表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/94

第5話 解呪

だが、いくら呼びかけてもシシーの耳には入っていかなかった。

 トレイルはしかたない…と呟き、ウェアウルフを足止めすることにした。

 トレイルはじりじりと間合いを詰め、ウェアウルフが飛びかかってくるのにギリギリ不十分な距離を保とうとする。

 ウェアウルフも自分に有利な間合いに詰めるかと思っていたトレイルは少しずつ後ろに下がる。しかし、ウェアウルフは予想もしない行動にでる。

 トレイルに背を向け、われ先に街の外を目指して逃走する。片腕で少女を抱えたまま。


「な…!」


 トレイルは一歩も動けなかった。ただ茫然と、逃げるウェアウルフの背中を見て、様々な考えが頭の中を飛び交っていた。

 なぜウェアウルフが人質を手に持って逃げるのか。そもそもウェアウルフは人質を捕ったりするほど賢くない。動物的本能しかない魔物が、人質を…?古聖獣でもない限り、それはありえない。

 あのウェアウルフはなにかが違う、他の魔物と決定的に違うなにかが…。

 気が付くとウェアウルフは石橋のすぐ近くまできていた。

 トレイルは一歩も動かなかった自分を恨んだ。しかし恨んだところでなにも変わらない、とにかくウェアウルフを追いかける。だが狼以上の脚力を持ったウェアウルフの足に敵うわけもなく、軽々と石橋を超えられてしまいそうになる。

 街の外に逃げられてはもう奴の追跡は不可能に近い。そう思った次の瞬間、ウェアウルフが足を止めた。

 ウェアウルフの眼前にはアルゴルンが立っている。紙袋を持たせたとき以上に全身を水で濡らし、剣を水ではない赤い液体に濡らしながら構えている。


「アルゴルン!お前なんでそこにいて、こいつを素通りさせたんだよ!?」


 実際、アルゴルンはウェアウルフを素通りさせたわけではない。

 三体の影…ウェアウルフが森から現れた時、アルゴルンはちゃんと対応した。

 剣を抜き、三体のウェアウルフめがけて一振りする。それによって二体は倒れ、川に落ちたが、最後の一体がアルゴルンに襲いかかってきた。もちもんアルゴルンも防御の体制に入ったが、最後の一体が近づいてくると頭がカチっとなったのだ。

 アルゴルンにとってそのカウントはありえない出来事に等しかった。

 その一瞬の迷いをウェアウルフに付かれ、川に突き落とされたのだ。

 そのせいで、さらにずぶ濡れになったアルゴルンは言い訳などせずに用件だけを伝えてきた。


「トレイル、恐らくこいつは人間だ。スィスィルと同じ、モンスター・チェンジの呪いを受けている!」


 その一言でトレイルの頭の中にあった疑問は全て解消された。

 人質を捕ったことも、その人質を連れ去ろうとしたことも『人間』なら不思議ではない。

 ましてや、何ヶ月も懸けて魔物に変わっていく自分を他の誰かに見られないように人里離れた場所に隠れていたとすれば、人が恋しくなってもおかしくはない。

 そして、その考えが正しければ、一筋の希望が照らされたことにもなる。


「お譲ちゃん、その手に握ってるものは絶対に捨てないでね。今助けてあげるから」


 アルゴルンやシシーと話していた時には決して使わない優しい口調で問いかけるトレイル。少女は身体を震わせながらもなんとか頷こうとする。


「アルゴルン。少しの間こいつを足止めしてくれ、俺が解呪する」


 先ほどシシーに言われたセリフと似ていたが、今回は逃げられる可能性も少ない。

 ウェアウルフは石橋のちょうど真ん中。それに対してトレイルとアルゴルンは石橋の両端に陣取っているからだ。

 トレイルは杖を前に突き出す、するとシシーの解呪と同じように杖の先が何百本もの細い光の糸に変わり、ウェアウルフに近づいていく。

 ウェアウルフは本能的に危険を察知したのか少女を抱えたまま川に飛び込もうとするが一筋の光の糸がウェアウルフの後ろ脚に触れると、他の数百本の光の糸が瞬く間にウェアウルフに絡み付き、その全身は光のマユに変わった。

 捕らえられていた少女の身体にも何本かの光の糸が触れたが、呪われていないおかげかすぐに光の糸は少女から離れる。

 トレイルは杖に意識を集中させ、アルゴルンは剣に付いた血を掃い、鞘に収める。

 ちなみにシシーは未だに、街の中で詠唱を行っている。

 ウェアウルフは必死に身体を動かそうと努力したが光のマユに全身を縛りあげられ、指一本動かせずにいた。

 その上、前も後ろも全てが光に包まれているせいでまぶたを開くこともできない。

 解呪が終盤に差し掛かったのか、石橋の下に置いたままであった材料がどこからか姿を現し、ゆっくりとウェアウルフに近づいていく。それに合わせるようにトレイルも一歩一歩慎重にウェアウルフに近づく。

 材料よりも若干早く光のマユの前に到着したトレイルは杖を握っていた両腕の片方を放し、大胆かつ慎重に光のマユの中に腕を突っ込む。

 少しの間、光のマユをまさぐると、中から少女が顔を出す。少女は強い光を浴びたせいか気絶していたが、トレイルはそんなことなど気にせず、そのまま全身を引き上げる。

 少女の身体を石橋の上にそっと寝かせると、少女の腕から大事そうに握っている光る物を一つ取る。 それは干乾びて腐っているようにも見えていた魔物の尻尾だった。

 正確にはウェアウルフの尻尾だが、その光る尻尾は少女の腕の中から解放されると、たちまち宙に浮き、光るマユの中に消えていった。

 最後の材料が光るマユの中に入ると、本格的な解呪が始まった。

 マユが放つ光がより一層と強くなり、直視するのも困難になる。それでもトレイルは両手で杖を握り直し、マユに杖を突き付ける。

 激しい地鳴りも、耳をつんざく高音も聞こえなかったが、マユの放つ光だけは激しくなっていく。

 細目で解呪を見つめていたアルゴルンすら失神するほどに光が激しくなると、徐々にマユは光を失い始め、身体に絡み付いていた糸も光を失い杖の先端に戻っていく。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