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第2話 呪いを解くには

 石橋まで来るとトレイルは辺りを見回し、首を傾げる。


「おーい、どこ行ったんだ、アルゴルン」


 すると、どこからか声が聞こえる。少なくとも見える範囲からではない、別の角度、上か、もしくは下。


「戻ってきたか、俺はこっちだ、トレイル」


 トレイルが石橋から顔を突き出し、下を向く。それを見たシシーは、あたしが紙袋を持っていなければ間違いなく頭上に乗っていたものは落ちていただろうな、と心の中で呟いていた。

 川にはトレイルと一緒にいたバンダナの男が、シシーに驚き川に飛び込んだバンダナの男が、岩場であぐらを掻きながら座っていた。


「まさかお前が川で水遊びをしてるとは驚きだな。いや、それよりもお客さんだ。名前はシシー」


 トレイルは失礼なことにスィスィル・カルセンの紹介を本名ではなく愛称であるシシー。とアルゴルンと呼ばれている男に言った。


「アルゴルン・セドルだ」


 そっけないアルゴルンの返事にもシシーは笑顔で答える、シシーにとってアルゴルンはいきなり川に飛び込んだ変人であるが、それと同時に解呪師であるトレイルの特徴を教えてくれた恩人でもあるからだ。


「あたしはシシー、本名はスィスィル・カルセンだけど、呼びにくいならシシーでいいわよ、皆シシーって呼んでいるから」 


 言い終わってから、シシーはアルゴルンとの距離感に気づく。

 誰かと会話するのに一人は石橋の上、もう一人はその石橋の下の川では対等などと言う言葉は意味をなさない、そう考えたシシーは石橋を降り、川に向かうことにした。

 最初は、アルゴルンのように石橋から川に飛び降りようかと考えたが、すぐに頭の中からそんな愚かな案を捨て、近くの坂から川に下りることにした。

 しかし、トレイルは違った、なんの迷いもせずに石橋から川に飛び降りると、左手に持っていた食べかけのリンゴをアルゴルンに投げ渡した。


「ふざけているのか?」


 アルゴルンは冷たい表情でトレイルにリンゴを投げ返す。


「冗談だって、そんな怒るなよ。おーい、シシー、紙袋の中にまだかじってないリンゴがあるからこいつにパスしてやってくれ」


 坂を下りている途中だったシシーは紙袋をあさりながら、ほんの少しだけ疑問を浮かべていた。それは紙袋の中のガラクタにしか見えない物がいくつも入っていることではない。

 トレイルとアルゴルン。二人のことだ。


「あったあった、これでしょ、真っ赤なリンゴ」


 紙袋の中からなんとかリンゴを発見しアルゴルンに渡しに行こうとすると、アルゴルンは片手を前に出し『投げろ』と言わんばかりにシシーを睨んでくる。

 シシーはアルゴルンにリンゴを投げ、ほんの少しだけしかなかった疑問を大きく膨らませていた。

 トレイルとアルゴルンの距離感、いや、アルゴルンの異常なまでの人との間合い。

 仲の良さそうな二人の男達は一定以上の距離を詰めようとしない、アルゴルンが人嫌いでトレイルもそれを承知でわざと距離を取っているのか?色々と推測してみたが、考えてもきりがないと思い、シシーはそれ以上は深く考えないことにした。


「さてと、それじゃ本題に入りますか、シシー、お前はなんの呪いに掛かってる?」


 アルゴルンとちゃんとした会話もできないまま、トレイルは診察を始めだす。


「そう! 呪いに掛ったのよ、あたし」


 まるで今まで忘れていたかのような口調で話すシシーを見て、トレイルは大した呪いじゃないな。と甘く考えていた。しかし、遠目から二人の会話を聞いていたアルゴルンの表情は真剣だった。


