも着ている白のスーツ姿だ。髪型も今時角刈りなのでとてもカタギにはみえない。

いつもどおりの京司のスタイルだ。

しかし手のひらを見ると向こう側が透けて見える。

宙に浮いているが、いつもどおり自分の意のままに動く。

むしろいつもより体が軽い。というか異常に軽い。

もっと言えば体に質量を感じない。

拳を繰り出すのと同じ速さで拳を元の位置に戻せる。蹴りも同じだ。

肘打ちを繰り出してパンチ、そこからの蹴りのコンビネーションが1秒もかからない。

さらに無重力状態だ。体が宙に浮いていて、落ちない。体勢も崩れない。というより体のあらゆるところに体の重心を置くことができた。

人差し指の先に重心を置いて蹴りを放つこともできる。

自分の意思通りに上下左右前後に移動できる。頭と足を逆さにしても頭に血が上る感覚がない。


-どう考えても幽霊だな。


もう一つの体ほうが問題だった。京司の意思に合わせて、足元の黒い子猫の前足が動く。

自在に、とは言いがたい。

子猫の身体操作のほうは難しい。まるで自分の体ではないような感覚であった。

しかし触覚や温感らしきものもあることも確認した。

やはり京司自身の体ということになる。


-この黒い子猫、俺なのか。今浮いてる俺は幽霊なのか…やっぱり死んだらしいや。


-しかし…ああ、腹が減った…


京司がそう思うと黒い子猫の体が勝手に動いて、母猫の乳首のほうへ這っていった。

口が開き勝手に乳首を咥え、乳を揉んで出てきた乳を吸う。


-ああ、俺、おっぱいもらってんのか…


足元で黒い子猫が一生懸命乳を吸っているのを他人事のようにしばらくほほえましく見ていた。


-あんたがおっかさんってわけだ。へへへ、ありがとな。


茶トラの母猫に礼を言うと母猫はこっちを見て小さくニァと鳴いた。

笑ったようにも見えた。

そして気がつく。


-俺は発声できていない。音を出せてない。まぁ、幽霊だから仕方がないのか。にもかかわらず、母猫には聞こえていたのか?どうも俺の姿が見えているようだし・・・


そのまま満足するまで乳を飲み、母猫に排泄の世話をしてもらい、子猫の体は眠りにつく。

同時に霊体の京司もまた、子猫の感覚に引きずり込まれるように眠りに落ちた。


5時間ほどでまた目を覚ます。

目を覚ましても特にすることがないのであたりの様子を見て回ろうと周囲の散策を開始した。

倉庫の正面は砂利道になっていてちょっとした駐車スペースもある。正面以外は全て林だ。

そして周囲を散策しようとして、また気がついた。

遠くにいけない。子猫の体から約20メートル以上離れられない。まるで腰に縄がついているかのようだ。

それから物にも触れることができない。

手が通り抜ける。倉庫の壁も屋根も通り抜ける。

物体には一切干渉することはできないようだった。

ならばと思い、霊体で上空20メートルまで上がって見渡す。上空20メートル。結構な高度である。

近くに大きな建造物もなく、遥か彼方まで見渡すことができた。

現在、猫一家が住んでいる倉庫は山の中腹に立っていた。山には送電塔が定間隔で連なって立っている。

正面の砂利道は上れば送電塔へ、下れば麓へと続いていて、その先、遥か遠くに市街地が見えた。

どうやらこの辺に人家はないらしい。



眠り、目が覚め、飢えに苛まれる。

母猫の乳で飢えを満すとまた眠る。

そんなことを何日も繰り返すうち、開いた子猫の目が機能しはじめたらしく、視界がもう一つ開けてきた。

霊体の自分の他に視界がもう一つある。

視界がふたつあるという強烈な違和感。

初めは自身気が触れそうだったが数時間で慣れた。

もう騒いでも仕方がないので京司は冷静にあるがままを受け入れた。慣れれば便利になるだろうと楽観的に考えることにした。



そういえば…と思い、ひっくり返って足を広げ股間を見てオスかメスかを確認しようとしたが見てもどうもよくわからない。

京司はなんとなく自分はたぶんオスだろうとあたりをつけている。

そして、股間を見ていて気がついた。


-長い尻尾が二本ある…聞いたことがあるぞ。化け猫は尻尾が二本あるって。俺は化け猫に生まれついたのか?それともただの奇形か?


