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第10話 五十年前のある出来事

 掌でトレイルの口を覆うと会話を再開しだす。


「五十人程しか解呪師はいない。あってるわよね、トレイル?」


 恐喝にしか見えない笑みでトレイルに聞くと、トレイルも口を塞がれながらも必死に首を縦に振る。


「それじゃあ、次にトレイルが言ってた知識ね。解呪師は百年以上前からあり、国の支援が正式に決まってからは、とても給料が良く、楽な仕事に変わった(トレイル、解呪長は例外)。異論は?」


 トレイルはもちろんのことだが、なぜかアルゴルンまで首を横に振り、「ありません」とジェスチャーしてしまう。


「と言うことは、解呪師は楽に儲かる職でありながら、百年の長い年月を過ぎたにも関わらず、二年に一人の割合でしか増えていないの。これはなぜだかわかる?アルゴルン」


 誰かを近づけさせたくない事情を持っていたアルゴルンは、他人の眼中から自分を消す奇妙な特技を会得していた。そのせいで完全に傍観者の立ち位置にいたアルゴルンは驚いた。

 しかしただ驚いているだけだと、スィスィルになにをされるか想像もできない。アルゴルンは口を開き、率直な意見を述べることにした。


「俺が聞いた話だと、解呪師になるための試験がとてつもなく難しいとかなんとか…」


「そう!あたしは、そこに一番納得できないのよ」


 ようやく話の根源が見えてくる。


「もしかすると…なんでトレイルが試験に受かったのかが知りたかったのか?」


「そうなるわね。それじゃあトレイル、どうしてあんたほどの自由奔放な人が地獄そのものと言われた試験に合格したのか教えてもらおうかしら?わかってると思うけど、『善人精神で受けたら合格しました』なんて答えたら…」


 シシーはそれ以上口にすることはなかった。

 口元を覆っていた掌を放したシシーは答えを要求する眼差しでトレイルを見つめる。

 トレイルは自分に黙秘権がないことを疑問に思いながらも堪忍した様子で素直に事実を述べる。


「何十回も受けてるからだよ。ガキの頃からな」


 納得のいく答えだったが、それと同時に新たな疑問がシシーの頭に芽生える。芽生えてしまった疑問を抑止しようとも考えない性格だったシシーは性懲しょうこりもなくトレイルに質問する。


「納得のいく答えだったけど、どうしてあんたは子供の頃から試験を…いえ、解呪師になろうとしたの?」


 その質問にだけは、トレイルの表情が強張り、一瞬の沈黙が訪れたことを傍観者であるアルゴルンは見逃さなかった。


「勘弁してくれよ、明日は早く起きて、日が暮れるまでに次の街やら村やらに到着しないといけないんだぞ?質問攻めはこれぐらいにしてもう寝かせてくれよ…」


 しかし、すぐに深いため息を付き、話を逸らしだす。いや、話そのものを切ろうとしている。


「答えたくないの?」


 それすらも見透かしているのか、シシーは一歩も引かずにさらにトレイルを問いただす。それにはさすがのトレイルも降参したのか、負けを認めるかのような口調でにシシーに言う。


「そうだ、言いたくない事情がある」


「今じゃなくていいから。いつか、教えてくれる?」


 なぜそんなことを聞くのかアルゴルンには理解できなかったが、トレイルは笑みを浮かべながら答えた。


「ああ、いつかな。仲間に隠し事なんてしたくないしな」


 その一言でやっと落ち着いたシシーはトレイルの言った通り、もう寝ることにした。


「色々と聞いてごめんね、あたしはもう寝るから安心していいわよ」


 シシーは焚き火の近くで横になると、すぐに目を閉じ、寝息をたてた。二日前に呪われてからロクに睡眠も取れずにいたのだからそれも当然だろう。


「なかなかクセの強い女だな、スィスィルは」


「それがあいつの良い所だよ。俺とお前だけの寂しかった旅も、シシーがいてくれるだけで騒がしくなる。黙って食べる食事よりも、しょうもなくていいから、雑談混じりの食事の方が俺は好きだ」


