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第9話 夜の雑談会

 道端での些細な出来事から半日ほど経ち、辺りは薄暗くなってきた。若い男二人は夕焼けが完全に姿を隠す前に野宿の準備を始めていた。

 トレイルは小枝を集め、火をおこそうと試みる。アルゴルンは辺りに凶暴な魔物がいないか見回りをしていた。

 そんな中、一人ポツンと佇んでいたシシーは荷物の番をさせられていた。「手伝おうか?」と聞いてみても「充分」とだけが帰ってくる。ただ二人の作業を眺め、自分にできることはないかと考えては、二人に先を越されてしまう。

 トレイルとアルゴルン、二人の行動に一切の無駄はなかった。まるで野宿慣れしているかのように、素早く作業を終わらせた。


「シシー、ちょっと手伝ってくれ」


 小枝を一ヶ所にまとめ切ったトレイルに呼ばれると、シシーは待ってましたと言わんばかりにトレイルの傍に駆けつける。

 なにをすればいいにか期待していると、トレイルは「お前の魔法で火をおこしてくれ」と言ってくる。

 シシーは複雑な表情で頷く。自分の唯一の取り柄である魔法が活かされるのは嬉しくはあるが、それと同時に唯一の取り柄がこんな小さなことで使うとは…。

 目を閉じ、ブツブツと詠唱している姿をトレイルはまじまじと見つめていた。過去に何度か魔法を目視したことはあったが、その時は巨大な炎の塊や、砂埃を巻き込んだ強風が地上で渦巻となっている光景ばかりに目が取られ、それを操っている者には見向きもしなかった。

 改めて魔法の詠唱を間近で見るとなかなかに神秘的だった。

 寸分も動かしていない肉体はまるで彫刻のようだ。しかし、その彫刻の中で唇だけは休むことなく動き続ける。

 魔法使いではないトレイルにとって詠唱とは雑念に等しかったが、それでも口元から漏れ出る言葉の羅列にトレイルは聞き惚れ、思わず…いや、あからさまな好奇心でシシーの唇に指先で触れてみる。

 唇は柔らかく、触り心地がよかった。いつまでも触り続けようかと一瞬だけ考えたがシシーに絞め殺される可能性が十二分にあったので止めることにした。

 一秒にも満たない僅かな間だけですぐに指を引っ込めたのでもしかしたら唇に触れたことに気づいていないのでは思い、恐る恐るシシーの表情を伺った。

 口元は動かしていなかったが、目も閉じたままでピクリとも動かないシシーを確認し、安堵のため息が漏れる。

 しかし、次の瞬間には怒りと恥じらいで二倍に顔を赤くしたシシーの本気の握り拳を顔面で喰らうことになる。だが、それはシシーから言わせればまだ優しい方だった。

 自分の唯一の取り柄が二度も放棄、妨害されたのだから袋叩きにされなかっただけ幸運だろう。

 もしも次、詠唱の邪魔をしてくるのであれば、トレイルの息の根を止めてやると心に誓ったシシーはもう一度、魔法の詠唱を始めた。

 さすがのトレイルも次に変なことをすれば命が危うい、と確信しシシーを見つめるだけにした。

 こうして小枝の集まりの中に小さな炎が生まれ、焚き火が完成する。

 見回りをしていたアルゴルンも無事に戻り、トレイルの顔の痕に驚き、そして笑った。

 夕日が完全に落ちる頃には三人は焚き火を囲み、雑談会を始めていた。



「食わないのか?シシー」


 トレイルは薄く切られた肉をシシーに差し出していた。

 それはウェアウルフの肉だった。アルゴルンが剣を包丁のように扱い、ウェアウルフを解体し、杖の先端に乗せ、焚き火で焙ってできた貴重な食料。しかしシシーはその肉を食べようはとしない。

 トレイルの旅に同行させてもらっている身でありながら、食べ物の好き嫌いなど本来なら言える立場ではないのだが半分は人間と同じと言われてきた半獣の肉を食べるにはどうしても抵抗があった。

 なにより、自分自身を食べろ、と言われているような気分になったからだ。


「筋っぽくて…不味いな」


 さらにアルゴルンが顔をしかめて「不味い」ハッキリと言ったのだから普通の人間なら食べたいとは思わない。


「ごめん…今は食欲がないから…」


 本気のグーパンチを繰り出す元気があるなら食欲ぐらいあるだろ…、と思いながらもトレイルは紙袋の中から青々としたリンゴを一つ取り出し、シシーに差し出す。


「半獣を好き好んで食べる奴なんていないさ。特にお前は大嫌いだろうな。それでもなんか食っとかないと身体が持たないぞ」


 トレイルから青々としたリンゴを受け取ったシシーは黙ってリンゴにかぶりついた。

 熟していないため甘味は少なかったが、青リンゴ特有の酸味がそれを補い、普通においしかった。


「ありがと。次はその肉を食べるから」


「ああ」



「それにしてもこの焚き火、スィスィルが火をおこしたのか?」


 シシーが青リンゴを筋まで完食し、いよいよウェアウルフの肉に挑戦しなければ、と悩んでいるとアルゴルンが会話の種を降ってくる。シシーはその質問に快く答えた。


「ええ。なんたってあたしは魔法使いだからね」


 やたら「魔法使い」の部分を強調した発音にアルゴルンはともかく、トレイルはあまり関心を示さなかった。


「そういえばそうだったな」


 それどころか今まで忘れていた自分に驚く始末。このままではトレイルの頭の中で魔法とは焚き火を熾すためだけの道具になってしまうのではと焦るシシー。なんとしてでもトレイルに魔法の価値を伝えようと努力する。