念の為、他の兄弟の尻尾もチェックするが二本の尾を持つ猫は黒猫だけである。長い。30cmはあるだろう。


-……まぁいいか。考えてみりゃ俺という幽霊が憑いてるんだ。化け猫みてぇなもんだろ。


周りには自分以外に4匹の子猫どももいる。茶トラ、茶トラ、茶白、茶トラ。

茶トラ率が高い。

どいつが兄でどいつが弟なのか、そもそもオスかメスかもわからないが間違いなく兄弟だろう。

今は母猫ともども全員スヤスヤと寝ている。


-しかし、生まれ変わった先が猫か。生まれ変わりなんざ信じちゃいなかったが…

-こりゃあれだよな。前世での行いが悪かったからこんな目にあってんだろうな。

-まぁ、思い返せばろくでもないことばかりしでかしてきたからな…畜生道に落ちたってことなのかねぇ。虫けらに生まれ変わらなかっただけでも御の字か。

-へへ、こうなりゃネズミでも捕まえてのんびり生きていくさ。



京司が猫として生を受けてから1ヶ月ほど経った。

倉庫の外では大音響でセミが鳴いている。

手の平に納まるほど小さかった子猫の体も、ふたまわりほど大きくなり、二つの体を同時に動かす感覚にも随分慣れていた。

尻尾はさらに伸びた。いまや50cmはあろうか。

子猫の体で小屋の中をところ狭しと走り回りながら、同時に霊体で蹴りを一秒間にどれだけ放つことができるかに挑戦していた。

突き蹴り、横蹴り、回し蹴り、薙ぎ蹴り、刈り蹴り、押し蹴り、かかと落としと大体7発。

自分の体に質量がないとこれほど速く動けるものなのかと驚く。

しかも、どれだけ繰り出しても息が上がらない。というよりも自分は息をしていない。


そんなトレーニングの最中、すばしっこく飛び回る羽虫に京司が拳をヒットさせるとかすかな手ごたえと共にその場ではらりと地面に落ちる。

物体に全く触れることのできない体。しかしどういうわけか幽霊のパンチでも虫は殺せるようだった。


母猫は子猫が小屋から出ようとすると子猫のうなじを咥えて小屋の中に連れ戻す。

母猫に軟禁されている以上、この小屋から出られない。

もう一ヶ月以上だ。

京司もいい加減、この風景に飽きてくる。

そして母猫は狩ってきたいろんな虫や小動物を捕まえてきて食べさせようとしてきた。

バッタ、セミ、蛾、カマキリ、ゴキブリ、ネズミ、モグラ…

乳離れした兄弟たちは喜んで食べていた。


-ゴキブリはノーサンキューだ、おっかさん。しかしなんでおっかさんは俺が脱走しようとするタイミングがわかるのかね。まぁ子離れの時期まで我慢するか…


現代日本人だった京司にはやはり虫を食べることに抵抗があった。まずは恐る恐るネズミとモグラをかじって食べた。両方とも生臭くて最悪な味がした。


-ぐ……これは無理だ。とても俺には食えない。


仕方がなくセミとバッタを食べることにする。味があまりしない分、京司にはこっちのほうがまだマシに感じた。

ネズミを食べない黒猫を見て、これもちゃんと食べろとばかりに母猫は前足でネズミをこっちに押しやってくる。


-すまん、やはり俺にはネズミは無理だ。気持ちだけ受け取っておく。


母猫は好き嫌いをする黒い子猫にネズミを押し付けていたが、子猫は意地でも食べようとしない。

母猫はそのうち諦めて狩りにいった。

ネズミは兄弟たちがおいしく頂いた。


さらに数日後の朝方、いつものように兄弟猫同士でじゃれあって過ごしていると小屋の外から車が近づいてくる音がした。

寝ていた母猫が突然顔を上げて小屋の入り口を警戒する。

小屋の前でエンジン音がとまり、続いて車のドアを閉める音がする。

まもなく中年の男が小屋に入ってきた。

薄緑の作業着を着ており、日に焼けて髭は短く刈り込んでいる。


-どう見ても業者のおっちゃんだな…この倉庫を持ってる会社の人間かねぇ…


男は猫一家を見つけると一瞬困ったような顔をして、小屋の隅にあった麻袋を持ってこっちに近づいてくる。


-こいつには俺のことは見えてないみたいだな。やっぱり幽霊は人間様には見えねぇのか…


うぅむとそんなことを考えて眺めていると、男は子供たちを守ろうとうなり声を上げる母猫をひょいと捕まえて麻袋に入れ、思い切り踏み潰した。

一瞬の出来事だった。

京司は警戒すらしていなかった。

ゴリゴリッといやな音がした。


-いきなり何てことしやがんだこの野郎おおおぉぉぉっ!死ぬかコラァァァァ!


その音を聞いて京司は激怒した。怒鳴り声は男には聞こえていない様だった。男はもう一度麻袋を踏んだ。

京司は怒りに任せて男の腹を突くように蹴り抜いた。

足は男の腹を突き抜けて背中へ出ている。インパクトの瞬間、奇妙な手ごたえを感じていた。

飛ばすつもりで蹴ったのだが、男の体は微動だにしていない。見たところ完全に無傷である。

が、男の顔は苦痛に歪んでいる。

そのまま男は腹を抱えて苦しげにうめいてうずくまった。


-おぃ、おっかさん!