「それはもう聞いた、俺が聞きたいのはどういった症状なのかってことだ」


「背中から白くてふさふさした毛が生えてくの、まるでウェアウルフみたいな毛が!」


 ウェアウルフとは、俗に言う獣人、狼男のようなもの、しかし魔物であるウェアウルフに知能などはない。あるのは動物的本能。ゆえに魔物と呼ばれている。


「なるほど、『モンスター・チェンジ』か…」


 トレイルは今までのへらついた顔ではなくなり、真剣な表情で深く考え込む。それが逆にシシーを不安にさせ、トレイルの肩を掴み激しく問いただしてくる。


「あたし、このままなにもしなかったら、魔物になっちゃうの!?」


「まあ……なにもしなかったら、そうなるだろうな」


 非常に悪い質問の仕方と、気の利かない答えのせいでシシーは顔を蒼白(そうはく)にし、呆けだす。


「安心しろ、一般的な呪いだから、少しの材料で解呪できる」


「本当!じゃあ今すぐにでもお願い」


 その言葉を聞き、シシーは生気のない表情から明るい表情に戻る。


「まあ待て、まだ『モンスター・チェンジ』と断言したわけじゃない、背中の毛を見せてくれ」


 気の利かない答え、女心をまったく理解していない言葉、背中の毛を見せろなど、服を脱げ、と言っているのと大した変りはない。


 しかしシシーは頬を赤く染めたり、トレイルにビンタをかましたりはせず真剣な表情で頷く。


「わかったわ。だけどこんな人目に付くような場所じゃあたしはいやよ」


 人目に付く。と言っても彼らがいるのは石橋を上ではなく川のすぐそば。

 しかしシシーにとっては誰かに見られるかもしれない可能性がある場所など、たいして変わらない。極々普通の意見だ。


「一理あるな。それじゃ、石橋の下にしよう、そこなら誰かに見られる心配もない」


 シシーは頷き、石橋の下に移動する。トレイルもそれに続くように石橋の下に行くが、アルゴルンはその場を動かずに二人を睨むように見つめる。

 石橋の下は日が当らず、若干寒いが春に差し掛かった今の時期ならば服を少しの間、脱ぐのに関しては大した支障はないだろう。


「それじゃ、見せてくれ」


 トレイルの言葉でいまさら羞恥心を感じたシシーだが、魔物になってしまうのに比べたら万倍をマシだと自分に言い聞かせ、紙袋を地面に置き、ゆっくりと服のボタンを外しだす。

 もちろんトレイルやアルゴルンとは反対の方向を向いているため、見られるのは背中だけだが、シシーは服を完全に脱がずに、両肩から少しずつ肌を露出させる色っぽい方法で背中の毛を見せる。

 もちろんトレイルやアルゴルンを誘惑しようといたわけではなく、万が一誰かに正面から目撃されても大丈夫なように服の端で胸を隠すためだ。

 幸い、と言うべきか、トレイルはシシーの服の脱ぎ方などに見向きもしなかった。

 トレイルが見向きを示したのはピンク色の肌から姿を現した、ウェアウルフの毛だ。

 背中の毛は密集しており、色は白に近い薄い水色、濃い青色の髪と合っているようにも見える。

 そんな毛をトレイルはおもぬろに触れるとシシーは体を小さく震わせたがトレイルはそんなことなどお構いなしに掌を毛の中に沈める。


「ちょ…ちょっと、くすぐったいんだけど」


 口元を若干歪ませて放った言葉はトレイルの耳に入らなかったのか、掌は動きをみせない。


「ねえ、トレイルってば!」


「ん? ああ! 悪い悪い、ちょっと考え事をしててな…もう服を着て大丈夫だ」


「もう、しっかりしてよね。それで、どうだったの?」


 トレイルが掌を引っ込めたのを感じ、シシーは服を着て振り向く。そこにあったトレイルの表情は初めて見るものだった。同情のような、哀れみのような、悲しい表情。

 シシーにはどうしてそこまで悲しい表情をするのか理解できなかった。

 トレイルは背中の毛を見る前からどんな呪いか予想した口ぶりだった、一般的とも言っていたので、安心していたシシーに再び不安になる。


「も…もしかして、とんでもない呪いなの?」


またも蒼白したシシーを見て、トレイルはいつもの気楽そうな表情に戻り質問に答えた。


「安心しろ、思った通り『モンスター・チェンジ』だった。これなら儀式の材料も大体あるから、なんとかなるだろ」


 しかし、シシーの不安は取り除かれなかった、『儀式』と言う新たな胡散臭い単語の登場と『モンスター・チェンジ』がどのような呪いか知らなかったからだ。


「本当に?あなたのことを疑いたくはないけど…あたしには儀式がなんなのかわからないし、それにモンスター・チェンジが安心程していいほど危険の少ない呪いなのかも知らない。あたしは呪いのことをなにも理解してないの、それがすごく怖くて…」


 呪われてから誰にも理解されなかった苦痛、その苦痛を認めてくれる若者に全てをぶつけるシシーの瞳にはいつこぼれてもおかしくないほどの涙が溜まっている。


「わかった、なんの説明もしなかった俺のせいでもあるからな、話すよ。だからそんな顔するな」


「…そうね、目の前に解呪師様がいるんだもの、呪われた人にとっては最高の幸せが目の前にあるのと同じよ」


 目をこすり、必死に笑顔を作ろうとするシシー、そんな姿を見てトレイルは変わらない気楽そうな表情で説明することにした。


「よしてくれ、様なんて背中がかゆくなるだけ…」


 トレイルは自分のミスに瞬時に気づいた。背中から不幸の象徴とも言えるウェアウルフの毛が生えているシシーに対して「背中がかゆい」など、禁句そのもの。

 恐る恐るシシーの顔色をうかがうトレイル。そこには先ほどまでの必死になって作っていた笑顔ではなく、自然にこぼれた頬笑みがあった。


「どうしたの?早く呪いについて教えてよ、陽気な解呪師さん」


 小馬鹿にしたような言葉を聞いてトレイルはため息をつく。小馬鹿にされ、呆れて出たため息ではなく、自分のミスでまた顔を蒼白にさせてしまったと思っていたシシーが、頬笑み、誰かを小馬鹿できるほど心に余裕があると安堵したからだ。

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