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第1話 呪われた女

「それじゃ、俺は買い出しに行くけど、お前は?」


 背丈ほどの長い杖を持った男は連れの男に言った。

 杖を持った男は栗色の瞳に栗色の髪で整っていない短髪が特徴的に見える。


「いや、俺は行かない」


 連れの男は額にバンダナを巻き、腰には長剣を掛けている。歳は杖を持った男より二、三ほど上だろう。目元はバンダナで隠れているが、濃い緑色の髪は木の葉と同化してしまいそうだ。


「そこそこ大きな街だからな。わかった、お前はここで待っててくれ、買出しは一人で行ってくる」


 二人がいるのは街の前にある石橋の上、石橋は馬車が二台なんとかすれ違うことができる程度の広さで石橋の下は透明な水が流れる川。

 杖を持った男が街に入って行くのを見送るとバンダナを巻いた男は石橋の端に座り、腰に掛けた剣を抜き、刀身を見つめる。

 石橋を渡っていた通行人は男が剣を抜いていることを良くは思っておらず、近寄らぬように端を歩く。

 男はそんな通行人を気にも留めず剣を見つめ、そっとバンダナ越しの額に当てる。

 目の閉じ、瞑想を始めるかのように一切の体の動きを止める。

 しかし、数分も経たずに誰かが声を掛けてくる。


「ねえ、君、ちょっといい?」


 目を開けると眼前に女がいた。女は杖を持った男と同じほどの年齢に見え、髪は腰にかかる程の長髪で深海のように濃い青色をしている。瞳は逆に小川のように薄い水色だ。

 男は額がカチッと鳴るのを感じ、驚きながらも剣を握ったまま女と距離を取るように後ろに跳ねた。

 その結果は、川へ転落だった。

 水のはじける音が辺りに響く。


「大丈夫!?全身びしょ濡れじゃない!」


「なんともない、それより俺に用があるんじゃなかったのか?」


 男は川に尻もちを付きながらも、平然を装い、女に質問する。


「え…ええ、私、旅をしている変わった解呪師(かいじゅし)を探してるの、この街に来てるって噂を聞いたんだけど…あなた知らない?」


 女の深刻な表情に気づいた男は少し考えてから、口を開いた。


「そいつは俺の連れだ。ここで待っていれば…いや、街の中にいるはずだ、背丈ほどの長い杖を持った、栗色の瞳、栗色の髪をした男だ。すぐに見つかるだろう」


 女は深々と頭を下げると、満面の笑みで街の中に消えていった。



 男は右手で杖を持ち、左手には赤く熟したリンゴを握り、頭上には器用にバランスを保った紙袋が乗っかっている。

 周りの住民は紙袋がいつ落ちてしまわないかと心配する目と、早く落ちないか期待する目に二分されていた。

 そんなことなどお構いなしに男はリンゴをかじり、そのたびに紙袋はゆらゆらと揺れる。

 街は大都市と言うより田舎に近かった。建物も二階建てがちらほらある程度、材質もレンガなどではなく全て木でできている。唯一自慢できることと言えば、街の人口が他の村より多い程度、そのせいか男は多くの住民から視線を受ける。

 男はふらふらと辺りの露店をさまよっていた。ある店では干し肉が売られており、またある店には継ぎ接ぎだらけの人形が売られている。

 男はそんな店を何軒かふらつき、一軒の店の前で立ち止まった。

 その店ではいかにもガラクタと呼ぶに相応しそうな物が売られている。

 苔が生えている木片、なんの種族かもわからない魔物の尻尾、石橋の下の川に落ちていそうな小石。


「どれどれ…」


 男はリンゴをひとかじりして、店番をしている少女に大きな声で言った。


「その小石、買った!」


 男は杖を小石の前に突き出し、買うという意思表現をする。

 店番をしている少女は男の大声に驚き、戸惑っていると、突き出した杖の先にこの大陸での通貨、10ジールが置かれているのに気づく。それと同時に10ジールが小石の値段でもあると気づいた。