「いい?魔法と言うものは四元素エレメンタールに基づいて四つの種類に分けられてるのよ」


 突然の魔法講座に目を丸くしながらも食事中の雑談にはちょうど良いと、三枚目になるウェアウルフの薄切り肉も平らげながら耳を傾けるトレイル。

 アルゴルンも興味深そうに一言一句も聞き漏らさず耳に入れしようとする。


「火の精、サラマンダー。水の精、ウンディーネ。風の精、シルフ。土の精、ノーム。この四種類の精霊たちの力を借りて、あたしたち魔法使いは魔法を扱うことができるの。逆に言えば精霊たちが力を貸してくれないと、いかに素質のある魔法使いでも一切の魔法は使えない。」


 四枚目のウェアウルフの薄切り肉を焚き火で炙りながら聞いていたトレイルも、少しは関心を示したのか、シシーとの距離を詰めてくる。


「それじゃあ、焚き火を熾せのもサラマンダーがスィスィル、お前に力を貸してくれたからなのか?」


「もちろん。それにサラマンダーだけじゃないわ、あたしは四種類の精霊全てと仲がいいから皆いつでも力を貸してくれるの」


「じゃあさ、地面から突然土が盛り上がったり、川の流れを逆にできたりもするのか?」


 完全に少年の目になったトレイルの質問に頬笑みながら答えるシシー。


「もちろん!」


 完全に魔法の素晴らしさに浸かってしまったトレイルは生焼けの肉をかじりながら呆然と焚き火を見つめていた


「魔法か…」


 魔法の良さを充分に伝えられたシシーは満足し、次に解呪師についてトレイルから聞こうと思った。


「ねえ、トレイルはどうして解呪師になったの?」


 この質問は前にあやふやなまま聞きそびれた『旅をしている理由』にも繋がる可能性が高いと、期待を胸に抱いていた。


「それは…俺が呪われた人々を救いたいと思う、良い人だからだよ」


 教会の神父かなにかが言いそうな答えに心底疑問を抱いたシシー。

 トレイルほどの変質者が聖人のような精神を持っているはずがないと心の中で断言していたシシーはトレイルに聞く。


「本当?あたしにはあんたがそんな教会で習うような答えを口にするとは到底思えないんだけど…」


「ひ…ひどいな、俺を変質者かなにかと勘違いしているのかよ、お前は?」


「すごい!あたしの心を読んだような一言ね」


 さすがのトレイルも今の言葉には精神的なダメージが大きかったのか、目を閉じ、ブツブツと独り言を呟きだす。


「スィスィル、さすがに今のは言い過ぎだ。トレイルの気分しだいで俺たちは解呪させてもらえない可能性だってある」


 もちろんシシーもアルゴルンも、トレイルのような解呪師がそんな性根が腐ったことなどするとは思ってなどいなかった。そういう意味では、トレイルのわざとらしい答えもあながち間違いではないのかもしれない。


「ご…ごめんねトレイル、つい口が滑っちゃって…」


「ん?なんか言ったか、魔法が出ないか挑戦してたから聞いてなかった」


 悪気がなかったとは言え、自分の失言でトレイルを傷つけてしまったと思っていたシシーは、トレイルがまったくの別の理由で目を閉じ、ブツブツと独り言を呟いていると言う事実に心底呆れ、出会ったときに抱いた疑問が舞い戻ってきた。


「やっぱり…トレイルって解呪師に見えないんだけど…」


「あのなシシー、お前だって見ただろ?俺の解呪するとこを」


 焚き火を見つめながら、俺じゃ魔法が使えないな。と悟っていたトレイルはシシーの一言になんだが虚しい気分になりながらも解呪師の証である『杖』を見せる。


「その肉を焼くときに便利な杖がどうしたの?」


 解呪師の証である『杖』は特殊な樹木から出来ているため、『折れない』『燃えない』『腐らない』の三原則が付いている。そんな便利な杖の先端に肉を何枚か置き、焚き火で焙っていたのだから、肉焼き機として使っていたと、シシーにあらぬ誤解を生んだのかもしれない。


「言っとくがな、こいつは肉焼き機じゃないぞ。確かに便利だから色々と活用させてもらってるが、言葉になんて到底できない苦労の末に解呪長から認められ、受け取った杖なんだぞ」


「そこが納得できないのよ!」


「いやいや…そこを否定されたら俺自体が崩壊するんだが…」


 トレイルの熱を込めた主張すらも容赦なく否定してくるシシー。

 それを聞いていたアルゴルンは何度か笑みをこぼし、余計な茶々など入れず、二人の会話がどんな結末を迎えるのか楽しむことにした。


「なにも知らないって思われてるかしれないけど、あたしだった解呪師について多少の知識ぐらいあるのよ」


「へー、なにもし…」


「そこ!私語厳禁!」


 無理やりにでもトレイルを止め、話が変な方向に飛んで行くのを阻止するシシー。


「あたしの知識が正しければ、現在解呪師の職についているのは約50人…」


「正確に、なおかつ歳をとってもう止めた奴も合わせ…ングッ!?」


「私語!厳禁!」


 掌でトレイルの口を覆うと会話を再開しだす。

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