 トレイルとアルゴルン。二人の会話を横になり、寝息をたてる振りをしながら聞いていたシシーは、改めて自分が不要でないことを実感し、口には出さない感謝を心の中で唱えていた。


「そうだな。ところでトレイル、次はどの街に寄るつもりだ?」


 ふと思い出したように尋ねるアルゴルン。寝る振りをしていたシシーは興味深そうに耳を傾ける。


「今までどうり北にある首都を目指すような針路でいくから…」


 トレイルは頭の中で簡単な地図を描き始めた。

 最初に大きな円を描き、その中心に点を加える。その点がトレイル達の目指す場所。この大陸の中心にある首都。アルン・バルンだ。

 そして円を東西南北で四つの地方に分ける。正確な地図ならばもっと複雑な線引きがされているがトレイルはそんなことなどしない。

 トレイルは首都である中心の点から下の方に地図をずらし、南部とも言える地方に一つ、マーカーを置く、それはトレイル達が今いる場所を大まかに示した物。

 そのマーカーから北側にある街をいくつか地図の中に置くと、一番近い場所を探し、すぐに見つけた。


「次はコルンタ村だな」


 その村を頭の中の地図で図ると、朝早くに起き、休憩を二度、三度挟みながら足を動かせば昼ごろには着くほどの距離だ。

 トレイルよりも正確な地図を頭の中で描いていたアルゴルンは次の目的地がさほど遠くでないことと、『村』と呼ばれているため、人口が多くないことに安心していた。

 それとは裏腹に、横になりながら聞く耳をたてていたシシーは次の目的地である『コルンタ村』に極度な反応をし、跳び起きた。


「コルンタに行くつもりなの!?」


 トレイルは素直な反応として、シシーが起きていたことに驚いたが、そんな疑問など口にせずシシーに、なぜ跳ぶほど驚いたか理由を聞くことにした。


「どうしたシシー、コルンタ村に知り合いでもいるのか?」


 その問いにシシーは、今日で何度目になるかわからないほどに顔を蒼白にさせ、答えた。


「知り合いものなにも…コルンタはあたしの故郷よ」


 トレイルの良くない予想は外れ、故郷と言う大多数の人が心安らぎそうな単語に微笑みを浮かべ、シシーに言った。


「そいつは幸運だな、泊まる場所に困ることもないし、お前を呪った呪躁師の手がかりがあるかもしれないし、願わくばお前のご両親から御馳走を頂けるかもしれないしよ」


「ダメよ!」


 シシーは大声を張り上げ、トレイルの言葉を否定してくる。

 トレイルはなぜ否定されたのか見当も付かずにいたが、アルゴルンは、故郷に帰るのに対してこんな否定的な態度にとるシシーに少なからず共感していた。


「二人共…コルンタに行くのだけは止めにしてくれない?あたし、あの村にだけは近付きたくないの…」


 結論を下すにはあまりにも事情を把握していなかったトレイルだが、まずはシシーの要求は断ることにした。


「それは無理だ。一番近くの街や村に寄るのは、ただ寝床を確保するためだけじゃない。一秒でも早く、お前やアルゴルンの呪いを解呪するために材料を集めているからだ。自分だけの私情で誰かに迷惑が掛かることは極力避けたい」


