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第3話 説明

「わかってるよ。まずは呪いの説明からだな。昔は、呪いは誰かの怨念や強い復讐心なんかを抱いた者が命を落とした時、恨みの対象や、稀に近くにいた者に取り憑き、何らかの呪いを植え付ける。俺達解呪師は元々、そんな月に一件あるかないかのような儲からない仕事をしていたんだ」


 トレイルの説明に異議があるのか、シシーは教師に質問するように手を上げる。


「ちょっと待った。あたしは誰かから恨みを買った覚えはないし、近くで誰かが死んだことなんてこともないわよ」


「人の話は最後まできけ。月に一件の儲からない仕事をしていたのはほんの百年前までだ」


「それは『ほんの』には入らないわよ…」


 シシーを呟きもトレイルの耳には入らず、トレイルは説明を続ける。


「今の解呪師はほとんどが首都や大きな街に留まり、専属の解呪師としてやってるよ。その理由は二つ、一つは儀式で使う材料の安定供給、国の中心に近ければ近いほど必要な材料が正確かつ迅速に届くからな。俺みたいに旅をしてる変人解呪師は材料を自力で探すことからやらなきゃいけないから大変なんだよな」


 まるで他人事のようにケラケラと笑いながら説明をするトレイル。


「そしてもう一つは呪われた人、要は患者の数が百年前から激増してるってことだ。患者が増えれば国王はその事態を重要視せざる負えない。国王は解呪師に『材料を無償で提供するから首都や大きな街で国民を解呪してくれ』と交渉してきた。百年前の解呪師達はほとんどボランティアに等しい精神と給料でやってたから、その時代の解呪長。ガデオ・オルストは国王からの交渉を快く引き受けた。その結果、現在は解呪師の数を除々に増やし、首都や大きな街で安定した材料と気前の良い金持ちから受け取った給料で景気よく暮らしてるってわけ。もちろん俺みたいな変人旅人解呪師は昔と変わらず、ボランティアに等しい精神と百年前よりちょびっと自給の上がった給料で生活してるがな」


 自分で言った皮肉に大口を開けて爆笑するトレイル。今の話を聞いてトレイルがなぜ『変わった解呪師』と呼ばれているのかを真の意味で理解したシシー。頭上に紙袋を乗せるなどこの男にとっては序の口なのだろう。


「さて、ここからが本題だ、なぜ百年前から患者が激増したのか、それはある野郎どもが百年前から姿を現したからだ。『呪操師(じゅそうし)』。こいつらは読んで字の如し、呪いを操るんだ。それも自由自在にな」


「呪操師?」


 聞いたことのない言葉に思わず聞き返すシシー。


「呪操師には大した知識がなくてもなれ、その上呪操を行った際の反動、つまりデメリットと呼ばれるものがまったくない。そのせいか呪操師になりたいって野郎がここ百年で急増だよ。ったく、なんだって犯罪者になりたがろうとするんだか…」


「それじゃ、あたしは呪操師から直接呪われたってこと?」


 シシーは納得のいかない顔を浮かべトレイルに聞く、シシーにとって自然的に呪われるのよりも呪操師に呪操される方がありえないと思ったからだ。

 シシーの住んでいた村には呪操師と名乗る人物など居らず、誰かから呪わるほどに恨まれていたこともなかったからだ。


「そう考える方が自然だな。どうして自分が呪われらたのか疑問に思ってるか?」


 黙って頷くシシー。トレイルは物思いにふけるように顔を上げ、石橋の天井を見つめる。


「なんでだろうな…俺にもわからない、奴らがどうして呪操師なんてことをしてるのか…」


 トレイルの答えは予想していた答えとあまりにもかけ離れていた。まるで独り言のような言葉に目を丸くしてしまうシシー。

 トレイルは茫然としたシシーを見て、とりあえず納得のいく答えに変えることにした。


「簡単に手に入る力に魅了された奴か、呪操師に興味を持ったバカの仕業だろうよ。他の理由でなった奴もいるかもしんねーけど…」


 それでもどこか矛盾した表現をするトレイル。納得できなかったシシーだが無理やりにでも納得することにした。


「スィスィル、お前は誰にに呪いを掛けられたか覚えていないか?」


 後方でずっと黙っていたアルゴルンがシシーに声を掛けてくる、声を掛けられるとは思っていなかったため、若干動揺しながらもあの日のことを思い出していく。


「逸る気持ち分かるけど、それは最後でいいだろ。今はシシーの疑問に答えないとな」


 トレイルの言葉を聞いていったん考えるのを止めることにしたシシー。


「お次は…モンスター・チェンジと儀式、どっちを知りたい?」


 急にどちらがいい、と聞いてくるトレイルに大してシシーは即決で「モンスター・チェンジ」と答えた。

 儀式と言うのがなにを意味するのか多少気にはなったが、今は自分の身体の安否を確認するのが先だと考えたからだ。



 「モンスター・チェンジは数ある…って程じゃねーが、そこそこある呪いの中でも初歩中の初歩、呪操師になりたてのヒヨっ子が好んで使う呪いだ。呪われてから一ヶ月、徐々に体が人外の生物に…だいだいが魔物に姿を変えていく。と言ってもその全てがお前の掛ったウェアウルフになるわけじゃない。魔物も多種多様だからな」