麻袋の様子を伺うが動く様子がない。

恐らくは中の母猫は重症を負っている。もしかしたら死んでいるかもしれない。

俺はうずくまっている男の頭を「掴んで」ドスをきかせた声で言った。


-てめぇ…やってくれたな…


「あが…だ、誰だ?…いてぇ…」


-おぉ?お前、聞こえてるのか?俺の言葉聞こえてるのか?だったら今すぐ袋の中から猫を出しやがれッ!


「だ、誰だ?ど、こにいる?」


-いいからとっと猫を袋から出せっ!グズグズすんなっ!


男は地面にうずくまったまま、うめきながら袋から母猫を取り出した。

…母猫はかろうじて生きてはいたが、血を吐いてヒューヒューと息をしている。

どう見ても長くは生きられそうにない。それどころか今すぐにでも死んでしまいそうに見えた。


-ああぁぁ…なんてことを……てんめぇぇええええッ!


「悪か、った…助けて、くれ。許…して」


-きけねぇなぁ!死ねコラ!死んでおっかさんに詫び入れろや!


頭を掴んでいた手を離して今度は蹲っている男の頭を思い切り蹴り飛ばす。

先ほどと同じ奇妙な手ごたえ。

発泡スチロールの塊ようなものを蹴って四散させる感覚。

その一撃で男は地面に突っ伏し、ぴくりとも動かなくなった。


数秒後、男の体から、半透明の男の体が浮き出してきた。


-ああ、こりゃコイツの霊体みてぇなもんなんだろうな。


浮かんできた男の霊体には頭部がなく、腹部に大穴が開いていた。

ちょうど先ほど京司が攻撃した箇所と一致する。

追撃とばかりに半透明の男の体に一発回し蹴りをくれてやると、男の霊体は形を失い、

細かい粒になって空気に溶けるように消えた。


-ケッ、ザマァみやがれ。…っておっかさん……


母猫はまだ苦しそうにヒューヒューと喘いでいた。

苦しそうな母猫を見ると、いっそ京司自身が引導を渡して楽にした方が良いのかも知れないと思ったが、

さっきの男のように霊体に大穴をあけては申し訳ないとまごついていた。

結局、京司は瀕死の母親に何もできなかった。

兄弟猫たちは母猫の周りでミャーミャーと鳴いている。


母猫のそばで死んでいる男を見る。


-すまねぇ…もう少しこの男の行動に気をつけていれば…俺ってやつは根っからの大マヌケだ…


京司は母猫が害されるまで、この男をこれっぽっちも脅威と感じていなかった。まさか無言でこちらを殺しにくるとは夢にも思ってなかったのだ。

この男にとっての猫の命の価値を完全に見誤っていたと言える。

おそらくこの男にとって猫一家は倉庫に勝手に住み着いて糞尿を垂れ流す害獣ぐらいにしか考えられていなかったのだろう。

それはにこの男とっては当たり前の価値観。いまさらそのことに気がついた。


-…俺らは害獣ってわけだ。だからって黙って殺されてやるわけにゃいかねぇがね…


そして、気がついたことがある。


-男の霊体は頭部と腹部を損傷していた。トドメに放った蹴りといい、どうやら俺は霊体を破壊できるようだ。

-攻撃した時のことから考えると、霊体を破壊された人間はおそらくその破壊された箇所にダメージを負う。

-腹を蹴れば腹に痛みを感じさせることができ、頭への攻撃がヒットすれば一撃で相手を殺すことができるみたいだ。しかも相手は俺の姿が見えない。

-ということはつまり…俺は殺したい相手を結構簡単に殺せる…


それともう一つ。


-相手に触れて話すとこちらの声が聞こえてるようだった。

-だったら…


京司は母猫にそっと触れて語りかける。


-すまねぇ、おっかさん。助けるのが遅れた。本当にすまねぇ…申し訳ない…


母猫から断片的に思念が返ってくる。


-良い- -一生懸命生きろ- -死ぬな- -ネズミ食べろ- -大きくなれ- -ネズミ食べろ- -怖いのからは逃げろ-


-ネズミは勘弁してくれ。


-ネズミ食べろ-


-今際のきわに言われちゃしょうがねぇやな。わかった。ネズミ食べるよ。ありがとう。一生懸命生きて、死なないようにする。怖いのからは逃げる。

-…ついでに兄弟どもは適当に面倒見るから。安心してくれ。


京司が母猫にそれを伝えると、母猫はニァと一声鳴くと息を引き取った。

母猫の体から母猫の形をした霊体が浮き上がる。

目が合うと母猫は顔をしかめて口を少し開けた。

京司には笑ったように見えた。

そのままゆっくりと宙に溶けていった。

京司は1ヶ月間育ててくれた母を失った悲しさと、守れなかった情けなさで打ちひしがれていたが一滴も涙は流れなかった。

どうやら霊体の自分は泣く事ができないようだ。

読んでくださってありがとうございます。

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