 そこまで言われたシシーは反論することもできずに、うつむいてしまう。

 トレイルはそんなシシーの肩をポンと叩くとつい先ほどまで口にしていた言葉を自ら否定しだす。


「と言っても、本当に行きたくないのならその理由を俺たちに教えてくれないか?仲間が嫌がってるのに、理由をなにも聞かずに引っ張って行くなんて俺はしたくない」


 シシーは多少悩んでから、二人に『なぜあたしが故郷を嫌がるのか』を説明することにした。


「あの村は、もうあたしのことを村の一員と見なしていないの、だからあの村に行ってもあたしは歓迎されることはないわ」


 根本のみを説明してくるのでトレイルにはなにがなんだかわからなかった。

 それでもシシーは詳しい説明をする様子はなく、トレイルも呆然と空を見つめるだけだったので仕方なくアルゴルンが聞くことにした。


「もう少し詳しく説明してくれないか?スィスィル」


「そうね、今の言い方じゃ伝わらないものね」


 一言詫びを入れると、シシーの本格的な説明が始まった。


「あたしの村は、五十年前に起きたある事件で半数以上の村人が殺されたの。それ以来、村では『魔物』と言う言葉すらも禁句になるほどに魔物を嫌悪するようになったの」


「五十年前…『モンスター・パニック』か」


 『モンスター・パニック』とは今から五十年ほど昔に起きたとある災害。いや事件と呼ぶべきか…。

 突如として大陸の北側、言うなれば北部からに魔物が大量発生し、村や街を襲い、大勢の人間の命が魔物の手によって奪われた。

 トレイルの頭の中で作った地図は、北部が魔物の襲撃でほとんどが廃墟と化してしまい、西部、東部も五十年経った今でも復興が間に合っていないほどの被害にあっている。幸いにも、ここ南部と首都近辺だけは最小限の被害で済んだが。

 モンスター・パニックは世間一般には『災害』として公表されたが、絶滅したとされる古聖獣の姿を見たと言う者もおり、一部では呪躁師の仕業による『事件』ではないかと噂されたこともあった。だが、解呪長はこれを真っ向から否定した。モンスター・パニックが収まってから、当時三十名ほどの解呪師と五人の解呪長が北部、西部、東部の三つの地方を調査したが、古聖獣の生きた姿はおろか、死体となった姿を発見した者すら一人もおらず、魔物の死体も『魔物のままの姿』になっていたからだ。


「あの事件からコルンタに奇妙な風習が生まれたの、『この村に迷い込んできた魔物はなんであれ、火炙りにする』と。あたしが生まれる以前からあった風習だから疑問に思ったことは一度もなかった。だけど、十年くらい前に村で一人の少年が火炙りにされる事件があったの、その子は胸の表面にあたしみたいに魔物の毛が生えてきて、村の医者に診せたら『魔物になる病』を患っている宣告されて、次の日にはもう有無も言わせず火炙りにされた。今思えばあれはモンスター・チェンジだったのかも…」


 トレイルは今の言葉に疑問を抱き、シシーに訪ねた。


「ちょっと待て、お前の他に呪われた奴がいるだって?」


「ええ、十年ぐらい前にその子が火炙りになってから、一年の間に一人、酷い時は三人ぐらいが火炙りにされてるわ。皆が同じ魔物じゃなかったけど…」


「十年前から、コルンタ村でモンスター・チェンジが…流行している…?」


 シシーは、呟きながら考え事をしているトレイルを無視して説明を再開しだす。


「とにかく、それを見てあたしは…いえ、村の人全員はこんなの間違っていると思っていたはずよ。それでも、誰かがそのこと発言することなんてないまま十年が経って、ついにあたしが呪われたわ。背中に狼みたいな毛が生えてるのに気付いた時は心臓が爆発するぐらい怖くなったんだから。それで親に相談したの、そしたら『村から出てきいけ!化け物!』て言われて…」


 シシーは平然とした様子で語っていたが、心の中ではその日のことを思い出し、胸が締め付けられるように苦しくなっていた。

 そのせいで、『爆発』と言う単語を耳にしてアルゴルンがうつむき、額に軽く触れていたことに気づいていなかった。

 そんなシシーの心情をトレイルは感じていたが、それでもトレイルは言う。


「気の毒だが…今の話を聞いてコルンタ村へ行く理由が一つ、増えちまった」

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