「お、お買い上げありがとうございます、この石はアグレ鉱山で発掘されたアグレ石と言って…」


 少女は慣れない敬語で一生懸命商品の説明を始める。恐らく購入前の客に興味を抱かせるために繰り返し音読し覚えたのだろう、所々棒読みに聞こえる。

 すでに商品を買った男には必要のない説明だったが、男は少女の話に何度も相槌を打ち、そのたびに頭上の紙袋は揺れ動く。


「アグレ石は杖の先に置いてくれないかい?見ての通り両手がふさがっているんだ」


 少女の話が終わると、男はできる限り優しい口調で少女に言った。少女の方もくすくすと微笑みながら承諾する。

 少女が10ジールを杖の先から取ると、代わりにアグレ石が杖の先に置かれた。


「リンゴを食べちゃえばいいのにね」


 先ほどまで使っていた敬語はすでにどこか遠くに消え、親しみのある会話になっていた。


「それは盲点だったよ、教えてくれてありがとう。お譲ちゃん」


 しかし男はリンゴに手は付けずに、杖を勢いよく上に振る。すると杖の先にあったアグレ石は宙を舞い、数秒後には男の頭上にある紙袋の中に着地していた。


「すっごーい!」


 少女は感動し、男に拍手を送っていた。

 男も満足そうに笑みを浮かべ、リンゴをかじる。


「バイバイ、お譲ちゃん」


 男は杖を腕のように振り、少女に別れを告げると、紙袋が落ちないようにバランスを保ちながら街の外へ歩いて行った。



 石橋が見えてくると男は歩くペースを上げる。するとそれに合わせて頭上の紙袋の揺れも強くなり、限界を超えそうになった。

 男は慌ててバランスを保ち、紙袋と格闘する。

 そんな後ろ姿を発見した一人の女が街の中から頭を小刻みに動かす男に近寄っていく。


「もしかして、あなたが解呪師さん?」


 女は疑いの目で男に訪ねた。しかし男は頭上の紙袋を調整するのに気を取られ、女の言葉を聞いてはいない。


「聞いてるの、紙袋の人!」


 『紙袋』という単語に男は反応し、振り返る。


「ああ、俺?」


「そう、あなたのこと。あなたが解呪師…よね?」


 女は杖を持った男を観察する。

 栗色の瞳、栗色の髪、そして右手には背丈程の長さの杖。剣を持っていた男の言うとおり、この男が解呪師なのだろうか。

 しかし、頭上に紙袋を乗せているような自由奔放なこの男が解呪師とは到底思えない。

 解呪師とは、年に一度だけある地獄そのものと言われる試験に合格し、なおかつ、五人の優れた解呪師、『解呪長(かいじゅちょう)』の内の一人に認められなければならない。

 仮に頭上に紙袋を乗せた男が試験に合格したとしても、解呪長の誰かがこの男を認めるとは信じがたい。

 しかし男は解呪師の証である『杖』を持っていた。


「そうだけど…もしかしてお客?」


 男の言う客とは呪いを受けた者のことだ。女は納得のいかない表情をしながらも男に要件を伝える。


「そう!呪われてるのよ、体がだんだん…」


「わかった、引き受けよう」


「え?」


「俺はトレイル。わかってると思うが解呪師だ」


 大して話も聞かずに即断するトレイルに女は目を丸くして見つめた。


「お前名前は?お前じゃ呼びづらいだろ」


 女は困惑した表情だったがすぐに気をしっかりと持ち、自己紹介を始める。


「あたしはスィスィル・カルセン。皆からシシーって呼ばれてるの、職業は魔法使い。よろしくね、トレイルさん」


「トレイルでいいよ。それじゃさっそく診察に移るか、と言っても街中じゃなにかと不便だろ、街の外で話を聞こう。ついてこい、シシー」


 トレイルは杖を街の外に突き出し歩き始めたが、すぐに足を止める。


「いや…ひとつ条件がある」


「もしかして、ジールのこと?それなら今はちょっと持ち合わせが…」


トレイルは今までにない真剣な表情でシシーに顔を近づける。


「コレ…持ってくれないか?」


杖はトレイルの頭のさらに上を指す。そこにあるのは紙袋だった。トレイルはシシーに顔を近づけようとしたのではなく、紙袋を近づけていたのだ。


「お…お安い御用ね」

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