「あなたは解呪できるの?モンスター・チェンジを」


 その質問に対してトレイルは怒ったように頬を膨らませながら答えた。


「もちろん、モンスター・チェンジが呪操師にとって初歩中の初歩なら、解呪師にとっては初歩中の初歩のさらに初歩だよ」


 その言葉を聞いたシシーは安堵のため息を漏らすが、トレイルの説明はまだ続いていた。


「だが、呪いを受けた奴が完全に魔物になってしまった場合は話が別だ」


「別って…?」


 冷汗を掻きながらもなんとか平然を装うシシー。それを察知したトレイルはできる限り優しい口調で言った。


「完全に魔物になると、ちょいと解呪のレベルが上がる、例えるならDランクからBランクに上がるってとこかな…」


 Bランクがどれ程難しいのかシシーにはわからなかったが、とりあえず安心することにした。

 しかしトレイルの答えには多少なりの誤りがあった、モンスター・チェンジは実際、完全に魔物化するとDランクから一気にAランクに跳ね上がる程の厄介な呪いだ。

 Aランクとは解呪長になるための最低限必要な腕前でもあり、それは逆に解呪長クラスの実力が必要なことでもある。

 トレイルはAランクの解呪を行ったことがない。そのため多少の不安はあったが、事実を言うのはシシーの顔を蒼白にさせるだけだと思いあえて嘘を付いた。


「モンスター・チェンジについてはこれくらいでいいだろう、一応続きはあるが、聞くか?」


「遠慮しておくわ…」


 シシーは『これ以上は頭がパンクしてしまう』と言うような表情で首を横に振ったので、次の議題に移ることにした。


 「最後は『儀式』だな、これは解呪師を『医者』に置き換えるとわかりやすいと思う。まず解呪師は『医者』に置き換え、材料は『薬』とでも思ってくれ」


「一応聞くけど、材料ってなに?」


「儀式の時に使う供物みたいな物だ。呪いによって必要な薬、つまり材料が違ってくる。儀式はそうだな…『薬の投与』が一番近いかな」


 ここでもトレイルはたとえを変えていた、儀式に一番近いたとえは『手術』だがトレイルは『薬の投与』と言った。これもやはりシシーをできる限り不安にさせない為のトレイルなりの優しさだった。


「つまり、医者が呪いに合った薬をその人に投与するってこと」


「ああ、そして薬の投与、つまり儀式に必要なのが『薬』である材料と俺の持っているこの『杖』。そして俺自身の腕前、この三つだ」


 もし『薬の投与』を『手術』と例えるなら、材料を『薬』とし、杖は『メス』となり、トレイルの腕は『医者としての腕』になっていただろう。


「どうにか理解できたわ。呪いのことも、ついでに解呪師のこともちょっとね。それじゃあ、あらためて解呪を依頼するわ、お医者さんに」


 からかいながらも腕を前に出し、握手を求めるシシー。トレイルは握手にすぐには応じず、今までとは逆にシシーに質問する。


「解呪はもちろんするが…その前に一つだけ聞いてもいいか?」


「なに?あたしに答えられることならなんでも言うわよ」


「シシー、お前に呪いを掛けた呪操師の特徴を覚えてないか?お前の毛並みから呪われてから二日しか経ってないないはずだ。どんな些細なことでもいい」


 今までその場を動かなかったアルゴルンが一歩だけ前に出た。それでもトレイルとの距離は五メートルほどは離れている。


「一昨日…一昨日はまだ村にいて、色んな人と会ったから…」


 頭を絞りながら考えるシシーだが、一向に口を開かないのでアルゴルンが二言だけ助言した。


「呪操師は相手を呪燥する時にすぐそばで数十秒間詠唱をする必要がある。それと、呪われた瞬間、立ちくらみのような症状が起きる。二日前に立ちくらみはなかったのか?」


「そういえば…」


 アルゴルンの助言でようやく口を開き始めるシシー。


「一昨日、変な男に声を掛けられたわ。真っ黒のマントに目元まで覆ったフードを被った男。最初は怪しいと思ってたけど、会話をしているうちに仲良くなって、村を案内することになったの。だけど、少し歩いていたら突然めまいが起きてあたしはその場に座り込んだ、めまいはすぐに収まったけどフードを被った男はいなくなってた」


