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第67話 カティン村待機ペア

 カティ、シシーを除く四人がいなくなり、カティは始めて傷ついたシローに手を伸ばした。


「大丈夫だよ、シローが心配することなんてなにもないからね……」


 赤ん坊をあやす様に囁きが、これまで『ただ』の猫を演じてきたシローに伝わり、『ただ』の猫ではなくなったシローは思う存分に言葉を探した。


「うむ」


 噛み締めるようにそれだけを発すると、カティは返ってきた返答に驚いた。


「そっか、喋れるシローなんだよね」


「うむ。もう喉元まで込み上げたものを我慢などせずに済む」


 込み上げるように言い放つシローに、それを深く聞き入れるカティ。

 そのすぐ傍で桶に水を注いでいたシシーは何とも居たたまれない気分になりながらも、一人と一匹の会話に耳を傾ける。


「なんか……変な気分。夢でも見てるかのような……」


 トレイルがいなくなってからか、肩に入れていた力を全て降ろしたかのように軽やかに喋るカティ。シローは小さく微笑むと、冗談の一つでもこぼした。


「まるで余が喋っていることが幻であると言っているようだな」


「そんなんじゃないよ」


 慌てて否定し、ドッと笑いが飛びだす。


「カティ、ありがとう。余はもう充分過ぎるほどの優しさを受け取った。他の者にもそれを分けてあげなさい」


「え?」


 シローは頬笑みをこぼしたまま、倉庫の扉を指差した。

 まるで厄介払いするようなシローの言動にカティは戸惑い、硬直した。


「もっと、ねえもっとお話ししようよ。シロー……」


 願うような瞳で見るが、シローは首を横に振り、もう一度言い聞かせた。


「カティ、お前はトラスの元に行かなければならない。監視などと言う理由ではなく、ただその者の傍に寄りそり、雑談を繰り返すだけでよい」


 差し伸べられたカティの腕をシローは掴み、そのまま扉の方へと押しやった。


「さあ」


 シローの言葉が除け者を退かす為の言葉ではないと感じたカティは、寂しさを抱えながらもシローの言う通りに、倉庫へと足を伸ばし、消えた。


「シロー、本当にあの子を呪躁師じゅそうしの元にやってよかったの? トレイルから釘を刺されてたじゃない、呪躁師には近付くな。って」


 倉庫の扉が閉まるのを確認し、シシーは聞いたが、シローは何も言わずに頷くだけだった。


「……」


「……そう」


 なにも言わないシローに対し、何か考えがあってのことなのだろうとシシーは無理に自分を納得させ、話題を変えた。


「ところで、他のグループは大丈夫かしら?」


 独り言のように、しかし相手にしっかりと聞きとれるようハッキリと口に出す。


「大丈夫であろう、少なくともトレイルとルナはな」


「ううん、そうじゃないの」


「なに?」


 予想通りに的外れな返答を返してきたシローに、シシーは首を横に振った。


「危険かどうか。じゃなくて、他のグループが無事に目的地まで着けるのかを心配したのよ」


「それについて心配する必要はない。実探しにはルナがいれば事足りるであろうし、ガナスの方には甘えん坊な子を付けておいた。毒矢についた臭いを辿り、呪躁師の隠れ家を見つけるだろう」


 意外にも抜けまないシローの対応に、シシーは少々感動していた。


「むしろ余が心配なのはカティン村に敵が襲いかかってくる可能性だ。大人数で攻め込んでくることは考えにくいが、少数でも危険には変わりない」


「大丈夫よ。あたしは四種類の魔法を全て使いこなせるんだから」


「それは頼もしいな……」


 どう見ても信じているようには思えない返事を返すシロー。


「信じてないわね、コイツ!」


 片方の手は桶の中に浸したまま、もう片方の手でシローの頬を思いきりつねりに掛かる。


「な……なにをする!? やめ――」


 反論の余地すら与えずに、シローの頬――と言うよりも毛深い頬の毛を引っ張るシシー。シローも爪を立てるようにしてシシーの腕を払おうとするが、桶の中の水が突然渦巻いた。

 それによりバランスの崩れたシローはシシーの腕を払うどころか、その場に座り込むことすら難しくなり、倒れこまぬ様に身体を支えるのに神経を集中させるハメになっていた。




 倉庫の扉が開き、奥にいる縄で全身を縛りつけにされている男――トラスが目に入る。だが、トラスは俯くように顔を傾けており、話しかけられる雰囲気ではなかった。


「カティか……?」


 睡魔にその身を委ねているのかと思い、閉じきっていない扉の向こう側に後戻りしようかと考えたカティだったが、俯いたままのトラスから聞こえてくる焦点の合ってないような言葉に、そのまま扉を閉めた。


「うん」


 簡潔に返すが、トラスは俯いた顔を上げるだけで、それに続く言葉を選ぼうとはしなかった。


「呪躁師って聞いたけど、ホント?」


「ああ……」


 俯きから上げた顔はカティを見つめることなく天井まで持ち上がり、あんぐりと開いた口から関心を感じさせない答えが漏れる。


「なんで? 呪燥師って、人を呪う仕事なんでしょ。悪いことなんでしょ。なんでトラスさんがそんなことを……」


「なんだったかな……忘れたな……」


 後頭部を背後に置かれた木箱に乗せ、快眠を誘うような体勢を取ったトラスは、変わらずに口をあんぐりと開いたまま答える。


「教えてよ……なんでトラスさんは――」


 潰れそうになる喉を押し切って聞こうとするが、トラスはなおも天井を見続け、言葉を放った。


「ない」


 後頭部を木箱に乗せたまま、顎を引くようにして初めて目線を合わせたトラスは、言いきった。


「ない。だが、あえて理由をつけるなら、興味が湧いたからだ。呪いにな」


 気持ち程度の付け加えも、カティにとっては悲しみを増す要因になるだけだった。

 もしも、病弱な誰かの為にしているような、なにかしらの理由が存在しているば、カティも少しは納得できた。

 だが、そうではなかった。

 そのためか、少しずつ距離を詰めようとしていたカティの足が止まり、後ずさりした。


「それだけの理由で……罪のない人を呪ったの?」


「わかってないな。『呪躁師』も『解呪師』になんら遜色そんしょくのない立派な仕事だ。俺は幼少のころから今日まで、人を呪うことで飯を喰ってきた。お前にだろうが、国王にだろうが、それを否定する権利はない」


 自分の言いたいことだけを断言すると、話す気を無くしたかのように天井に目線を戻した。


「わかんないよ……」


 項垂うなだれるように呟こうとも、それに応えてくれる者は誰一人としていなかった。

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