 その話をした途端、アルゴルンは土を蹴り、吐き捨てるように言った。


「くそったれ!奴らの仕業か」


 無口そうに見えるアルゴルンは怒っていたが、逆にトレイルは何も言わず、深く考え込んでいた。


「なあシシー。その男の特徴、もう少し詳しく思い出せないか?目の色でも髪の色でもなんでもいい、なにか一つだけ思い出してくれ」


 要求と言うよりも願望に近いトレイルの言葉に圧倒されなんとか思い出そうと再び頭を捻りるシシー。


「なにか…特徴、髪の色…目の色…たしか、マントの端になにか付いてたはず…あれは、マーク…?

そうマークよ!黒いマントに描かれた一角の古聖獣(こせいじゅう)『ユニコーン』よ!」


 『古聖獣(こせいじゅう)』とは過去の時代に生存していた魔物の上位種。人語を理解し、人語を話すことができたので昔は人間と共に暮らしていたが、今は絶滅したと言われている。


「ユニコーン…」


 一言だけ呟くとまた考えに耽るトレイル。アルゴルンは激怒し、剣を抜き、意味もなく虚空を一斬りする。


「もう少し…もう少し情報があれば…」


 独り言のように呟くトレイルに対してシシーははっきりと言った。


「これ以上は無理よ、これでもがんばって思い出したんだから十分でしょ」


「そうだな…ありがとなシシー。これで今回お前を呪った呪操師がどんな人物か、だいぶ絞られた」


 トレイルは呪操師が誰か正確に知りたかった。しかしこれ以上はシシーの口から情報を得るのは無理だと考え、頭を切り替えることにした。


「いったい誰なの、あたしを呪った奴は?」


 トレイルが口を開くよりも先にアルゴルンが口を開き、説明を始める。


「お前を呪操した奴は人々を呪い回ってるくそったれな組織の一人だ」


 アルゴルンの怒りのこもった言葉を継ぐようにトレイルが喋りだす。


「今までに例のない組織的な呪操師集団だ。わかってるのは奴らは黒いマントにユニコーンの紋章を付けて罪のない人々を呪っていることだけ、少数なのか大人数なのか、それすら俺達解呪師は把握していない。そしてその目的も…」


 トレイルは拳を握りしめていた。それは怒りのせいでもあり、悔しさのせいでもあった。


「おかしくない?あなた達解呪師はその呪操師集団について調べてるんでしょ、それなのにどうして小さな情報しか持ってないの。もしかしてつい最近できた組織だから?」


 トレイルは思わず口籠る。しかし数秒して再び口を開いた。


「いや…十年以上前から存在していたはずだ。それなのに解呪師が奴らの形を掴めない理由は簡単だ。ほとんどの解呪師が奴らについて調べないからだ」


「どうして!?解呪師は呪いを解くのが専門なんでしょ、だったら呪いを操る奴らも捕まえようとするのは当然でしょ。違う?」


 シシーは必死になってトレイルを説得する。彼に言っても仕方がないとわかっていても解呪師がしっかりしていれば自分は呪われずに済んだのかもしれないと、それが頭から離れないからだ。

 それでもトレイルは解呪師がどういう存在か淡々と説明するだけだった。


「さっき話したよな、だいたいの解呪師は首都や大きな街に居座ってるって、そんな解呪師達はそこから動こうとしないんだ、動かなくても患者は自分から足を運ぶから動かなくても稼げるんだ。だから特定の街に居座らない解呪長を除いた解呪師は誰も街の外の出来事に関心を示さない。皮肉だろ、呪われた人をより多く助けようと最初の解呪師、ガデオ・オルストは国と手を結んだのに、そのせいで今はより昔よりも多くの人が呪いで苦しんでる」


 悲しい表情で語るトレイルの姿を見ていると、シシーは色々と考えていた非難の言葉を言えなくなってしまった。

 なにか代わりになる言葉を探していると、ふと気付く。『この男はどうして旅をしているのだろう?』と。

 そこから一つの結論に辿り着くのはすぐだった。


「あなたは旅をしてるじゃない!それは呪操師を野放しにしてはおけない。そう考えたからでしょ」


「俺が…?」


 以外にもトレイルは困惑していた。シシーの予想では『もちろん』の一言だと思っていので、考え込むトレイルを見て、こちらも困惑してしまった。


「そんな…大層な理由じゃないさ」

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